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ビロードの悪魔/J.D.カー

The Devil in Velvet/J.D.Carr

1951年発表 吉田誠一訳 ハヤカワ文庫HM5-7(1217)(早川書房)

 題名はもちろんニック卿のことですが、“ビロードの悪魔”と呼ばれるニック卿自身が本物の悪魔に翻弄されるというのは、よく考えてみるとかなり皮肉です。

 読む前は単に主人公がタイムスリップする歴史小説なのかと思っていましたが、視点人物(ニック卿)=犯人というトリックで、驚かされてしまいました。しかも、悪魔との契約の際にフェントン教授が出した条件をうまく生かしたもので、文句のつけようがありません。

 “視点人物=犯人”とすると、犯人はどこかで読者の目から隠れて犯行を行わなければならないわけで、この読者の目からの隠蔽が、登場人物が読者を騙そうと行動しているように思われて、個人的にはどこかいやらしさを感じてしまいます。ところがこの作品では、フェントン教授は自分が犯人であることを知らなかったので、その種のいやらしさを感じさせられることはありません。しかも、“自分が犯人であることに気づかない”メカニズムが、タイムスリップの設定とうまく結びつけてあり、特殊な設定を十分に生かしきった解決は見事です。

 もちろん、この作品ですぐれているのはトリックだけではありません。生き生きと描かれた過去の人物たち、そしてその時代の風物。活劇場面も盛り上がります。特に、ガイルズを相手にフェンシングの練習をする場面、そして邸を襲ってきた暴徒たちを迎え撃つ場面は、何度読み返しても飽きません。

 さらにもう一つ、粗暴なニック卿と対照的なフェントン教授の登場によって、召使いたちとの間に信頼関係が築き上がられていくところも印象的です。暴徒迎撃前のガイルズとの会話、暴徒迎撃後の祝勝会(?)の場面、そして国王チャールズ二世の命令でニック卿を捕らえにきた近衛竜騎兵隊のオカラガン隊長に、召使いたちや友人ジョージが抵抗しようとする場面。いずれも感動的です。

 しかし、それだけになおさら、ラストでニック卿が逃げ延びた後の、召使いたちの安否が気遣われてなりません。ここはやはり、エピローグで後日談を書いて読者を安心させてほしかったところです。