シャーロック・ホームズの功績/アドリアン・コナン・ドイル&J.D.カー
The Exploits of Sherlock Holmes/Adrian Conan Doyle & J.D.Carr
1954年発表 大久保康雄訳 ハヤカワ・ミステリ450(早川書房)
2002.02.27再読了 (2002.02.28改稿)
まずお断りしておかなければなりませんが、シャーロック・ホームズの物語は子供の頃に読んだきりで、あまり覚えていないので、アーサー・コナン・ドイル本人の作品との関連についてはほとんどわかりません。
- 「七つの時計の事件」
- チャールズが時計を壊す真意はやや強引ではあるものの、まずまずだと思います。ただ、“七つの時計”というのがトレプレイ(トレポフ)の嘘だったというのは拍子抜けです。もちろん、
“戸棚のなかにかくした”
という嘘が手がかりとなっているところはよくできているのですが。
- 「金時計の事件」
- この毒殺トリックは(以下伏せ字)『ヴァンパイアの塔』収録の「悪魔の使徒」(ここまで)で使用されています。解剖を担当した法医学者が鼻風邪をひいていたという伏線がなかなかユニークですし、金時計の証拠は鮮やかです。
- 「蝋人形賭博師の事件」
- 何といってもトランプの暗号が秀逸です。26(アルファベットの文字数)の倍数になっているというのもなかなか気づかないことですし、何より蝋人形の手の中に堂々と提示されているところが見事です。よく気をつけてみないと、同じ札があってもわかりにくいでしょうし。
- 「ハイゲイトの奇蹟事件」
- カーお得意のトリックのバリエーションです。“傘を大事にする”という奇妙な行動を伏線としたキャブプレジュア氏の計画はなかなかよくできているとは思いますが、大きな無理が一つあります。少なくともレストレイドはキャブプレジュア氏が玄関で牛乳配達夫のピーターズと入れ違いになったと思っているのですから、ピーターズをもっと徹底的に取り調べないのは不自然でしょう。
- 「色の浅黒い男爵の事件」
- 酒杯のトリックは、短編(以下伏せ字)「死者を飲むかのように……」(『幽霊射手』収録)(ここまで)に通じる印象的なものです。が、残された手がかりからこのトリックが使われたといえるのでしょうか。
“ホームズは酒杯をもちあげて、それを綿密に調べ、さらにテーブルについている爪の傷跡や葡萄酒のしみなどを眺めていた”
(140頁)という文章からは、傷跡やしみが酒杯の下にあったのかどうかはっきりしません。しかも“爪の傷跡”と書かれているのがさらに問題です。葡萄酒のしみだけでは、誰かがひっくり返った酒杯を置き直したということしか断定できず、被害者が酒を飲んでいる最中に普通の刃物で刺されたとも考えられるのです。犯人がテーブルに着いていたとは限らないのですから。
- 「密閉された部屋の事件」
- この密室トリックは、後にカー名義の長編(以下伏せ字)『血に飢えた悪鬼』(ここまで)で使用されていますが、そちらよりもこの作品の方が自殺に見せかけてある分、自然に感じられます。葉巻の煙の臭いという手がかりは説得力のあるものですし、そしてホームズがそれを実際に検証する場面も印象的です。
- 「ファウルクス・ラスの事件」
- “ロング・トム”と“ロングトン”の取り違えには説得力がありますし、ダイイング・メッセージに付き物の不自然さがないところもよくできていると思います。ただし、いきなり
“ロング……トム……”
(190頁)と書かれているため、聞き手の取り違えという真相が見え見えなのは興ざめです。聞き手は“ロングトン”と解釈したのですから、その通りに書いておく方がいいと思うのですが。
- 「アバス・ルビーの事件」
- 雪に埋もれた椿の花という手がかりからドヴァートン夫人の嘘を見抜くという展開はいいと思うのですが、ホームズが到着するまでに何とか処分しておくという手はなかったのでしょうか。雪が解ければ結局見つかってしまうでしょうし。
- 「黒衣の天使の事件」
-
“いまからかっきり六週間と三日前”
(251頁)という台詞があまりにも白々しく感じられます。いくら何でもこんな言い方は不自然でしょう。仕方ないともいえるかもしれませんが……。
- 「二人の女性の事件」
- ブルー・ブラックのインクというネタ自体は興味深いものがあります。ラストの対照的な二通の手紙が印象に残ります。
- 「デプトフォードの恐怖の事件」
- この事件はアーサー・コナン・ドイルの(以下伏せ字)「まだらの紐」(ここまで)のバリエーションですが、“原典”の弱点(以下伏せ字)(蛇がミルクで飼われていること、壁の上の方にある穴から出入りしていること)(ここまで)がうまく解消されています。鼠がいなくなったという伏線や、天井についたすすの跡など数々の手がかりがよくできていると思います。
- 「赤い寡婦の事件」
- 首なし死体→犯人と被害者の入れ替わり、という構図は、あまりにも古典的すぎるでしょう。特にひねりも見受けられません。
2002.02.27再読了 (2002.02.28改稿)