非シリーズ(ディクスン名義)

カーター・ディクスン

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弓弦城殺人事件 The Bowstring Murders

ネタバレ感想 1934年発表 (加島祥造訳 ハヤカワ文庫HM6-1)

[紹介]
 夜な夜な幽霊が現れるという、英国東部にある古城〈弓弦城〉。主のレイル卿は古い武具の収集に熱を上げていたが、ある日甲冑の籠手だけが、さらには弓の弦が盗まれるという怪事が発生した。そしてついに、密室状態の甲冑室で、首に弓の弦を巻きつけられたレイル卿の絞殺死体が発見されたのだ。さらに次々と続く殺人。事件解決の依頼を受けた犯罪学者ジョン・ゴーントは……。

[感想]
全体的にみて、“可もなく不可もなく”ではなく“可もあり不可もあり”という印象を受けます。まず、舞台となる弓弦城の雰囲気はすばらしいと思いますし、甲冑というモチーフも印象的です。しかしその反面、登場人物、特に探偵役のゴーントにあまり魅力が感じられないのが残念です。

 さらに致命的なのが肝心のミステリ部分で、密室トリック自体はまずまずですし、弓の弦の使い方もよくできていると思うのですが、数カ所の不注意な記述によって、アンフェアなものになってしまっているのが非常にもったいなく感じられます。

 なお、解説の代わりに巻末に付されたドナルド・A・イェイツ「密室論」には、いくつかの作品のネタバレがあるのでご注意ください。

2000.01.02再読了
2002.03.15再読了 (2002.04.13改稿)

第三の銃弾[完全版] The Third Bullet

ネタバレ感想 1937年発表 (田口俊樹訳 ハヤカワ文庫HM6-11)

[紹介]
 銃を手にしてモートレイク元判事の部屋に押し入ったホワイト青年を追って、ペイジ警部らが踏み込んだ時には、すでに判事は射殺されていた。だが、ホワイトが1発だけ発射した銃弾は部屋の壁の中から発見された。また、部屋の中には第2の銃も発見されたのだが、判事の死体から摘出された銃弾は第3の銃から発射されたものだった。しかし、犯人が現場から脱出する経路はまったくなかったのだ……。

[感想]
 『妖魔の森の家』に収録された簡約版(二割ほど削られているそうです)に対して、本来のテキストに基づいて改訳された完全版です。もちろんプロットやトリックは同じですが、簡約版に比べて細部がよりきちんとしたものになると同時に、描写(特に人物)に深みが出ています。

 例えば、トラヴァーズ卿のオフィスから銃(第2の銃)を盗み出せた可能性のある人物について書かれている箇所がありますが、簡約版では“たとえば、モートレイク判事の家族?”というマーキス大佐の問いに対して、トラヴァーズ卿はモートレイク判事一家の友人であるにもかかわらず“ありますな。可能性はあります”とあっさり認めています(創元推理文庫『妖魔の森の家』218頁)。一方、完全版ではマーキス大佐との丁丁発止のやり取りの末にようやくそれを認める(本書54頁~57頁)という形になっているので、流れがより自然なものになるとともに、友情に厚いトラヴァーズ博士と鋭い切れ味のマーキス大佐という人物像が読者に伝わりやすくなっているのです。

 事件の方は非常に不可能性の高いもので、“動機も機会も最大の容疑者には犯行は不可能だった”という逆説的な状況がユニークです。トリックはやや複雑ですがよくできたもので、代表作とはいかないまでも佳作であることは間違いないでしょう。

2001.09.12読了

エレヴェーター殺人事件 Drop to His Death ジョン・ロード&カーター・ディクスン 

ネタバレ感想 1939年発表 (中桐雅夫訳 ハヤカワ・ミステリ390)

[紹介]
 階上の社長室から専用のエレヴェーターに乗って降りていった社長。と、突然銃声が響き渡り、1階に着いたエレヴェーターのドアが開いた時には、社長は胸を撃たれて死んでいた。だが、降りていく途中のエレヴェーターの中には、犯人の姿はなかったのだ。偶然事件を目撃したグラス医師は、友人のホーンビーム警部とともに事件の謎に挑むが……。

[感想]
『プレード街の殺人』『見えない凶器』などを書いたジョン・ロードとの合作です。ダグラス・G・グリーンによる評伝『ジョン・ディクスン・カー〈奇蹟を解く男〉』によれば、ロードがトリック部分を、そしてカーがそれ以外の部分を担当したようです。

 カーにしては珍しく、グラスとホーンビームというほぼ対等な立場の主役二人が登場し、ボケとツッコミといった感じの掛け合いで物語が進行していくところがなかなか新鮮に感じられます。特に、これ以上ないほど不可能性の高い状況でありながら次から次へと(珍妙な?)推理を繰り広げるグラスが、物語をうまく引っ張っていると思います。最終的にはトリックに寄りかかった作品(しかもそのトリック自体がやや力不足)という印象は否めませんが、まずまずの作品といっていいのではないでしょうか。

1999.10.27読了
2002.03.20再読了 (2002.04.13改稿)

恐怖は同じ Fear is the Same

ネタバレ感想 1956年発表 (村崎敏郎訳 ハヤカワ・ミステリ626)

[紹介]
 1795年ロンドン。ジェニファ・ベアドはグレナボン伯爵に出会った。二人は初対面のはずだったが、以前から知り合っていたような気がしていた。それもそのはず、およそ百五十年後、1950年の現代において愛し合っていた二人は、罪を着せられて追われるうちに、なぜか百五十年前にタイムスリップしてしまったのだ。そしてグレナボン伯爵は、過去でも同じように殺人の疑いをかけられてしまう。現代の事件の記憶が微妙に重なりながら、二人は事件に立ち向かうことを決意するが……。

[感想]
 ディクスン名義で唯一の歴史ミステリですが、謎解きの要素は少なめで、『ニューゲイトの花嫁』などにも通じる冒険ロマンに仕上がっています。チャンバラに代わってボクシングを中心とした活劇場面は一級品で、カーの歴史物を読み慣れていれば、非常に楽しめる作品ではないかと思います。

 タイムスリップという設定は『ビロードの悪魔』『火よ燃えろ!』でも使われていますが、これらの作品では事件の謎とうまく結びつけられているのに対して、この作品では現代と過去を二重写しにすることで、サスペンスを高めることに主眼が置かれているようです。ただ、現代の事件の扱いが少ないため、今ひとつ有効に機能していないように感じられるのは残念ですが。

1999.11.11読了
2002.04.11再読了 (2002.04.13改稿)