カー短編集vol.3

ジョン・ディクスン・カー

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シャーロック・ホームズの功績 The Exploits of Sherlock Holmes
 アドリアン・コナン・ドイル&ジョン・ディクスン・カー 

ネタバレ感想 1954年発表 (大久保康雄訳 ハヤカワ・ミステリ450)

[紹介と感想]
 アーサー・コナン・ドイルの息子、アドリアン・コナン・ドイルとの合作によるシャーロック・ホームズの“贋作”です。残念ながら執筆途中で体調を崩したため、カーは前半六篇にのみ関わっています。
 私自身がシャーロック・ホームズにさほどの思い入れがないこともあって、カーのオリジナル作品に比べると盛り上がりに欠けるようにも感じられてしまいますが、ユニークな作品集であることは間違いないでしょう。
 個人的ベストは、「密閉された部屋の事件」「蝋人形賭博師の事件」

「七つの時計の事件」 The Adventure of the Seven Clocks
 時計を憎む男――次々と時計を叩き壊すなど、奇妙な行動に走るチャールズ・ヘンドン。彼は怪しげな手紙に呼び出されて姿を消してしまった……。
 “なぜ時計を壊すのか?”という謎はなかなか魅力的ですが、やや物足りない部分もあります。

「金時計の事件」 The Adventure of the Gold Hunter
 大地主のトレロニー氏が就寝中に急死してしまった。死因は不明のまま、遺言状に書かれた相続人に殺人の容疑がかかったのだが……。
 トリックもまずまずですが、やはり証拠が印象的です。

「蝋人形賭博師の事件」 The Adventure of the Wax Gamblers
 マダム・トウパン蝋人形陳列所の番人はある日、奇妙なことに気づいた。賭博師の人形が持っている手札がいつもと違っていたのだ……。
 奇妙な謎と真相が見事です。

「ハイゲイトの奇蹟事件」 The Adventure of the Highgate Miracle
 どういうわけか、を何よりも大事にする男。彼はある日、玄関に置き忘れた傘を取りに戻り、そのまま忽然と消え失せてしまった……。
 消失の状況が鮮やかですが、無理が感じられる部分もあります。

「色の浅黒い男爵の事件」 The Adventure of the Black Baronet
 ラヴィントン邸の宴会室で、滞在客のダルシー大佐が刃物で喉を刺されて殺された。状況から、主人のレジナルド・ラヴィントン卿に疑いが向けられ……。
 解決に至る手がかりにやや問題があるように感じられます。トリックは印象的なのですが……。

「密閉された部屋の事件」 The Adventure of the Sealed Room
 内側から鍵のかかった骨董室で、ウォーバートン大佐夫妻は死んでいた。気が狂った大佐が妻を射殺し、自殺したのだと思われたが……。
 トリックは後にカー名義の長編で使われています。手がかりが非常によくできています。

 以下の作品はアドリアン・コナン・ドイル単独によるものです。この中でのベストは「デプトフォードの恐怖の事件」でしょう。

「ファウルクス・ラス館の事件」 The Adventure of the Foulkes Rath
 大地主のアドルトン大佐が、斧で頭を割られて殺されるという事件が起きた。死に際の一言から、甥のロングトンが逮捕されてしまうが……。
 ダイイング・メッセージはそれなりによくできていると思うのですが、気になる部分もあります。また、手がかりが完全に伏せられているところも問題です。

「アバス・ルビーの事件」 The Adventure of the Abbas Ruby
 有名な園芸家の温室から、自慢の赤い椿の花が消えてしまった。さらに、騒ぎが起こった隙に家宝の〈アバス・ルビー〉までが盗まれてしまったのだ……。
 手がかりがまずまずといえるでしょうか。犯人はやや杜撰なようにも思えてしまいますが。

「黒衣の天使の事件」 The Adventure of the Dark Angels
 何者かが繰り返しフェラーズ邸に残していく黒衣の天使の版画は、一体何を意味するのか? 邸の主に危険が迫っていることに気づいたホームズは……。
 魅力的な発端ですが、後半はかなり息切れしている感があります。

「二人の女性の事件」 The Adventure of the Two Women
 カリングフォード公爵未亡人を突然襲った、公爵の重婚疑惑。脅迫者の邸に忍び込んだホームズが目にした証拠の書類には、一見疑問の余地がなかったが……。
 特殊な知識による謎解きの典型的なパターンです。鮮やかではあるのですが。

