ヘンリ・メリヴェール卿(H.M)vol.1カーター・ディクスン |
プレーグ・コートの殺人 白い僧院の殺人 赤後家の殺人 一角獣の殺人 パンチとジュディ 孔雀の羽根 ユダの窓 五つの箱の死 読者よ欺かるるなかれ かくして殺人へ 九人と死で十人だ |
プレーグ・コートの殺人 The Plague Court Murders | |
1934年発表 (仁賀克雄訳 ハヤカワ文庫HM6-4・入手困難/南條竹則・高沢 治訳『黒死荘の殺人』創元推理文庫118-33) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想]
*1: もちろん、怪奇趣味については『火刑法廷』が別格ではありますが、それがはっきり前面に出された度合いでは本書(の前半)に軍配が上がるように思われます。
*2: 今回再読するまですっかり忘れていたのですが、マスターズ警部が心霊術のイカサマを暴くのを道楽とし、 “幽霊狩人{ゴーストハンター}のマスターズ”と紹介されている(13頁)のも興味深いところで、カーとしては当初、ディクスン名義の作品を(カー名義よりも)怪奇色の強いものにしようという思惑があったのかもしれません。 2000.01.22再読了 2010.03.11再読了 (2010.04.16改稿) |
白い僧院の殺人 The White Priory Murders | |
1934年発表 (厚木 淳訳 創元推理文庫119-03) | ネタバレ感想 |
![]() [紹介] [感想]
*1: 本書に怪奇趣味が盛り込まれていないのは、密室が構成される理由を否定するというこの趣向のためだと考えられます。
*2: その意味では、施錠による密室よりも監視による密室に近いところがあるといえるかもしれません。 1999.12.23読了 2008.04.10再読了 (2008.04.27改稿) |
赤後家の殺人 The Red Widow Murders | |
1935年発表 (宇野利泰訳 創元推理文庫119-01) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想]
*1:
“テアレン博士も、H・Mの高名はふたつの方面から聞いて知っていた。その一人は、友人のジョン・ゴーントだったが、そのうわさを話してくれたときは、まるで崇敬の的といった調子だった。”(37頁)と、少しだけゴーントにも言及されています。 *2: 結局はテアレン博士も本書でお役御免となり、次の『一角獣殺人事件』では『プレーグ・コートの殺人』のケンウッド・ブレイクが再登板しています。 *3: “最初はフランス語で、《シャンブル・ド・ラ・ヴーブ・ルージュ》といわれました。むろん、赤い後家――ギロチンの部屋の意味ですわ”(46頁〜47頁)。 *4: 当初の“部屋が人を殺す”という謎がすっかりどこかへ行ってしまうあたりに、迷走ぶりが端的に表れているといえるのではないでしょうか。 2008.11.21再読了 (2008.12.31改稿) |
一角獣の殺人 The Unicorn Murders | |
1935年発表 (田中潤司訳 創元推理文庫118-29/田中潤司訳『一角獣殺人事件』国書刊行会 世界探偵小説全集4・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想]
*1: 語り手のマイクル・テヤレイン博士とジョージ・アンストラザー卿の
“「(前略)マイクル、冒険ってどんなことだ? お芝居がかったやつかね? 黒貂の外套なんぞといういでたちの蒙古女がここに現れて、小声で言う。“ダイヤモンド六コ――真夜中に北の塔――オルロフに用心して”それから……」(中略)「そう、まあそんなことだよ」”(ハヤカワ文庫版『弓弦城殺人事件』10頁)というやり取り。なお、同じ二人が登場する『赤後家の殺人』の冒頭(創元推理文庫版12頁)でも、この会話が引き合いに出されています。 *2: もっとも、1952年発表の『赤い鎧戸のかげで』でもアイアン・チェスト(鉄箪笥)なる怪盗を登場させているカーとしては、“古めかしい”などといった感覚はなかったのかもしれません。 *3: 現場が階段であるため、水平方向だけでなく垂直方向の視野についても考える必要があり、見取図だけをみても“どこが見えてどこが見えなかったのか”がはっきりしません。 *4: 創元推理文庫版の山口雅也氏による解説を読むまで気づきませんでしたが、〈キッド・ピストルズ・シリーズ〉の作者らしいさすがの指摘です。 2000.03.01再読了 2010.01.03再読了 (2010.02.21改稿) |
パンチとジュディ The Punch and Judy Murders | |
1937年発表 (白須清美訳 ハヤカワ文庫HM6-13・入手困難/村崎敏郎訳『パンチとジュデイ』ハヤカワ・ミステリ485・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想]
