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最終更新日03/12/25

コラム

コラム151

対人関係の果てに

 この頃と言うよりもいつもですね(笑)他人との交流関係で悩む事が多くあると言って来ましたが、本当に悩みのネタに付きませんが、この頃、交流関係がかなり落ち着いてきたのであんまり無くなって来ましたが昔は酷かったです(苦笑)

他人の事に何で「ここまで干渉して悩むのか?」僕自身も「よく分からない」と言うしかないのですが、他人の心に入り込む、他人の考えと同調してしまい悩む・・・・こう文章で書くと僕の行動も一種のアホな気もしますが、何でこんな行動をしているのか・・・・・偶に悩んだりします、その繰り返しですけどね。

今迄のコラムを読んだ方なら分かると思いますが、人に接している最大の理由は「孤独が嫌だから」と「誰かに自分を認めてもらいたい」言う思いに繋がるのですが、それだけで解決できない事が度々あります。
それは多くの人に干渉する理由が見つからないからです。
僕自身、周りに特定の友人知人が居るのにも関わらず新たに『広く深く』と言う行動を取っていると自分で分かるからです。
もし他人へ『広く浅く』ならば、こんなに悩み事に首を突っ込んだりはしたりしないからです。

人と接する事で多くの経験を得る事は大きな財産である事は充分分かっていますが・・・他人の事に首を突っ込んで自ら傷付く事が多いと言うのは稀な話しだと思います。
それは、ただの知り合いなどの距離ならば何も他人事で片付くのですが、距離が近くなりその人らの存在が大きくなれば干渉した時に僕自身が受ける影響も比例して多くなります。

ですから、普通は人に干渉する事をあまりしません・・・・・・。
それを知っていながら僕は人に干渉して自ら傷ついたり悩んだりしました。それの繰り返しの中で僅かな他人への期待を捨てきれずに持っているのが原因でしょうね。
もちろん、お互いにいい距離で仲良くしている人もそれなりに居ますけど・・・・。

他人が僕を「いい人」と言ったりしても、そんな訳じゃない理由を僕自身が一番知っています・・・・・ただ、自分の理想と現実(他人受け止め方)の大きなギャップが辛い時があります。
自分が思っている自分で他人は見ていない(良くも悪くも)、上辺の情報を元に判断して決めてしまっている事をよく感じるからです。

先日、会社の友人と話をしていた時、私の事を職場の人は「よく分からない人だ」と見られている事を言っていました。
私自身が職場では本音をあまり話さない、上辺の接し方に徹しているので「プライベートなどがまったく分からない」どう考えているか見えない事からの言葉らしいのですが、私自身が本音で話す人を選んでいる行動の結果に過ぎませんね。
人によっては私が怒るイメージが無いと思っているようですし・・・・そんな分けないでしょう(笑)
私が本音で話すと言う人は職場では殆ど居らず、プライベートの友人に限られる接し方をしています。
それが一番楽でめんどくさく無い接し方だと長年の経験で判断した為ですね。
自分が人に干渉する事自体が減ってきています。

人を知れば知るほど不透明感が増す所為かも知れませんが、今、交流がある人の輪は大切にしたいと思っていますが、その接する距離はその時その時で考えながら常識範囲で接していかないといけないかも知れませんね。

結局のところ、人にどう見られようと自分は自分なので、他人の中で自分らしく居られる事が一番大切なことなんだと思っています。
対人関係で疲れ果てている自分が居るとすれば、それはやっぱり無理している自分がいると言う事ですね。
程よく付き合っていくのが一番良いのは分かりきっているのですが、それが出来ない自分が居る事があるのは否定できない現実です。まぁ〜その時その時色んな事が有ってその都度考えていくのは分かりきっている事なんですけどね。

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