パレードの明暗/石持浅海
- 「女性警察官の嗅覚」
塩素系カビ取り剤とクエン酸(*1)で塩素ガスが発生することは、もはや一般常識といってもいいように思いますが、二つの商品が品切れになっていたことから即座にそこまで考えついたのは、やはり大迫がいうように警察官と女性の視点を併せ持った人物ならではといえるかもしれませんし、ラップで覆うことで塩素ガスの拡散をひとまず防ぐのも気が利いています。
“座間味くん”はそこに母親の視点を加えて、元女性警察官が“子供に危険はない”と考えたことを前提として、犯人の行動を黙認して犯罪を成立させた、と結論づけています。夫の手柄を視野に入れた被害者のいない犯罪という、実に石持浅海らしい(?)話……ではあるのですが、子供を店員に預けていたから危険はない(41頁)ということであれば、子供を放って店内を捜索するのが
“明らかに、変”
(38頁)とまではいえないようにも思われます。- 「少女のために」
“娘を裸にして荒稼ぎか。全部無駄になったね。そんなに金が欲しいんだったら、あんたが裸になればよかったのに”
(65頁)という、一見すると何の変哲もない言葉に隠された仕掛けが非常に秀逸。“全部無駄になったね”
で押収されるノートパソコンを犯人に狙わせ(*2)、公務執行妨害を加えて罪を重くするとともに、後段の発言を加えることで前段での犯罪教唆を隠蔽してあるのが実に巧妙です。結果として、口頭での注意以上の処分をされることなく“被害者の少女から母親を引き離す”という目的を達成したわけですから、女性警察官の“失敗談”どころか完璧な“成功談”といえるでしょう。- 「パレードの明暗」
“世直し隊”の罠――ペンキ噴出装置に対して、ゴミ箱をかぶせて作動を防いだ男子学生よりも、罠を作動させた女子学生の対応の方が、問題の本質を把握できるので優れている、という見方は目から鱗。もちろん、罠がさほど凶悪なものではないという推測を前提としたものではあるでしょうが。
ただ、ペンキで車が汚れるところまで想定内だったというのは疑問です。被害者が出た方が“世直し隊”に痛手となるのは確かですが、事件になってしまえばパレードが中止されることは目に見えているわけで、実行委員としてはパレードが無事に成功する方を優先するのが自然ではないでしょうか。結局のところ、これもまた
“世直し隊は解散を余儀なくされた”
(105頁)という“結果を知っているからこそ”
(108頁)のような気が……。- 「アトリエのある家」
“犯人がナイフで被害者を刺し、絵を盗んで逃走した”という結果からすると違和感が生じにくいのですが、しかしその結果を細かくみてみると、絵を盗んでも持ち帰る手段が見当たらないのは確か。そして犯人がアトリエに侵入した理由が再考されるとともに、(本来の)ナイフの用途に焦点が当てられるのがお見事です。
そこまで明らかになって初めて、
“やめてっ! その絵だけは、持っていかないでっ!”
(119頁)(*3)という妻の言葉に込められた意図――未完成の絵だけを“犠牲”にすることで、犯人を夫から遠ざけて他の絵を守ることができるよう、犯人を誘導する狙いが浮かび上がってくるのが秀逸で、“傑物”
(138頁)という“座間味くん”の評価にも納得です。- 「お見合い大作戦」
警察官の
“警察官の妻になると大変だ”
という作戦に対して、相手の女性が“教師を妻にすると大変だ”
(いずれも172頁)という作戦なのはわかりますが、“教師が仕事中に死んでも(中略)奥さんが困るだけです”
(166頁)という言葉はやはり違和感があります。が、そこから不倫にまで到達してしまうのが作者らしいというか何というか。しかしそれでも、
“それまで、教師の過酷さを自分のこととして話して”
(174頁)いたことと整合せず、唐突な発言になってしまっている――なぜそこだけ自分の話ではなくなったのか?(*4)――のは変わらないので、すっきりしないところが残るのは否めません。- 「キルト地のバッグ」
爆弾を爆発させるタイミングの問題に着目して、“自爆テロ”に類する事件、すなわちフィリピン人の母親の犯行と推理するのもさることながら、さらにそこから先、二度と工作員として使われることのない自由な立場を手に入れるという、犯人の思惑を――解説で阿津川辰海氏が指摘しているように犯人の視点から――解き明かしていく推理が圧巻。そして
“日本はいい国”
(203頁・213頁)という“座間味くん”の言葉が、ある種の重みとともに心に残ります。- 「F1に乗ったレミング」
大迫がいう(242頁)ように、“レミングさん”が牽引ロープを持たずに突入したことは、一見すると“F1に乗ったレミング”そのまま(苦笑)に思えるのですが、それを“レミングさん”の明確な意思だとする“座間味くん”の言い分もわからなくはありません。しかし、幼稚園児を守るという目的まで言及されても、それと“レミングさん”の行動がうまく結びつかないのが困ったところ。
しかして、逃亡犯の乗った車を深いところへ手で押すという真相には仰天。どのみちすぐに牽引せざるを得ないのですから、そこまでする必要があるのか少々気にはなりますが、車のドアがまだ開けられる可能性を想定すれば、十分に意味はある……ものの、いかに一時的とはいえ倫理的には少々怪しいところが、もはや石持作品の一つの魅力となっている感もあります(苦笑)。
*2: 大迫が危惧した(68頁)ような犯人逃亡のおそれがないところも周到です。
*3: 大迫の話の中で、妻のこの発言が一言一句違わず再現されている(133頁)のはご愛嬌。
*4: 最初から男性教師を想定した話だったというのであればいいのですが、そう考えると
“奥さんが”以外はしっくりこないのが難しいところです。
2019.07.01読了