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一角獣の殺人/C.ディクスン

The Unicorn Murders/C.Dickson

1935年発表 田中潤司訳 創元推理文庫118-29(東京創元社)/(田中潤司訳 『一角獣殺人事件』世界探偵小説全集4(国書刊行会))

 イヴリン・チェインの“ライオンと一角獣”の歌に始まり、“ギルバート・ドラモンド”(実はハーヴェイ・ドラモンド)が死に際に残した“一角獣”という言葉、さらにその命を奪った特殊な形状の傷と、“一角獣づくし”の発端は魅力的です。特に、自身の任務を指していたドラモンドの言葉が、犯人(?)を示すダイイングメッセージと受け取られてしまうのが面白いところですが、致命傷の形状のみならず、ハーヴェイとギルバートの“入れ代わり”が一役買っている*のを見逃すべきではないでしょう。

 とはいえ、その傷を生じた凶器である無痛畜殺機については、確かに“被害者は撃たれて刺された”(160頁)というH.Mのヒントにあてはまるものではありますが、やはりあまりにも特殊にすぎるために、カタルシスどころか微妙な印象しか残らないのが残念なところです。また“撃たれて刺された”というヒント自体、“視線の密室”の状況をいたずらに複雑にしている一因といわざるを得ないでしょう。

 城に現れた“ハーヴェイ・ドラモンドの偽物”がいきなり“ガスケ”を名乗る――しかしフラマンドではないかと疑われる――あたりは、犯人も探偵も変装して誰だかわからないという状況がうまく生かされていますし、さらにその“ガスケ”が殺害されるに至って、誰も彼もが疑わしく思えてきてしまうところがよくできています。

 しかしその中で、よりによってケンウッド・ブレイクに疑いがかかってしまうのが何ともいえないところで、最終的にはH.Mが“推理合戦”に勝利することは見えているとはいえ、ガスケの推理がそれなりの説得力を持っている上に、ヘイワードの部屋の窓の鍵の件など“一進一退の攻防”が盛り込まれているところが巧妙です。

 そしてクライマックスで明らかにされる真犯人がなかなか強烈。クローズドサークル内部の殺人でありながら、外部にいた(ように見える)人物を犯人として持ち出すカーのぬけぬけとした企みには苦笑を禁じ得ないところですが、意表を突いた真相であることは確かでしょう。そして、城の外にいて逃走を図ろうとしていたフラマンドを“釣り出す”というH.Mの計画が、物語前半のドタバタ劇を“伏線”としてうまく取り込んでいるのも見事です。

 H.Mが解き明かす“視線の密室”の真相――犯人と死体の“早変わり”は、(一応伏せ字)カーがしばしば使ったトリック(ここまで)ですが、階段という現場ならではの死角がうまく使われている感はあります。ただ、壁掛けの裏に窓がある――裏を返せば、窓のところにわざわざ壁掛けをかける――というのは、いささか不自然に思えてしまうのですが……。

*: 被害者が“ギルバート”だと思われている限りは、ハーヴェイの任務と結びつかないため。

2000.03.01再読了
2010.01.03再読了 (2010.02.21改稿)