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喉切り隊長/J.D.カー

Captain Cut-Throat/J.D.Carr

1955年発表 島田三蔵訳 ハヤカワ文庫HM5-12(1457)(早川書房)

 “喉切り隊長(captain cut-throat)”と“喉を切る隊長(captain cut the throat)”の違いですが、このような細かいニュアンスはよくわかりません。英和辞典を見ると“cut-throat”という単語があって、“人殺し”という意味になっています。名詞+名詞で、“Jack the Ripper”(切り裂きジャック)みたいなものでしょう。これに対して“captain cut the throat”の方は、署名ではなく“隊長が喉を切った”("cut"に"-s"がついていないので、過去形かと思われます)という文章になってしまっているからおかしい、ということなのでしょうか。

 登場人物では、アランももちろん大活躍ですが、印象に残るのは何といってもフーシェです。文庫版の訳者あとがきで、バンコランとの関連が述べられていますが、確かに通じるところがあるように思います。しかし、バンコランが犯罪者に対抗するため、いわば正義の実現を目的としているために、徹底して悪魔的な仮面をかぶらざるを得なかったのに対して、フーシェの方はそういうわけではないので(どちらかといえば“天然”ですね)、時おり人間味が見られるところが違っています。さまざまな陰謀をめぐらす一方で家族に愛情を注いでいるあたりには、おかしみさえも感じさせられます。

 さて、そのアランとフーシェ、そして“喉切り隊長”とが三つ巴になって繰り広げる知恵比べは見応えがあります。喉切り隊長の正体のみならず、照明に照らされた中での殺人の謎、英仏スパイ合戦、そしてフランス陣内からどのようにして情報を伝達するのか。興味は尽きません。皇帝ナポレオンとフーシェという実在の人物を登場させながら、それをうまく動かすことによってめまぐるしいストーリー展開を可能にしているところは、カーの面目躍如です。

 最後まで(直接的にはほとんど)登場しない犯人、という趣向も成功していると思います。実行犯ではなく黒幕的な存在であるために、登場しないことで逆に黒幕としての存在感が高まっているのではないでしょうか。

 欲をいえば、アランとシュナイダー中尉の対決が、直接決着がつかないためにやや物足りなく感じました。やはり最後には雌雄を決してほしかったと思います。

2000.02.07再読了
(2003.03.11追記)

 このページをご覧になったgun74さんから、“喉切り隊長(captain cut-throat)”と“喉を切る隊長(captain cut the throat)”の件に関してメールをいただきましたので、こちらに転載します(掲載については了承済み:強調は筆者)。

 “喉切り隊長(captain cut-throat)”と“喉を切る隊長(captain cut the throat)”の違いは、ただ単に真犯人の伏線です。
 黒幕であるあのお方の母国語はイタリア語で、フランス語の口語表現が不得手だったからです。士官学校時代は、級友と喋らずに、本ばっかり読んでいたため、文法重視のフランス語を使っていたのです。外務大臣のタレーラン(Talleyramd)の事もタユイランと呼んでいたそうです。
 作品の冒頭の方でも、フーシェが「喉を切る隊長」の署名を見て、文法的に正しいが、普通はそういう表現はしない。もしかしたら、犯人は外国人なのか?とも言っています。ミスリードとしてイギリス人に疑いを持っていっていますが、西欧人には、結構簡単に真犯人の正体が判明してしまうのではないでしょうか。一般的の日本人から見たら、意味不明ですが。
 元々のフランス語では、どういう表現なのか分かりませんが、カーが発表した当時、英語では、cut-throat(口語的)、cut the throat(文語的)という状況だったのだと思われます。

 というわけで、“captain cut the throat”という英語で示された、普段は使われない表現は、フランス語の口語が苦手なナポレオンその人が黒幕であることを直接的に示す伏線だったというのが正解のようです。
 gun74さん、どうもありがとうございました。