ミステリ&SF感想vol.237

2023.04.29

刀と傘 明治京洛推理帖  伊吹亜門

ネタバレ感想 2018年発表 (ミステリ・フロンティア)

[紹介と感想]
 慶応三年、新政府と旧幕府の対立に揺れる京都で、若き尾張藩士・鹿野師光は、野心を抱える佐賀藩士・江藤新平と出会う。激動の時代の中で、二人は立場を変えながら、次々と事件に遭遇していくが……。

 後に初代司法卿となった江藤新平と(架空の)尾張藩士・鹿野師光の二人を主役に、幕末から明治にかけての京都で起きる五つの事件の顛末を描いた、第12回ミステリーズ!新人賞受賞作「監獄舎の殺人」を含む時代ミステリの連作短編集で、前年の今村昌弘『屍人荘の殺人』に続いてデビュー作での本格ミステリ大賞(第19回)受賞という快挙を達成した傑作です。

 収録された五篇はいずれもこの時代ならではのミステリとなっています*1が、本書の傑作たる所以はトリックやロジックといった部分よりも、“ミステリで何を描くか”の方にあるといっていいでしょう。すなわち、事件の謎解きにおいて関係者たちが“なぜそうしたのか”に重きが置かれた、いわば“犯人のみにとどまらないホワイダニット”となっているのが本書の特徴で、時代に翻弄される人々の心情が事件を介して描かれることで、より強く深い印象を残すものになっています。

 そして、自らの“才”を恃み、信じる正義のために手段を選ばない江藤と、“情”に敏く、罪を犯さざるを得なかった人々の事情に思いを馳せて苦悩する鹿野――対照的ともいえる二人の探偵役が、五つの事件を通じてその関係を次第に変化させていくのも見逃せないところで、“最後の事件”を経た本書の結末は、“そうならざるを得なかった”ことへの納得とともに、何ともいえない感慨をもたらしてくれます。「監獄舎の殺人」の時点でどこまで構想があったのかはわかりませんが、連作としても実に魅力的な物語に仕上がっており、おすすめの一冊です。

「佐賀から来た男」
 開国論を説く論客として一目置かれる浪士・五丁森了介は、襲撃を避けるべく潜伏していたが、江藤に案内を求められた鹿野が訪ねてみると、五丁森は滅多斬りにされて死んでいた。だが、居場所を知っていたのは鹿野ら親しい仲間四人だけ。しかも、新陰流の達人である五丁森を殺すのは容易ではなく……。
 鹿野と江藤の出会いと不可解な事件を描いた一篇で、容疑者が限定された“犯人当て”の様相で始まり、思いもよらないところへたどり着く、ミステリとして本書の中では最も凝った作品です。また、作中で江藤が某海外古典を先取りしているのにニヤリとさせられます*2

「弾正台切腹事件」
 太政官に席を得た江藤は、司法省設立という悲願の障害となる弾正台を解体すべく、弾正台京都支台を牛耳る大曾根一衛のもとに間者を送り込む。しかしその二日後、間者は外から戸が開かない一室の中で切腹を遂げてしまった。そして発見者の中には、旧知の大曾根を訪ねてきた鹿野もいたのだ……。
 再会した鹿野と江藤が密室状況での切腹事件に挑む作品ですが、犯人はあからさまで、ハウダニットがメインとなっています。しかし肝心の密室トリックは、どうも色々と無理があるように感じられるのが残念。最後に明らかになる犯人の意図は印象に残りますが……。

「監獄舎の殺人」
 旧奇兵隊とともに謀反を企てて死罪を宣告され、京都監獄舎に収監されている死刑囚・平針六五。長らく先延ばしにされてきたその刑が、急遽その日の夕刻に執行されることが決まり、それを告げに来た鹿野の目の前で、昼餉の粥を食べた平針が毒殺されてしまった。死刑執行直前に、一体誰が、なぜ……?
 法月綸太郎「死刑囚パズル」『法月綸太郎の冒険』収録)を髣髴とさせる*3、執行直前の死刑囚が殺された謎を扱った作品。不条理きわまりない状況に対して、説得力のある動機が用意されている、のみならず……という、偉大な前例に挑んだだけのことはある傑作です。

