私的「密室講義」

2002.03.25 by SAKATAM

ご注意!

このページでは、ミステリの密室トリックについて多少の説明をしています。
具体的な作品名は伏せてありますが、くれぐれもご注意下さい。

はじめに

  本格ミステリに登場する数々の謎の中で、その不可能性の高さゆえに最も読者を魅了し続けてきたともいえる密室殺人。そのパターンを分類し、分析した最も有名な例は、J.D.カー『三つの棺』第17章の“密室講義”でしょう。後にC.ロースン『帽子から飛び出した死』にも引用されたこの“密室講義”は、いわゆる密室殺人を以下のように分類したものです。

(a) 犯人は部屋に入らなかった
1.殺人のように見える偶然の死
2.遠隔操作による殺人
3.機械仕掛けによる殺人
4.殺人のように見える自殺
5.殺害時刻を実際より後に見せかける
6.室外にいる人物による殺人
7.殺害時刻を実際より前に見せかける

(b) 犯人は部屋から脱出した
具体的な例は省略

(c) 犯人は部屋から脱出していない
(C.ロースンが追加したもの)

 上記のカーの分類((a)及び(b))は犯人の位置という観点で分類されたものですが、見方を変えれば経路に対するトリック((b))とそれ以外(手段などに対するトリック;(a))にわかれているともいえます。つまり、(a)の場合と(b)の場合では、トリックの種類と対象が大きく違ってくるのです。その意味で、カーの分類は非常によくできているといえるでしょう。

 しかしながら、違った観点からも分類してみたくなるのも人情です。そこで、以下の項では密室殺人を自分なりに分類してみました。



分類と分析

 まず、人と凶器の出入りの有無で大きく三つにわけてから、密室の状況などに応じてさらに細かく分類しました。もちろん実際には、複数のパターンが複合されたものや、どれにも当てはまらない特殊な例も考えられると思います。

1.人の出入りも凶器の出入りもない
 出入りがないわけですから、密室自体にはトリックが仕掛けられておらず、基本的には特殊な(犯行)手段が用いられるものです。この場合、謎が解かれる(ただ一つの真相に決定される)ためには、絶対に人や凶器が出入りできなかった(経路の閉鎖ないしそれに準じた状態)ということが立証される必要があるでしょう。

1-1.侵入なし
 犯人及び凶器が外部から内部へ侵入することなく犯行が行われるものです。特殊な犯行手段が使用されることになりますが、それを隠蔽するために犯人が内部にいたと偽装されることが多いようです。内部に犯行手段の痕跡が残ることもあり、それをごまかす機会が必要になるかもしれません。

1-2.脱出なし
 犯人及び凶器が外部へ脱出しないにもかかわらず、一見“消失”したように見える場合です。ただし、犯人が内部に隠れていて後で脱出するというトリックは、後述の3-2-1.に分類した方が適切であるように思います。したがって、基本的には凶器の“消失”によって、内部の人間には犯行が不可能だった(自殺(他殺に偽装)であれ他殺(犯人が内部にとどまっている)であれ)というトリックになるでしょう。1-1.と同じく内部に痕跡が残ることがあります。


2.凶器の出入りがある
 人間は出入りできないものの、凶器が出入りできる経路がある場合です。使用されるトリックは、主に手段経路の二通りがあります。すなわち、1.と同様に犯行手段(または凶器の移動手段)を偽装するものと、後述の3-2-2.と同様に犯行後に経路を閉鎖する(あるいは閉鎖されているように偽装する)ものです。もちろん、両者が組み合わされる例もあります。

2-1.凶器の侵入
 外部からの犯行であるにもかかわらず、内部で犯行が行われたと見せかけるため、遠距離では使えない凶器(ナイフなど)が採用されることが多いでしょう。拳銃などのように遠距離からでも使用できる凶器の場合には、基本的には犯行後に凶器を内部へ移動させ、さらに経路を閉鎖する必要があります。ただ、例外的に経路の閉鎖などを行わず、近距離からの犯行と偽装されることもあります。

