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    1.ファイラン浮遊都市    
       
(8)

  

 肩を落としたハルヴァイトの、顔に当てられていた手が力なく垂らされた。

「でも、ミナミは居なかった。逃げ出したのだと聞いた…。わたしは間に合わなかったんだ。間に合ってさえいれば、わたしは…、四年半もミナミをひとりにせずに済んだはずだし、探し続けなくてもよかったのに…」

 何もかも噛み合わない。

「だから、ドレイク…。わたしの邪魔をしないでくれ…」

 ハルヴァイトが呟きながら顔を上げる。途端、全ての荷電粒子が、爆散した。

「ミナミを…傷つけないで欲しい…」

 しかし…。

「でないとわたしは、例えあなたでさえも、生かしておけそうにない」

 消えたはずの荷電粒子が帯状に出現し、ハルヴァイトの全身を囲んで回転し始める。それと同時に足下には、彼を中心とした三重構造の円が描き出され、内部にぎっしりと記された文字列は猛烈な勢いで明滅している。

 ドレイクは、今度こそ本気で悲鳴を上げた。

「ハルヴァイト! てめー、ここにディアボロを出すつもりかっ!」

   

 なぜそのひとは、そんなに怒っているのだろう。

 なぜそのひとは、そんなに哀しんでいるのだろう。

 なぜそのひとは、そんなに………か弱く見えるのだろう…。

   

 瞬きもせず身体を丸めてじっとハルヴァイトを観察していたミナミは、操り人形のように彼の告白した言葉を必死に反芻していた。

 ハルヴァイトはミナミの過去を知っている。しかしミナミはそれを知られているなどと、今まで一度も疑った試しはなかった。確かに、奇妙な条件をなんの疑いも抱かずに快諾したハルヴァイトを怪しい軍人だとは思っていたが、ここまで壊れた執着ぶりを見せられるとは予想外だった。

   

 あの時もしも…。あの頃にこのひとがいれば。

 あの時もしも…。逃げ出す前にこのひとに出逢っていれば。

   

「俺もアンタも…、傷つかないで済んだのかよ…」

  

   
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