*1: カー名義の『盲目の理髪師』にも匹敵するほどのドタバタ劇ですが、本書ではその渦中にあるのが主にブレイク一人であるために、『盲目の理髪師』よりもすっきりした印象になっています。
*2: ブレイクが翌日に結婚式を控えているためにタイムリミットサスペンスの要素が加わっていることも、展開の速さに拍車をかけている感があります。 *3: フェル博士は『盲目の理髪師』と『アラビアンナイトの殺人』の2作品で安楽椅子探偵をつとめていますが、H.Mものには安楽椅子探偵形式の作品はありません。 *4: 本書以外のH.Mものでは、『仮面荘の怪事件』と『青ひげの花嫁』くらいでしょうか。 *5: ただしこれは、ある意味で好みの分かれるところかもしれません。 1999.11.06読了 2009.11.04再読了 (2009.11.28改稿) |
孔雀の羽根 The Peacock Feather Murders | |
1937年発表 (厚木 淳訳 創元推理文庫119-04・入手困難) | ネタバレ感想 |
![]() [紹介] [感想]
*1: ほぼ全編が謎の解明に費やされているディクスン名義の次作『ユダの窓』は、本書の路線を推し進めたものとも考えられます。
*2: この作者から読者への“警告”が、後の『読者よ欺かるるなかれ』につながったのは間違いないところでしょう。 *3: 作中では、 “わしは総括をした。殺人者が密室状況を作りだす手段は三つしかない、といったのだ。(中略)四番目の方法に思い当たった。”(295頁)とされていますが、内容からみて明らかに“理由”(または“動機”)の誤りです。翻訳ミスなのか、あるいは原文そのものが誤っているのか、定かではありませんが……。 1999.09.27読了 2009.02.28再読了 (2009.04.11改稿) |
ユダの窓 The Judas Window | |
1938年発表 (高沢 治訳 創元推理文庫118-38/砧 一郎訳 ハヤカワ文庫HM6-5・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想]
*1: 日本でいうところの“検察側”にあたります。
*2: “第一に、自殺に偽装するという動機がある。”・ “第二に、幽霊に偽装する説がある。”(要するに、超自然的な不可能犯罪を演出するということでしょう)・ “最後に、偶然ということがある。”(創元推理文庫版『白い僧院の殺人』202頁〜203頁より)。 *3: 個人的にはハヤカワ文庫版の斜視図も味があって捨てがたいのですが……。 2008.01.27再読了 (2008.02.06改稿) 2015.07.31創元推理文庫版読了 (2015.08.08一部改稿) |
五つの箱の死 Death in Five Boxes | |
1938年発表 (西田政治訳 ハヤカワ・ミステリ320・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 1999.10.16読了 2008.06.18再読了 (2008.07.13改稿) |
読者よ欺かるるなかれ The Reader is Warned | |
1939年発表 (宇野利泰訳 ハヤカワ文庫HM6-12・入手困難/宇野利泰訳 ハヤカワ・ミステリ409・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [注意] [感想]
*1: 前作では“サンダース博士”と表記されています。
*2: 当然ながら、被害者の死因をめぐって(やや)専門的な議論が繰り広げられることになりますが、そこで語り手のサーンダーズ博士が病理学者であることがうまく生かされています。 *3: 類似のプロットの例として思い出したのが、都筑道夫「秘剣かいやぐら」(『かげろう砂絵』収録)と泡坂妻夫「隼の贄」(『ヨギ ガンジーの妖術』収録)――作者が作者だけに、どちらも本書を念頭に置いたものと考えていいのではないでしょうか――ですが、本書以前の作品では思い当たる例がありません。ご存知の方はご教示いただければ幸いです。 *4: 作中では明示されていませんが、本書はサーンダーズ博士による手記という体裁を取っていることになります。 2008.08.30再読了 (2008.09.19改稿) |
かくして殺人へ And So to Murder | |
1940年発表 (白須清美訳 新樹社) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想]
*1: 少なくとも長編では、他にはカー名義の『皇帝のかぎ煙草入れ』くらいです。
*2: このあたりは、(コメディでこそないものの)カー名義の『テニスコートの殺人』などに近いところがあるかもしれません。 *3: もっとも、物語の中心人物であるモニカとカートライトが、どちらも撮影には直接関わらない脚本家である以上、これには致し方ない部分があるようにも思われます。 1999.12.10読了 2010.08.09再読了 (2010.11.08改稿) |