2-2.凶器の脱出
 1-2.と同様、内部の人間には犯行が不可能だったと見せかけるものです。トリックは2-1.に準じますが、密室のすぐ外に凶器が落ちていては疑惑を招いてしまうので、室外に持ち出された後の凶器の処理が特に重要になります。


3.人の出入りがある
 犯人、被害者、あるいは死体など、人間の出入りがある場合です。基本的には出入り口(経路)に何らかのトリックが仕掛けられることになります。

3-1.出入り口が閉鎖されていない
 出入り口の通過が不可能だと考えられるものの、閉鎖(施錠)されてはいない場合です。わざわざ不完全な密室が採用されているのですから、この部分に何らかのトリックが仕掛けられている可能性が高いと考えられます。

3-1-1.閉鎖されているように偽装
 一見閉鎖されているように見えて、実は閉鎖されていなかったという場合です。当然ながら、最初に室内に侵入した人物が最も怪しいということになります。

3-1-2.監視
 監視のみで閉鎖されていない出入り口がある場合には、監視者の見落とし(監視の死角の存在など)・錯誤(人物や時間などの錯誤)・偽証(監視者自身が犯人あるいは共犯者)の可能性があります。

3-1-3.その他
 監視もなく閉鎖されてもいないにもかかわらず、人の出入りが不可能だと考えられる場合です。典型的には、通常の状態では出入り不可能に見えるものの、特殊な条件または道具により出入り可能となるものが挙げられるでしょう。あるいは、3-1-2.と組み合わせることで、その出入り口を通らなかった(別の出入り口を通った)ように見える例もあります。

3-2.出入り口が閉鎖されている
 発見時には閉鎖されている出入り口を人が通過した(する)場合です。人の出入りと閉鎖/開放との前後関係によって、二つにわけることができます。

3-2-1.開放→人の出入り
 密室が発見され、開放された後に犯人が侵入もしくは脱出するという心理的なトリックです。

3-2-1-1.開放された後に犯人が侵入
 密室が開放された後に侵入した犯人が犯行に及ぶ(いわゆる“早業殺人”が典型)場合です。
 いかにして被害者が密室の中ですでに死んでいたと見せかけるかがポイントになります。

3-2-1-2.開放された後に犯人が脱出
 犯人が犯行後に密室内にとどまり、密室が開放された後に脱出する場合です。
 密室内にとどまった犯人が、発見されないように身を隠す手段がトリックのポイントになります。

3-2-2.人の出入り→閉鎖
 人の出入りが完了してから出入り口が閉鎖されるものです。

3-2-2-1.犯人が外部から閉鎖
 この場合、鍵を使用するか否かで二つにわけるべきでしょう。なぜなら、使われるトリックの性質が違ってくるからです。

3-2-2-1-1.鍵を使用
 普通に鍵をかけて閉鎖しながら、それが不可能だったように見せかけるものです。つまり、閉鎖する方法にはトリックはなく、鍵自体にトリックが仕掛けられるわけで、主な例としてはすり替えや密室内部への移動が挙げられるでしょう。具体的なやり方は2-1.3-2-1.などに準じます。

3-2-2-1-2.鍵を使用しない
 鍵を使わずに外部から出入り口を閉鎖するもので、もちろん閉鎖する方法自体がポイントになります。1.と同様に何らかの痕跡が残るか、あるいは2.と同様に小さな経路(後に閉鎖されたものも含めて)が存在する可能性が高いでしょう。

3-2-2-2.被害者が内部から閉鎖
 犯人の仕掛けたトリックではなく、叙述トリックのように作者によるトリックであるともいえます(被害者によるトリックという例もありますが)。当然ながら、被害者が即死の場合にはあり得ません。

 以上の分類では、密室の状況なども考慮しているため、謎の解明に多少は役立てることができるかもしれません。が、実際に役に立つかどうかは保証の限りではありません。いずれにしても、何らかの形でお楽しみいただければ幸いです。


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