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読者よ欺かるるなかれ/C.ディクスン

The Reader is Warned/C.Dickson

1939年発表 宇野利泰訳 ハヤカワ文庫HM6-12(早川書房)/(宇野利泰訳 ハヤカワ・ミステリ409(早川書房))

 本書では、第一の事件であるサム・コンスタブルの奇怪な死によって、念力(テレフォース)による殺人という“不可能犯罪”が演出されていますが、感電死+死後の痙攣というトリックは正直なところ難があるといわざるを得ません。

 まず、入浴中の感電死という真相が今ではすっかり陳腐化してしまっているのが苦しいところ。単なる心臓麻痺と区別しにくい*1のは確かでしょうし、考えられる三つの方法が挙げられた直後に感電死にも言及されている(115頁)という大胆さは買えますが、いかんせん真相そのものに面白味が欠けていますし、蝋涙という手がかりがあからさまに停電を示唆しているのも難点です。

 また死後の痙攣の方は、解決場面で文献まで挙げてフォローしてあります(372頁)が、やはり反則に近いネタであることは確かでしょう。問題の場面の、“脈がかすかにある。が、それも、サーンダーズが脈搏を探っているうちに停まってしまった。彼は完全にこときれた。”(83頁)という記述も、嘘ではないとはいえ少々アンフェア気味な印象を与えています。

 “サム・コンスタブルを殺害した方法は(中略)犯人が現場にいあわせて、初めて可能となるものであった。”(114頁~115頁)というサーンダーズ博士による原註を考えれば、犯行が問題の場面以前に行われていたことは推測可能ですが、今度は“電気死の特徴は、即死するというところにある。”(115頁)という記述が蝋涙の手がかりとバッティングすることになります。結局のところ、死後の痙攣という常識とはかけ離れた真相に思い至らない限り、すべてを見抜くことは不可能なのです。

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 この“念力殺人”に関するトリックよりも重要なのが、事件が“予告された連続殺人”という様相を呈することによる、事件全体の構図に仕掛けられたミスディレクションです。“本事件は、犯人の単独行動であって、その殺人計画を知っていたり、またはこれに手を貸したりした人物はひとりもいない”(204頁)というサーンダーズ博士の原註も効果的に機能していますが、読者は“単独犯による連続殺人”だとミスリードされることにより、第一の事件で確実なアリバイを持つヒラリイを疑うことが難しくなっているのです。

 第一の事件が予言とは直接関係のない事故死*2だったという真相からして人を喰ったものですが、第二の事件も予言がインチキだと暴露されるのを防ぐ口封じにすぎず、“真犯人”が本来の目的とする事件がまだ起こっていなかったというところも非常に秀逸で、ヒラリイの動機と目論見が物語序盤に下品なほど露骨に示されている(79頁)*3にもかかわらず、それが巧妙に隠蔽されることになっています。

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 もう一つ見逃せないのが、次第に接近していくように描かれているヒラリイとサーンダーズ博士との関係で、カーの作品における一般的なロマンスの扱い――(一応伏せ字)主人公のロマンスは成就する(ここまで)――を考えれば、(一応伏せ字)ヒラリイが犯人だという真相は実に意外なもの(ここまで)といえます。これもまた、(一応伏せ字)本書に仕掛けられたミスディレクションの一環(ここまで)というべきでしょう。

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*1: 感電死のトリックは、後にある短編((以下伏せ字)「空部屋」(『パリから来た紳士』収録)(ここまで))で再利用されているのですが、そちらでは当初は“恐怖による神経ショックの心臓麻痺”と判断されています。
*2: とはいえ、マラリアの後遺症でマイナの手が震えがちだったところにペニイクの予言が動揺をもたらしたことで、事故の発生――しかもこのタイミングでの――にある程度の蓋然性が備わっているところはよく考えられていると思います。
*3: “たとえばあたし、継母がありますの。このひとが、あたし大嫌いでして、早く死んでくれればいいとおもってますわ。”及び“あたし、ほんとうは、義母のお金が欲しいの。(中略)そんなことがあるので、あたし、あのペニイクが気になるのよ。”(いずれも79頁)

2008.08.30再読了 (2008.09.19改稿)