「デプトフォードの恐怖の事件」 The Adventure of the Deptford Horror
 デプトフォードのウィルスン家は、主人が溺死し、妻と息子が相次いで心臓麻痺で亡くなるという悲惨な運命をたどっていた。そして、残された娘にも危機が迫る……。
 アーサー・コナン・ドイルによる“原典”中のある作品のバリエーションといっていいでしょう。“原典”の弱点が解消されている上にスリルも増し、よくできた作品となっています。

「赤い寡婦の事件」 The Adventure of the Red Widow
 ジョスリン・コープ卿が、その城に代々伝わるギロチンで殺された。しかも、犯人は切り落とした首を持ち去っていた。容疑者は明白だったが……。
 個々の手がかりなどはまずまずですが、真相があまりにも物足りなく感じられます。
2000.05.26読了
2002.02.27再読了 (2002.02.28改稿)

グラン・ギニョール Grand Guignol

ネタバレ感想 1999年発表 (白須清美・森 英俊訳 翔泳社)

[紹介と感想]
 長編『夜歩く』のもとになった中編「グラン・ギニョール」を含む、カーのごく初期の作品を日本独自に編纂したものです。
 個人的ベストは「グラン・ギニョール」

「グラン・ギニョール」 Grand Guignol (バンコラン)
 頽廃と背徳に満ちたパリのクラブ。その一室で、サリニー公爵が首を切断された無惨な死体となって発見された。公爵をつけ狙っていた狂人の仕業なのか。だが、事件の前後、現場への出入りは刑事たちによって厳重に監視されていた。そして、目撃されたのは当の公爵ただ一人だった……。
 『夜歩く』にほとんどそのままの形で使われている部分もありますが、第二の事件が起こるあたりからだいぶ違ってきています。特に解決場面は一種異様な緊張感に満ちていて、長編版よりも魅力的に感じられます。ぜひご一読を。

「悪魔の銃」 The Devil-Gun (超自然ミステリ)
 ノエル・バーンストウと友人のアンストラザは、かつて姿を消したノエルの父を訪ねてシベリアまでやってきた。だが、ようやく再会した父親は狂気の影にとらわれていたのだ。そして夜がふける頃……。
 物語後半を支配する狂気が、圧倒的な迫力をもって描かれています。荒削りな部分もあると思いますが、魅力的な作品です。

「薄闇の女神」 The Dim Queen (歴史ロマン)
 セビリアを訪れたフランス兵士レティフ。女剣士ドロレスに引きあわされた彼は、行きがかり上、ドロレスと立ち会うことになってしまった。だが……。
 悲劇の裏に隠された、あまりにも皮肉な真相が印象的です。

「ハーレム・スカーレム」 Harem-Scarem (ショート・ショート)
 アメリカ領事館の大使が、東アラビアの族長のハーレムからアメリカ人女性を救い出す仕事を引き受けるが……。
 数ページしかありませんが、きちんとオチもついて、なかなかよくできています。

「地上最高のゲーム」  (エッセイ)
 カー自身がミステリの技法について分析したエッセイです。
2000.01.08読了
2002.02.28再読了 (2002.02.28改稿)

幻を追う男 Speak of the Devil and Other Stories

ネタバレ感想 2006年刊 (森 英俊訳 論創海外ミステリ60)

[紹介と感想]
 全八回に渡って放送された中編「幻を追う男」に、記念すべきカーのラジオドラマ第一作である「誰がマシュー・コービンを殺したか?」、やはり初期に放送された「あずまやの悪魔(オリジナル版)」を加えて刊行されたラジオドラマ集です。

「誰がマシュー・コービンを殺したか?」 Who Killed Matthew Corbin?
 婚約者のメアリーを連れて、南アフリカから二年ぶりに帰国したジョン・コービンだったが、ようやく屋敷に到着した途端、兄のマシューが何者かに射殺される事件に出くわしてしまう。容疑は、その時屋敷にいたジョンとメアリー、ジョンのもう一人の兄・アーノルド、そしていとこのヘレンの四人に向けられるが、やがて……。
 三回に分けて放送されたため、シンプルな事件の割にやや遠回りしている感はありますが、それでもなかなかよくできた作品です。大胆に提示された決定的な手がかり(ただし、別の作品でも再利用されているので、わかる人にはすぐにわかってしまいますが)が非常に秀逸。そして意外な形で明らかになる犯人も面白いと思います。
 なお、この作品の次に放送された「暗黒の一瞬」『ヴァンパイアの塔』収録)にはちょっとしたネタバレがあるので、できればそちらよりこの作品を先に読むことをおすすめします。