九人と死で十人だ Nine―and Death Makes Ten | |
1940年発表 (駒月雅子訳 国書刊行会 世界探偵小説全集26) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想]
カー名義の『盲目の理髪師』と同様に航海中の船上での事件が扱われた作品ですが、凄まじいドタバタが展開される『盲目の理髪師』とは違って、こちらは第二次大戦下、しかも密かに軍需物資を積み込んでドイツ潜水艦“Uボート”の出没する海域(*1)を越える危険な旅だけあって、全編に重苦しい雰囲気が漂っています。 出航直前に船内から時限爆弾が発見されるという事態もあり、船客たちも乗船早々に救命胴衣やガスマスクを着ける練習をさせられ、夜間には灯火管制が厳しく徹底されるなど、何ともものものしい状態。いつもは物語の雰囲気に関係なくドタバタを演じてくれるH.Mも、陸軍省情報部の大物という立場からその存在が極秘とされており、事件が発生するまで登場してくることはなく、ようやく登場してもドタバタは控えめとなっています。 乗客たちもそれぞれにいわくありげで、ドイツのスパイが紛れ込んでいるという疑惑まで取り沙汰される中、ついに事件が起きます。カーにしては珍しく、犯行そのものは不可能犯罪でも何でもないのですが、一風変わった謎――現場に残された“犯人”の指紋が船内の誰のものとも一致しないという不可解な謎が盛り込まれており、原題の『Nine―and Death Makes Ten』が表しているように、“九人の乗客――それが〈死〉で十人になった”(意訳)という不条理な状況が生み出されているのが何ともいえません。
ちなみに、初訳時(旗森真太郎訳 別冊宝石70号)の邦題『九人と死人で十人だ』は誤訳(*2)であったわけですが、今回改題された『九人と死で十人だ』という邦題も、原題の意味を十分に反映しきれていないように思われます。 まず、『Aと Bで Cだ』という形である限り、“足し算”のニュアンスが消えないのが問題(*3)。そしてそれに引きずられ、“死”という言葉までが本来の意味ではなく、“死者”(死人)、もしくは“死神”(=犯人)を表しているように読めてしまう(*4)のが難しいところです。 例えば、『九人が死で十人だ』なら“足し算”ではなくなりますし、『九人が殺人で十人だ』とすれば語呂もよくなるかと思います。個人的には、事件発生後の状況――九人の乗客のうち一人が死に、八人が生き残っている――だけを取り出して『八人と死人で十人だ』とするのが、事件の不条理さ(「8+1=10」)もわかりやすくなっていいように思うのですが……。 いずれにしても、航海中の船上というクローズドサークルならではのユニークな謎となっているのは確かですし、脚注で専門書を示して指紋の偽造は不可能だと強調してあるのも周到です。ただし、その指紋の謎の解明になかなか進展がみられないせいもあってか、その後第二、第三の事件が続いていきながらも、後半は物語の焦点が少々ぼやけている感があるのが難点といえるかもしれません。 とはいえ、最後に明らかになる真相はやはりよくできていて、まずまず意外な犯人もさることながら、犯人の目論見、ひいては“何が起こったのか”が大きな見どころとなっています。そしてその中核となるのは実に巧妙なトリックの使い方で、謎の構築と演出に関するカーの手腕が存分に発揮された作品といえるのではないでしょうか。
*1: 英題の方は、このあたりの状況を表した『Murder in the Submarine Zone』となっています。D.G.グリーン『ジョン・ディクスン・カー〈奇蹟を解く男〉』によれば、イギリスの出版社が
“灯火管制下の船の上でくり広げられるミステリは売るための格好の材料だと考え”た(同書288頁)という事情もあったようです。 *2: “「死人」 は 「九人」 の中に入っているのだから、「九人と死人で」 というのは間違いである。(中略)問題としたいのは、作者が折角タイトルにこめた作品のテーマを、「九人と死人で」 とすることによって、ごく当たり前の 「9+1=10」 という等式に変えてしまったことなのである。”(「タイトルについて」(「本棚の中の骸骨:藤原編集室通信」内)より)。 *3: そもそも、原題は “Nine―and Death ……”であって “Nine and Death ……”ではないので、この “and”を “と”と訳すのは誤りでしょう(どちらかといえば、 “そして”といった意味だと思われます)。 *4: 乗客が九人だけだという前提を踏まえれば、『九人と犯人で十人だ』でも問題はないかもしれませんが、やはり “ごく当たり前の 「9+1=10」 という等式”であることには変わりません。 1999.12.25読了 2009.07.06再読了 (2009.07.19改稿) |
黄金の羊毛亭 > J.D.カー > ヘンリ・メリヴェール卿(H.M)vol.1 (vol.2へ) |