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弓弦城殺人事件/C.ディクスン

The Bowstring Murders/C.Dickson

1934年発表 加島祥造訳 ハヤカワ文庫HM6-1(早川書房)

 この作品の密室トリック自体はまずまずだと思います。平面的には密室だが立体的には密室でなかったというものですが、別の作品でも使われた“人物錯誤”トリックを組み合わせることで、窓という通路が盲点となっているところがよくできていると思います。死体の姿勢や“カチリという音”などの手がかりも秀逸です。

 しかし、目撃者であるテヤレイン博士の証言には問題があります。ずっと甲冑室の前にいたにもかかわらず、レイル卿らしき人物が甲冑室に入っていくところとマシイが甲冑室から出てくるところだけを目撃し、それ以前の人の出入りには気がつかないというのも都合がよすぎますが(一応、“幾人の人が彼の側を通っても気がつかなかったかもしれない、――もちろん、レイル卿だけは別だが”(44頁)とは書かれていますが)、レイル卿(実はマシイ)を目撃したときの山羊ひげの顔はテヤレインの首の横を過ぎながら”(45頁)という描写は、解決場面の目のいい人でもだまされたでしょうよ。(中略)あなたは白い長衣を着て僧帽に頭を包んだ者が、あの廊下を急いで――あなたのいる方とは反対側の壁に沿って――やって来て、あの扉に入ったのをみた”(265頁)というゴーントによる再現とは矛盾しています。“首の横を過ぎ”、“山羊ひげの顔”まで見ていながらだまされるというのは、あまりにも無理があります。

 また、もう一人の証人であるパトリシアも、甲冑室で話し声がする(マシイの演技によるものです)より前に“何かが動いているような、誰かが歩いているような音を聞いたように思った”(70頁)と証言しています。これが、マシイが早くから甲冑室にいたことの裏付けになっているのですが、この音は一体何なのでしょうか。レイル卿(本物)が甲冑室に入ってきたときのことだとすれば、その後レイル卿の死体が投げ落とされた音を聞いていないのはおかしな話です。逆に、パトリシアが甲冑室に入ったときにはすでにレイル卿の死体が投げ落とされていたとすれば、“なぜレイル卿の死体に気づかなかったのか?”という疑問が生じるのはもちろんのこと、“何かが動いているような、誰かが歩いているような音”というのは単なる空耳だったことになってしまいます。

 結局、この二人の怪しげな証言によって、早くから甲冑室にいたマシイが、レイル卿がやってきたのと入れ代わりに甲冑室を出て、その後にレイル卿が殺されたという状況が成立しているわけですから、どうしてもアンフェアな印象がぬぐえません。レイル卿夫人の殺害なども含め、他の部分についてはよくできているだけに、非常に残念です。

2000.01.02再読了
2002.03.15再読了 (2002.04.13改稿)