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仮面劇場の殺人/J.D.カー

Panic in Box C/J.D.Carr

1966年発表 田口俊樹訳 創元推理文庫118-27(東京創元社)/(田口俊樹訳 (原書房))

 マージョリー殺害で使われたトリックは、矢の“発射”された方向を偽装して犯人の位置を誤認させるとともに、石弓の弦の音を利用して犯行時刻を誤認させるものですが、前者はある短編((以下伏せ字)「銀色のカーテン」(ここまで))で使われたトリックのバリエーションであり、また後者はあるラジオドラマ((以下伏せ字)「幽霊射手」(ここまで))で使われたトリックを再利用したものです。

 ほとんどそのまま使い回されている後者のトリックはともかく、前者のトリックは元の作品とはやや違った扱われ方になっており、なかなか興味深いものがあります。具体的にいえば、元の作品では凶器が矢ではなくナイフであり、いわゆる“視線の密室”と組み合わせて不可能状況――被害者に近づいて刺殺することができた人物はいなかった――が演出されているのに対して、本書では不可能状況ではなくアリバイ工作を目的としたものであるところが、大きな相違です。

 ボックス席という特徴的な現場は、“視線の密室”と同様に犯人が被害者に近づくことができなかったという状況を生み出しているのですが、それが意味を持つのはあくまでも凶器が石弓で発射されたものではないということが明らかになってからの話です。つまり、四方を壁で囲まれたボックス席は解決段階において、犯行が可能な方向を限定する手がかりとして使われているのです。

 被害者を確実に手すりから乗り出させる手段は、定番といえば定番ですが、装飾品の盗難騒ぎ自体がミスディレクションと伏線になっているのが面白いところ。ただ、フェル博士は“それが彼女の頭のすぐ横を通って下の床に落ちたわけだ。(中略)彼女は驚き、注意を奪われた。(中略)いずれにしろ、まちがいなくさらにまえかがみになったことだろう。”(創元推理文庫版445頁)と語っていますが、この状況では被害者はまず上を見上げる可能性が高いと思われるので、肝心のところでトリックが成立していない感があります。

 また、最終的に犯人のアリバイを支えているのが、結果としての“共犯者”による偽証だというのが拍子抜けで、面白味を欠いたものになっているのは否めません。さらにいえば、ジュディを“共犯者”に据えるために弱みを持たせた結果、(フィリップは受け止めてはいるものの)やや後味が悪くなっているのも残念なところです。

1999.11.17読了
2008.07.03再読了 (2008.07.26改稿)