「桜」
 京都の市政局次官・五百木辺典膳の妾宅に、監獄舎から脱走した人斬りが押し入り、女中と五百木辺を刺殺した後、五百木辺の短銃を拾った妾に射殺された事件――と見せかけた、妾・沖牙由羅の計画は成功したはずだった。鹿野を連れ戻しに来て事件に出くわした江藤は、自ら事件の捜査に当たるが……。
 冒頭から犯行場面が描かれた倒叙ミステリで、犯人と探偵のスリリングな対決に、何とも鮮やかな決め手、そして犯人の意外な動機と、倒叙ミステリならではの魅力が満載……と思っていると、終盤に思わぬ展開が用意されているのが凄まじいところです。

「そして、佐賀の乱」
 征韓論争に端を発する政変で参議の職を辞した江藤は、故郷の佐賀に向かう途中、京都監獄舎に鹿野を訪ねる。鹿野の仕事が終わるのを待つ間、監獄舎内の備品室で、太刀で刺殺されたと思しき死体を発見した江藤だったが、犯行の機会と手段の両面から、江藤自身が最有力容疑者となってしまう……。
 再び京都監獄舎が舞台となった一篇。真相の大部分は読者には見当がついてしまいます*4が、作中での謎解きの手順を経ることによって、重く緊張感のある物語に仕立ててあるのが印象的。さらりと記されているがゆえに考えさせられる結末も含めて、連作の掉尾を飾るにふさわしい作品といえるでしょう。
*1: ネタバレにならないところでいえば、「監獄舎の殺人」以外の四篇で“刀”が凶器となっている点にも表れているといえるのではないでしょうか。
*2: 江藤は「弾正台切腹事件」でもいわゆる“内出血密室”を持ち出すなど、ミステリファンかと見まがう造形がなされている部分があるのはご愛嬌。
*3: 類似の状況を扱った作品として、他に鳥飼否宇「魔王シャヴォ・ドルマヤンの密室」『死と砂時計』収録)もあります。
*4: 史実を知っていればなおさら。

2019.01.10読了

千年図書館  北山猛邦

ネタバレ感想 2019年発表 (講談社ノベルス)

[紹介と感想]
 帯に“ラスト1行まで何がおこるか分からない!”“『私たちが星座を盗んだ理由』の衝撃、再び!”と謳われているように、以前の『私たちが星座を盗んだ理由』の姉妹作のような印象の、ファンタジー/童話的な雰囲気の中で“最後の一撃”が繰り出される作品集です。
 ミステリの“フィニッシング・ストローク”というよりはショート・ショート風の“オチ”といった感じで、『私たちが星座を盗んだ理由』に比べると結末の衝撃が若干弱まっている感もありますが、それは各篇の結末がややマイルドになっているためでもあり、後味という点では本書の方に軍配が上がるかもしれません。が、いずれにしても『私たちが星座を盗んだ理由』が気に入った方にはおすすめです。

[注意]
 ある作品のオチがうっかり目に入ってしまうおそれがあるので、くれぐれも本書のページをぱらぱらめくらないようご注意ください。

「見返り谷から呼ぶ声」
 冥界の入り口に通じるため、帰る時には決して振り返ってはならない――という言い伝えの残る見返り谷。クラスメイトの少女クロネは、一年前の夏にみんなで見返り谷を訪れてから、死後の世界と見返り谷に心を囚われている様子で、他のクラスメイトたちは次第に不審を抱くようになっていく。そしてついにある日……。
 怪談めいた不気味な言い伝えのある谷をめぐって、少年と少女の密やかな心の交流を描いたエピソード。問題の“何が起きたのか”が少しずつ明かされていくのがうまいところで、それが現在進行する出来事に重なってくるのがスリリングです。そして、最後の一行よりもその直前が印象に残る幕切れが鮮やか。

「千年図書館」
 このところ凶兆が続いている村では、いつものように、西の果ての島にある図書館に“司書”を捧げることになった。くじ引きで選ばれたペル少年が図書館にたどり着くと、二年前に司書に選ばれた少女ヴィサスと再会することに。彼女に司書の仕事を教えられながら、図書館での日々を過ごすペルだったが……。
 『私たちが星座を盗んだ理由』収録の「妖精の学校」を思い起こさせる作品。凶兆に人身御供を捧げるほど文明が発達していない様子の村に対して、場違いといっても過言ではない“千年図書館”の存在が、何とも不穏な空気を漂わせます。そして結末では、(一応伏せ字)登場人物が理解し得ない(ここまで)真相の見せ方がお見事。