「あずまやの悪魔」(オリジナル版) The Devil in the Summer-House
 一人であずまやにいたバーナム大尉は、至近距離から頭を射たれて殺された。嫉妬に狂った妻の犯行かとも思われたのだが、彼女は死体が発見されるまで母屋を一歩も離れていないという鉄壁のアリバイがあり、また他の容疑者にも犯行は不可能だった。かくして、事件が迷宮入りしてから四半世紀が過ぎ……。
 『黒い塔の恐怖』に収録された同名の作品とは大きく異なるオリジナル版です。こちらにはフェル博士が登場し、ひねりの少ないストレートな展開となっており、サスペンスよりも謎解きが重視されている印象です。

「幻を追う男」 Speak of the Devil
 1816年、英国。先年の戦いで頭を負傷したオースティン大尉は、その直前にただ一度だけ出会った女性を忘れることができなかった。一目で恋に落ちた大尉だったが、彼女は名前も告げずに姿を消し、さらに彼女の“守護者”と名乗る黒衣の男が不吉な警告を残す。彼女が落としたミニアチュールのみを手がかりに、“幻の女”を探し求めてきた大尉は、やがて奇怪な事態に巻き込まれ……。
 カーのラジオドラマの中で(おそらく)最長の作品であるとともに、歴史ミステリの初期作品としても意義深い一篇。“幻の女”が姿を消す必然性もしっかりしている上に、事件の謎解きも面白いものになっています。各エピソード最後の“ヒキ”も見事。
2006.12.30読了

その他短編

ネタバレ感想 ネタバレ感想はまとめて伏せ字にしてあります。作品ごとに範囲指定してお読み下さい。
「ダイヤモンドのペンタクル」 The Diamond Pentacle
  (菊地よしみ訳 ハヤカワミステリマガジン1993年5月号(No.445) 掲載)
 シーラは落ち着かない気分を味わっていた。恋人のディックが、伯父が伯母に与えたお気に入りの宝石“ダイヤモンドのペンタクル”を盗み出してみせると宣言したのだ。宝石は寝室の壁の金庫に納められていた。シーラは寝室に鍵を掛けて閉じこもったのだが……。
 ディックが持ち出した奇妙な賭け。そして密室からの宝石の消失。ユニークな謎と鮮やかな解決が印象的な、よくできた作品です。

「ささやく影」 He Who Whispers
  (森 英俊訳 ロバート・エイディー+森 英俊 編『これが密室だ!』新樹社 収録)
 ヴィクトリア朝のロンドン。セントポール寺院を訪れた若者は、〈ささやきの回廊〉で、何者かが彼を殺すとささやくのを耳にした。だが、近くにいるはずの声の主は見当たらないのだ。やがて宣言通り、若者は不可思議な方法で命を狙われた……。
 ラジオドラマです。上記の紹介でおわかりのように「奇蹟を解く男」『パリから来た紳士』収録)と同じような状況ですが、ラストが大きく違っています。この壮絶なラストは一読に値するでしょう。

「死体盗人」 The Body Snatchers
  (白須清美訳 森 英俊・山口雅也編『名探偵の世紀』原書房 収録)
 医学研究のための死体解剖が制限されていた十九世紀の英国では、死体の不足を補うため、必然的に死体盗人が横行することとなった――墓を荒らそうとしてしくじった死体盗人たちは、生きている若い娘に目をつけた……。
 ラジオドラマです。謎解きではありませんが、サスペンスとしてはなかなかよくできています。ロマンスを絡めてあるのもカーらしいところです。背景などの説明が多すぎるところがやや難点でしょうか。

「見知らぬ部屋の犯罪」 The Crime in Nobody's Room
  (宇野利泰訳 江戸川乱歩編『世界短編傑作集5』創元推理文庫 収録)
 酔ってアパートに帰ってきた男が入り込んだのは見知らぬ部屋だった。そこで死体を発見した彼は、何者かに頭を殴られてしまう。やがて意識を取り戻した彼はアパート内を捜索するが、問題の部屋はどこにもなかったのだ……。
 原書では『不可能犯罪捜査課』に収録されている、マーチ大佐の登場する短編です。奇妙な状況がなかなかよくできています。手がかりがややあからさますぎるでしょうか。

