バトラー弁護に立つ/J.D.カー
Patrick Butler for the Defence/J.D.Carr
1956年発表 橋本福夫訳 ハヤカワ・ミステリ326(早川書房)
事件の方ですが、やや小粒です。密室トリックも、ちょっと拍子抜けの感があります。が、表面に現れる現象はちょっと目を離した隙に室内の男が刺し殺されたというもので、描写次第ではすぐ目の前で奇術が演じられたような(クロースアップマジックですね)驚きを読者に与えることができたかもしれません。このあたりの描写が少々物足りないので、どうしても小粒な印象になってしまいます。
“あなたの手套”がヴォーンの名前だったというのはダジャレのようですが、ダイイングメッセージとしてはまずまずでしょう。被害者はストレートに犯人の名前を言っているにもかかわらず、その意味が正しく伝わらなかったということで、ダイイングメッセージにつきものの不自然さは感じません。ところで、アーブーとヒューの会話は途中までフランス語のルビが振ってありますが、肝心の部分にはそれがありません。この部分は原書ではどうなっているのでしょうか。フランス語で“vos gants”と書いてあるようならアンフェアであるように思えます。やはりフランス語の会話だと断りを入れた上で、英語で書いてあるのでしょうか。