「今夜の月はしましま模様?」
 月に落ちた謎の隕石が、月の表面にしましま模様を描き出していく怪現象が始まってしばらくたった頃、大学生の佳月は突然、ラジオからの声――異星人に話しかけられた。目に見える形のない音楽生命体だという異星人は、現在進行しつつある地球侵略計画を佳月に打ち明けるのだが……。
 不可解な怪現象で幕を開ける、どこか調子の外れたようなSFミステリ、といったところでしょうか。岩明均の漫画『寄生獣』のパロディらしい*1主人公と異星人とのやり取りが愉快ですが、全体としてどこへ落ちるのかまったく予想もつかない展開に終始するのが最大の見どころで、発端から結末に至る“飛距離”が圧巻です。

「終末硝子{ストームグラス}
 エドワードが十年ぶりに故郷の村に戻ってみると、村のあちこちに得体の知れない塔が立っていた。村に住み着いたストークス男爵が、かつてビーグル号で旅していた際に知ったという、棺を塔の上に安置する“塔葬”の風習を持ち込んだらしい。男爵に会ってみると、むしろ科学を重視する人物のようだったが……。
 英国の小さな村を舞台にした、歴史伝奇ミステリ風の一篇。村中にそびえる無数の塔の奇怪なイメージを背景に、隠されていた狂気が次第ににじみ出てくるような展開からは目が離せませんし、ついに“終末”が訪れる中で炸裂する“最後の一行”が秀逸。切れ味という点では本書の中でベストではないでしょうか。

「さかさま少女のためのピアノソナタ」
 聖が古書店で手に入れたピアノ曲の楽譜には、“絶対に弾いてはならない!”と書き込まれていた。どうやら“呪われた曲”らしいのだが、大学受験に失敗して絶望した聖がその曲を弾いてみると、周囲に異変が。そして、卒業式をさぼった聖が音楽室で再びその曲を演奏しようとした時、窓の外に少女が現れて……。
 フジテレビ系列「世にも奇妙な物語'19 雨の特別編」の一本としてドラマ化された*2作品です。状況からして(一応伏せ字)できることが限られている(ここまで)ので、オチを予想するのはさほど難しくないとは思いますが、その見せ方が――(“現実的”ではなく)実際的に考えてみると若干気になるところはあるものの――実に鮮やかです。
*1: あからさまにそれを示す記述(102頁)には、さすがに苦笑を禁じ得ません。
*2: 2019年6月8日放送(→「世にも奇妙な物語」公式のツイートを参照;その後の放送時のツイートはネタバレ気味なのでご注意ください)。ちなみにドラマは見逃してしまいました。

2019.01.18読了  [北山猛邦]
【関連】 『私たちが星座を盗んだ理由』

早朝始発の殺風景  青崎有吾

ネタバレ感想 2019年発表 (集英社)

[紹介と感想]
 高校生たちを主役に、“ワンシチュエーション{場面転換なし}&リアルタイム進行”(帯より)という趣向で展開される、ごく少人数*1での会話劇による青春ミステリ五篇を収録した、非シリーズの短編集です。各篇に直接のつながりはありませんが、書き下ろしの「エピローグ」が全篇をまとめる“グランド・フィナーレ”となっています。
 同じ会話劇によるミステリといっても、冒頭の表題作がスリリングな頭脳戦という趣なのに対して、それ以外の作品では“手がかり探し”――何気ない会話や描写の中にささやかな違和感として潜んでいる手がかりや伏線をいかに見出すか――が眼目となっている節があり、その点で“日常の謎”に近いところがあるように思います*2
 また、謎を成立させるのに大きく貢献している感のある、高校生らしい機微――傍からみればいささかたわいないとも思える“秘密”であっても、面と向かって打ち明ける/尋ねることに大きな抵抗を覚える心情が、しっかりと描き出されているのも見逃せないところです。
 個人的ベストは「早朝始発の殺風景」、次点が「メロンソーダ・ファクトリー」でしょうか。

