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雷鳴の中でも/J.D.カー

In Spite of Thunder/J.D.Carr

1960年発表 永来重明訳 ハヤカワ文庫HM5-4(早川書房)/(村崎敏朗訳 ハヤカワ・ミステリ594(早川書房))

 本書で殺害に使われているニトロベンゼンは、アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』などにも登場する、ミステリでは比較的有名な部類に入る毒ですが、薔薇の花に仕掛けてガスを吸い込ませるという使い方は珍しいと思います。もっとも、作中で紹介されている現実の事件そのままなわけで、それだけを取り出してみると肩すかしなのは否めないところです。

 しかし本書で面白いのはそのひねくれた扱い方で、一見すると毒殺とは関係のなさそうなテラスからの墜死に仕立てられているところにまず脱帽。その一方で、イブがデズモンドの命を、あるいはデズモンドがイブの命を、互いに狙っていることが匂わされる*という形で、序盤から“毒殺”に言及されているのがユニークで、ある意味ではフェアな伏線(?)といえないこともないのかもしれません。

 また、“毒殺”を強く主張しているのが、(失礼ながら)フェル博士の“かませ犬”としか思えないジェラルド・ハサウェイ卿だというのも絶妙なところで、物語が進んだところで警察(とフェル博士)が“毒殺”を認めても、今ひとつ信が置けない(苦笑)のですが、最終的にはそのハサウェイが“毒を仕込んだ花”のトリックを解き明かした……かと思えば、そのトリックが使われたとにらんだヘクター・マシューズの死は結局(表面的な決着そのままに)事故だったという具合で、ハサウェイの存在と推理が効果的なミスディレクションとなっている感があります。

 実際のところ、犯人の仕掛けたトリックは被害者のみに向けたもので、犯行後にそれが解明されることも計画のうちだったわけで、十七年前の事件と重ねあわされることまで含めて、犯人のまったく意図しない作者によるトリックが謎を作り出しているのが好みの分かれるところかもしれませんが、現実の事件そのままの毒殺トリックをミステリに仕立てるためにしっかりと工夫が凝らされているのは、やはりさすがというべきでしょう。

 物語が進むにつれて、隠された恋愛関係が次々と掘り起こされていく本書ですが、その中にあって、最後に明るみに出る被害者イブの秘密の恋愛が動機を浮かび上がらせ、犯人特定につながっているのが印象的。イブの年下好みを示す手がかりがあまりにも目立たなくなっているきらいはありますが、これはある程度致し方ないところでしょうか。

*: それを口にしているのが犯人であるフィリップだというのも面白いところです。

2012.08.10再読了 (2012.09.21改稿)