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玩具店の英雄/石持浅海

2012年発表 光文社文庫 い35-13(光文社)
「傘の花」
 事件の直前に雨がやんだことに着目した津久井は、雨がやんで警備がしやすくなったことによる心の隙を指摘しています。実際に、冒頭の警察官視点の一幕の中に“少し安心した。”(11頁)といった独白もあることで、説得力のある結論となっています。が、“雨がやんだ”ところから考察が始まっているために、“犯行直前に雨がやんだ”ことが(人にはどうにもならない)天与の状況であったかのように思わされてしまうところが、巧妙なミスディレクションとなっています。
 一方の“座間味くん”は、“なぜ警護が失敗したのか”というよりも“なぜ犯人は成功したのか”という観点から、雨がやむ前の時点に着目した推理を行っています。そして、凶器のヤスを持ち込むトリックの弱点を盲点から取り出すと同時に、雨がやんだから警護が失敗した――雨がやまなければ“犯行を阻止できたかもしれない”のではなく、雨がやまなければそもそも“犯行が不可能だった”ことを解き明かし、事件の陰に隠れた協力者の存在を浮かび上がらせているのが見事です。

「最強の盾」
 私自身もベビーカーの構造はよく知らなかったのでアレですが(苦笑)、路上に放り出されたにもかかわらず“赤ん坊は眠ったままだった。”(57頁)というのはいくら何でも不自然で、ベビーカーの女性が怪しいことはかなりわかりやすいと思います。もっとも、アジア共栄会が“内部分裂”(70頁)しているという伏線もあるとはいえ、テロリストの鉢合わせという状況までは想定しがたいかもしれませんが……。
 その不自然さに警察関係者の誰も気づかないというのは、“日本の警察官というのは、家庭を顧みないんだなということです”(81頁)といわれても仕方ないところですが、かなり嫌味にも受け取れる表現が“座間味くん”らしいというか(苦笑)

「襲撃の準備」
 冒頭の一幕では、犯人・勝野がどうやって警備をすり抜けたのかはっきり明かされてはいませんが、ユニフォームの胸に*1“「根元」とあった。”(96頁)とあえて名前が示されているために、他人のユニフォームを使ったことは予想できますし、その後の津久井の話でそれが裏付けられて、やはりそれしかないと納得させられることになります……が、それがこの作品の罠。「傘の花」と同じように、“それ以外では犯行が不可能”*2なところに、それをお膳立てした人物の存在が隠されているところがよくできています。
 というわけで、“キレた少年の犯行”という表面的な様相の裏に、冷静に考えられた復讐計画に加えてブラックな“操り”の構図まで用意されているのが見どころですが、さらに“座間味くん”が推測する交番相談員のとんでもない目的が実に強烈で、半ば狂気を帯びているといっても過言ではないように思います。にもかかわらず、動こうとした大迫警視正を“座間味くん”が止める結末には居心地の悪さを覚えますし、“座間味くん”が説明するその理由も心情的にすんなりとは受け入れがたいものがあります。もっとも、交番相談員を実際に告発するには推理と根拠がやや弱すぎる感もあり、仕方ないところではあるのでしょうが。

「玩具店の英雄」
 事件の様相をひっくり返すとすれば、一躍“英雄”となった榊が実は“英雄ではなかった”しか考えられないわけですが、一方で“包丁男”と榊との間に接点がない――榊に“包丁男”を殺す動機がないことが明らかにされ、わかりやすい図式が排除されて“英雄ではなかった”の具体的な内容が想定できなくなっているのが巧妙。
 ここで“座間味くん”は、“包丁男”の死という結果は脇において、あくまでも発端の“警察官を救おうとした”行動に着目して不自然さを見出し*3逮捕の妨害という予想外の目的を導き出しているのが鮮やか。そして、“ジャケットにも、包丁で突いたと思われる穴があいていた。”(142頁)というよくできた手がかり*4をもとに解き明かされる、泡坂妻夫の某作品*5を思い起こさせるところのある真相も秀逸です。

「住宅街の迷惑」
 警官隊と大乗国教会のスムーズな連携の中に、さりげなく埋め込まれた不自然さ――消火器の問題がしっかり隠されているのが実に巧妙で、結果的には警備が成功した形になっていることもあって、うまく目をそらされている感があります。
 事件の背景からして、“自作自演”の可能性は思い浮かぶところではあるかもしれませんが、大乗国教会トップの“一石三鳥”の企みはお見事。

「警察官の選択」
 冒頭の一幕が少年の蘇生処置を続けた警察官・会田の視点で描かれている――地の文に記された内面にも“嘘”はないと考えられる――上に、トラックの運転手はすでに死亡、自転車の少年は呼吸停止とくれば、トラックを止めようとした警察官・角森ただ一人しか“裏”がありそうな人物が残らない*6ため、ある程度見当をつけることも難しくはないかもしれません。しかし、その選択の裏に隠された真相、とりわけ(見方によっては)常軌を逸した心理には、唖然とするよりほかないでしょう。しかも、結末ではそれが何だか“いい話”としてまとめられているところが、何とも石持浅海らしいといえます。
 もともとトラックを止めていた自転車が、動き出したトラックを止める道具として使えたはずだという推理も鮮やかですが、“角森は、転がっていた自転車につまずきながらも”(234頁)と、実際に自転車を手にする機会があったことを示してあるのが周到です。

「警察の幸運」
 これも結果として警備が成功した事例ですが、先の「住宅街の迷惑」とはややパターンを変えてあるのがさすがというべきで、(「住宅街の迷惑」と違って)犯人の“裏の思惑”も失敗しているために、真相が見えにくくなっているように思われます。
 “座間味くん”は、犯人が“なぜ失敗したのか?”を推理の端緒としていますが、実際のところは犯人の視点から、事件の“本来あるべきだった姿”を検討する推理になっているのがユニーク。そして、ゴーグルやマスクを持っていても不自然ではない花粉症の時期に設定することで、いわば“逃げ道”をふさいであるところもよく考えてあります。

*1: 重箱の隅ですが、作中で“胸の縫い取り(96頁)とされているのは違和感が。わざわざ縫い取りするよりも、マジックで名前を書くのが簡単で一般的だと思います(どう考えても練習用のユニフォームですし)。
*2: 勝野が自分の“ユニフォームを焼き捨て”(109頁)ていることも、さりげない伏線として効いています。
*3: その根拠とされている、“警察関係者には理解できないかもしれませんが、私たち民間人は、警察官を信頼しているのですよ。”(167頁)という言葉が印象的。
*4: ただし、後に津久井が語った“ジャケットに包丁で切られた痕跡がありました”(156頁)という表現では、玩具で受け止めたのとは別口であるようにも受け取れるので、手がかりとして微妙になってしまうように思われます。
*5: 短編(以下伏せ字)「病人に刃物」(『亜愛一郎の転倒』収録)(ここまで)
*6: 他に釣具店の夫婦も物語に登場してはいますが、事件に関与する余地はまったくないといっていいでしょう。

2015.03.19読了