「骨董商ミスター・マーカム」 Mr. Markham, Antique Dealer
  (厚木 淳訳 エラリー・クイーン編『完全犯罪大百科 上』創元推理文庫104-28 収録)
 骨董商を営む裏でゆすりをはたらいていたミスター・マーカムは、逆上したゆすりの被害者に射殺されてしまった。だが、“殺されても一時間以内に幽霊になって戻ってくる”と語っていた彼は……。
 ラジオドラマです。ゆすりに耐えかねた被害者の逆襲というところまではありがちですが、そこからの思わぬ展開が秀逸です。そして、ラストの奇妙な味が何ともいえません。

「パラドール・チェンバーの怪事件」 The Adventure of the Paradol Chamber
  (深町眞理子訳 エラリー・クイーン編『ミニ・ミステリ傑作選』創元推理文庫104-24 収録)
 外務大臣はズボンを奪われて倒れていた。そしてホームズのもとを訪れた娘は、バッキンガム宮殿の窓から降ってきたというズボンを手にしていた……。
 「コンク・シングルトン卿文書事件」『黒い塔の恐怖』収録)と同じく、アメリカ推理作家協会の年次総会(1949年)で上演されたシャーロック・ホームズ・パロディです。あまりにも不可解な冒頭が印象的です。ラストはダジャレオチ。

「灰ほどの手がかり」 Ashes of Clues
  (加賀山卓朗訳  ハヤカワミステリマガジン2014年9月号(No.703) 掲載)
 物まねを得意とする俳優ソーンダーズは、旧知の男を楽屋に呼び出して射殺した後、相手の男に変装して死体を隠した。これで、“俳優ソーンダースが事件にき込まれて行方不明”という状況が作り出されたのだが……。
 『三つの棺』〔新訳版〕の刊行に合わせた特集「カーと密室」の目玉、カーが十七歳で発表したという本邦初訳の短編。犯人が最初から明かされている倒叙ミステリ風の作品で、“どのように解明されるのか”が後のある作品に通じるものになっているのが見どころです。


殺意の海辺 Crime on the Coast & No Flowers by Request 

ネタバレ感想 1984年発表 (宇野利泰訳 ハヤカワ文庫HM113-1)
[ハヤカワ文庫版『殺意の海辺』(北見隆)]

[紹介と感想]
 複数の作家によるリレー小説「殺意の海辺」・「弔花はご辞退」を収録。「殺意の海辺」冒頭の二章をカーが担当しています。
 どちらかといえば、「弔花はご辞退」の方がよくまとまっています。

「殺意の海辺」 Crime on the Coast
(ジョン・ディクスン・カー,ヴァレリー・ホワイト,ローレンス・メイネル,ジョーン・フレミング,マイクル・クローニン,エリザベス・フェラーズ)
 見ず知らずの若い美女が、突然駆け寄ってきてささやいた。「お願いよ! 生きるか死ぬかの問題なの!」――こうして、推理作家のフィル・コートニーは、海辺の保養地でニータ・ロスと出会った。そして二人は、見世物小屋の〈幽霊水車場〉へと入っていくが……。
 序盤はカーの短編「死を賭けるか?」『黒い塔の恐怖』収録)の冒頭によく似た状況ですが、怪しげな人物が次々と登場し、さらに主人公のコートニーもあちらこちらへ振り回されるなど、ゴタゴタした印象を受けます。最後はフェラーズが何とかまとめていますが、物語が序盤とかなり違ってしまっているのがやや残念です。

「弔花はご辞退」 No Flowers by Request
(ドロシイ・L・セイヤーズ,E・C・R・ロラック,グラディス・ミッチェル,アントニー・ギルバート,クリスチアナ・ブランド)
 夫を亡くしたマートン夫人は、家政婦兼料理人としてカリングフォード家で働くことになった。だが、病床のカリングフォード夫人、美しい姪、片足が不自由な甥らが暮らす家庭の中で、次第に緊張感が高まってゆき、そしてついにある夜、カリングフォード夫人が命を落としてしまった……。
 事前に打ち合わせが行われたのか、比較的よくまとまっています。終盤のサスペンスもなかなかのものです。
2000.06.06読了