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剣の八/J.D.カー

The Eight of Swords/J.D.Carr

1934年発表 加賀山卓朗訳 ハヤカワ文庫HM5-19(早川書房)/(妹尾韶夫訳 ハヤカワ・ミステリ431(早川書房))

 本書で最も興味深い謎はやはり、嵐の夜にデッピングを訪ねてきた謎の訪問者の正体でしょう。そして、それがボタンフックや夕食のザリガニのスープといった手がかりをもとに解明されていく手順も面白いと思いますし、それによって事件の構造が反転してデッピングの殺意が明らかになるところもよくできていると思います。

 それだけに、解明されるタイミングが早すぎるのが残念なところではありますが、物語の展開としてはやむを得ないところかもしれません。というのは、この部分の解明に手間取っているとスピネリ(及びラングドン弁護士)が犯人に殺害されてしまうことになりかねず*1、事件の背景となるデッピングの正体を明らかにするのが難しくなるからです。

 デッピングの夕食を勝手に食べた人物という、犯人に至る決定的な手がかりはなかなかユニークだと思います。実のところ、謎の訪問者の正体を明らかにする過程で“夕食を食べたのがデッピングではない”ことが示されているのですから、登場人物たちの推理が“デッピングの夕食を勝手に食べる可能性がある人物は誰か?”という方向に向かってもおかしくはないように思うのですが、デッピング自身の行動がクローズアップされることで相対的に目立たなくなっているのが巧妙です。

 ネタバレなしの感想には“意外性を狙って犯人を隠しすぎている”と書きはしましたが、“デッピングの夕食を勝手に食べた”という手がかりが(気づきさえすれば)犯人に直結するものであることを考えれば、本書で犯人の存在が入念に隠されているのも当然といえます。しかし、その状態でまず犯人だけが明かされているのが問題で、それまで入念に隠されてきたせいで意外であっても“腑に落ちない”ものになっている感があります*2

 その意味では、いきなり犯人を明かすのではなく、最終章の“「犯人は」フェル博士は言った。「デッピングの夕食を食べた」”(333頁)という一節を先に持ってきた方が、サプライズとカタルシスを両立できることになったのではないかと思います。

*1: デッピングが殺されたことが明らかになった以上、スピネリが犯人との接触を先送りにするとは考えにくいものがあります。
*2: 拙文「ミステリにおける意外性」を参照。

1999.10.18読了
2008.03.30再読了 (2008.04.20改稿)