「早朝始発の殺風景」
 早朝の始発電車に乗り込んだ僕は、たった一人だけの乗客――普段あまり話さないクラスメイトの女子に出くわした。こんな朝早くに、一体何をしているのか……という疑問は、彼女の方も同じだったらしい。かくして、早起きの目的を互いに探り合う二人だったが……。
 お互いになぜか早起きしているクラスメイトと、その目的を探り合う推理対決の顛末が描かれた作品で、“どちらが先に真相にたどり着くか”まで含めた緊張感のある攻防は見ごたえがあります。それにふさわしく、思いのほかシリアスな真相が明かされた後の、物語に(一旦*3)幕を引く“最後の一言”も鮮烈です。

「メロンソーダ・ファクトリー」
 いつもの放課後のファミレスにやってきた、真田、詩子、ノギちゃんの仲良し三人組。今日はいつもと違って、学園祭のクラスTシャツのデザインを検討するのだ。だが、真田が自信を持って披露したデザイン案に、詩子がなぜか反対して雰囲気が一変してしまう……。
 仲良し三人組のゆるい会話が展開される中、どちらに転んでも重大事ではなさそうなクラスTシャツへの思わぬ反対でわだかまりが生じますが、謎解きによってそれが解消される――ということで、この作品では探偵役となる第三者の存在が必要となるのも納得。真相もさることながら、推理の検証に使われる小道具が絶妙で、よく考えられていると思います。

「夢の国には観覧車がない」
 フォークソング部の引退記念で、後輩たちも含めた部員全員で遊園地にやってきたが、青春の最後を飾るべく好きな後輩女子と二人きりになるチャンスを作るつもりが、なぜか後輩男子と二人で観覧車に乗る羽目に。どうしてこんなことになってしまったのか……。
 男子高校生二人で観覧車という、当事者としては困った状況が愉快な作品。後輩男子が何かを企んでいることまでは見え見えですが、最後に明らかになるその真相は、(ささやかながらも)(一応伏せ字)“完全犯罪”(ここまで)という作中の表現そのままの、念の入った企みにうならされます。

「捨て猫と兄妹喧嘩」
 待ち合わせた公園のレストハウスで、半年ぶりに会った兄と妹。妹は公園内で捨て猫を拾ったのだが、ペット禁止のマンションでは飼うことができない。別居している兄の家で飼ってもらおうとするが、兄が無理だと断ったことで話がこじれ、兄妹喧嘩に発展し……。
 一見するとはっきりした謎がないまま進行する中、捨て猫をめぐるやり取りを通じて、兄妹を取り巻く事情が少しずつ明らかになっていく一篇。ちょっとした謎解きを経て“いい話”で終わるようにも受け取れる反面、主に(一応伏せ字)直接登場しない人物(ここまで)のせいで、微妙な読後感が残ってしまうのが個人的に残念です。

「三月四日、午後二時半の密室」
 高校の卒業式の後、クラス委員だった草間は、風邪で卒業式を欠席したクラスメイトの煤木戸の家に、卒業証書とアルバムを届けに訪れた。家にいたのは煤木戸当人だけで、草間は寝込んでいる煤木戸の部屋まで上がって気まずい会話を続けることになり……。
 “青春は気まずさでできた密室だ――。”という帯のコピーはこの作品から採られたもので、煤木戸の部屋*4という“密室”内で進んでいき、謎が解かれることで最終的に“もう一つの密室”が開かれる物語がよくできています。随所にさりげなくちりばめられた手がかりも秀逸です。
*1: 「メロンソーダ・ファクトリー」のみ三人、他は二人だけで話が進んでいきます。
*2: “日常の謎”という言葉もだいぶ意味合いが拡散している感がありますが、少なくとも当初は“日常の中での謎の発見”に重きが置かれるところもあったと記憶しています。
*3: 最後の「エピローグ」で後日談が描かれています。
*4: 室内の様子が丁寧に描写されていますが、さりげなく“ウサギの被り物をした黒猫のぬいぐるみ”が置いてあるのにニヤリとさせられます。

2019.02.13読了  [青崎有吾]