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悪魔のひじの家/J.D.カー

The House at Satan's Elbow/J.D.Carr

1965年発表 白須清美訳 (新樹社)

 密室状況での殺人未遂のトリックは、室外からの犯行を室内での犯行と見せかけるもので、その中心となる(1)犯行後に銃を窓から室内に投げ込む、(2)空包による焦げ痕を利用する、という2点は、ディクスン名義の長編(以下伏せ字)『孔雀の羽根』(ここまで)のトリックを再利用したものになっています。

 元の作品と大きく違っているのは、犯人が窓に近寄って銃を投げ込むことができる状況となっている点で、犯人が長い距離を隔てて銃を投げ込まなければならなかった元の作品と比べて、明らかに無理の少ないトリックといえます。その一方、本書では密室状況を強固なものとする必要が生じているため、ペニントン老人によって窓が閉められた上に施錠されています*1が、その行動によって残された指紋がトリックを解明するための重要な手がかりとされつつ、そこに“空包事件”の際にペニントン老人が窓に触れているというミスディレクションが加えられているところが周到です*2

 また、スモーキングジャケットに焦げ痕が残された経緯、さらにペニントン老人がそれを隠そうとした心理に不自然さがないところも、元の作品よりよく考えられているといえるでしょう。加えて、予備のスモーキングジャケットを盗むことで、ペニントン老人が焦げ痕のついたジャケットを着ることを余儀なくするという犯人の計画も見事。エステル叔母さんがジャケットを蜂蜜で汚したのは予期せぬ偶然ではありますが、犯人がそれをとっさにうまく利用しているのは確かです。

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 “空包事件”の際のペニントン老人の証言により、幽霊騒ぎと殺人未遂が結びつけられ、両者が同一の犯人によるものと錯覚させられてしまうのも巧妙なところで、“空包事件”が起きた時にまだ館に到着していなかった――ガレットらと同行していたために確実なアリバイを持つ――ドーリッシュが、殺人未遂についても容疑の外に置かれることになっています。

 ただし、“空包事件”の際の“幽霊”の出現が嘘の証言によって支えられているのが気になるところで、当事者であるペニントン老人自身の嘘は前述のように無理がないとしても、それを補強するために盛り込まれたフォーテスキュー医師の偽証はいただけません。フェル博士が解決場面で説明している(327頁)その動機は理解できなくはないものの、真相解明を妨げる重大な偽証の理由としては弱すぎるように思われますし、それがさしたる検証もされないままあっさり嘘だと切り捨てられているのもいかがなものかと思います。

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 犯人を意外な人物とするために、動機もある程度意外なものとせざるを得ないのはわかりますが、本書におけるドーリッシュの動機、というかその勘違いぶりはなかなか強烈です。ディードルとニックの不倫(?)を煙幕としてあるところは巧妙ですが、それだけにドーリッシュの空回りが一層際立っています。

*1: 銃撃された被害者自身の行動としてはやや苦しいところがあるものの、最終的に殺人未遂にとどまっていることが効いているといえるかもしれません。
*2: とはいえ、ペニントン老人がゴム手袋をはめていたか否かが最後まで曖昧にされているのは、少々やりすぎの感が否めませんが。

2000.02.13再読了
2009.03.24再読了 (2009.05.09改稿)