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 全ての浮遊都市を護る全ての天使と悪魔。どうぞ、全てを知っていながらこの哀劇を停められないぼくを、許して下さい。

   
         
(1) レジーナ・イエイガー

  

 登城するなり執務室に軟禁されたアリス・ナヴィは、その後、連行されているような物々しさで送り届けられたアン・ルー・ダイと、恐縮しながらしきりに謝る警備兵に目いっぱい悪態を吐いているデリラ・コルソンを迎えた所で、見張りの気配を探り、声を潜め、執務室の応接セットに飛び込んで彼らと額を突き合わせた。

「今度はなんなの?」

「さっぱり判りませんよ。…だって…僕らの「準拘束命令」って、ミナミさんの名前で出てるんですよね?」

「らしいねぇ…。ダンナと大将がまだ来てねぇてのは、なんつうか…極めて怪しくねぇかね」

「君たちの所に来たのは、一般警備部の兵士よね?」

「そうです」

「そうスね」

「でも、命令はミナミ…つまり、特務室から出てるのよ? どうして…連行が衛視じゃないの?」

「そりゃ、ひめ。………衛視が手一杯だったからじゃねぇかね」

 という事は。

 と三人は顔を見合わせ、同じ感想をそれぞれの言葉で頭に思い描いた。

 ドレイク・ミラキとハルヴァイト・ガリューも、ミナミ・アイリーの名前で拘束されているのだ。それで、あからさまに「危険人物」と判断された前述のふたりのところに衛視が向かい、詳しい拘束理由も話されないで目を白黒させるしかない「こっち」には警備兵が回されたのだろう。

「第七小隊丸ごと拘束するなんて、ミナミは…何をするつもりなの?」

「…第七小隊だけじゃねぇよ、ひめ…。今朝、おれが自宅を出る時にね、スゥが電信を入れて来て、理由は言えねぇけど執務室から出ないように言い渡された、監視付きで…。って事を言ってんスがね」

「じゃぁもしかして、ミナミさんは、第七小隊の関係者を全部拘束させてるって事? デリ…」

「そういう事だね」

 かなり渋い顔で腕を組んだデリラが短い息を吐き、アリスは、不安げなアン少年の肩をぎゅっと抱き締めた。

 良くない予感がする。何か。電脳魔導師隊執務棟そのものに、奇妙なプレッシャーさえ感じる。そういえば、今朝は妙に城内が静かではなかったか? いつもは登城途中に見かける衛視の姿が少なくはなかったか? 疑え出せば全てに於いてキリがなく、胸の辺りがざわつくから、誰かに…、誰でもいいから、この正体の判らない不安をどうにかして欲しい。

「…………ローエンスおじさまかグランおじさまなら、何か知ってるかも」

 アリスがデリラとアンに精一杯気丈に微笑んで見せてソファから立ち上がり、自分のデスクに移ろうとする。途中、見張りらしい警備兵が何か言いかけたが、亜麻色の瞳でひと睨みしてやると、なぜか彼は慌ててアリスから視線を逃がした。

 大隊長執務室を呼び出すと、予想通り、秘書のアクレイス・ヘッカーがモニターに現れた。

「第七小隊のアリス・ナヴィです。私用で、グランおじさまに…」

「申し訳ありません…アリスさん。大隊長は現在特務室からの極秘任務中で、お取り次ぎ出来ません」

 アクレイス秘書官は申し訳なさそうにそう言ってから、こっそりと左右を見回し、小声でこう付け足した。

「ここにも衛視が詰めています。エスト卿もガン卿と同行していますので、連絡は取れないでしょう。アリスさん、どうぞ、何もせず、大人しく執務室に居てください、とガン卿から仰せつかっているのですが…何か、あったんですか?」

「あたしもそれを訊きたかったのよ、グランおじさまに。ねぇ、アクス? 今、他の小隊はどうなってるの?」

「…第九小隊は実質執務室に軟禁状態。第六小隊も執務室待機で、他はシフト通りですが…、現在登城中の他の電脳魔導師は、拘置棟の警戒を言い渡されています」

「? 拘置棟?」

「…ガリュー小隊長が、拘置棟内の防電施設に連行されて拘置されました。つい今しがたです」

「ハルが?!」

 思わず声を上げたアリスを、デリラとアンが振り返った。

「ちょっと待ってよ、それ、なんの冗談!」

「冗談ではありません。アイリー次長の名前で容疑者の拘束命令を実行した、と衛視の方が…」

 亜麻色の大きな瞳をますます見開いたアリスが、呆然とアクレイスを見つめる。

「……………どうなってるのよ、もう!」

「その質問には、ドレイクが来たらぼくが答えるよ、アリス」

 今にもテーブルを握り拳で叩き壊しかねない顔つきのアリスを更に驚かせたのは、その、懐かしくも穏やかな声だった。

「レジー!」

 いつの間に来ていたのか、レジーナ・イエイガーは漆黒の衛視服を見事に着こなし、まるで昨日も今日も明日も完璧に「衛視」であるかのようないでたちで、ドアの前に佇んでいる。

「いつ…いいえ、どうして?! 戻ってるならそう言ってくれれば…」

 レジーナを知らないデリラとアンはしかし、不思議そうな顔どころか、佇むレジーナに駆け寄ったアリスに視線さえ向けなかった。それでレジーナは、この第七小隊という場所がいかにして今まで「秘匿義務」を遂行していたのか一瞬で知る。

 問わない。感心も示さない。それは本当に感心がないのではなく、そうする事で秘密を「最初からなかったもの」にするのだ。

「………ぼくが戻って来たのは、ミナミくんのためだよ、アリス。彼に敬意を表し、この先一生会う事もないと思っていたクラバインのところに行った。だから君も、君たちも、彼のしようとしている事を邪魔してはだめだ」

「ほう。久しぶりに顔見たと思ったら、いきなり興味深ぇ事言いやがんな、レジー。で? なんでヒュー・スレイサーがこんな仏頂面で朝の挨拶に来てくれたのか、俺にも教えろよ」

 レジーナに促がされたアリスがソファに戻った途端、開け放したままのドアに濃紺のマントがゆらりと現われた。その、まるで衛視を従えた王者のように険しい顔付きでレジーナを睨むドレイク・ミラキに会釈してから彼は、ヒュー・スレイサーだけ残り他の衛視には下がるようにと指示した。

「座れ、ドレイク。ぼくは…………何も隠さないから。そして、この顛末を見届ける権利が君たちにはある、とミナミくんは言った」

「ミナミはどこに行った?」

「それは、まだ言えない」

「じゃぁ、ハルは!」

「ハルヴァイトは、拘置施設の特別防電室に収容された」

「だから、なんでだよ!」

 座れと言われても、ドレイクは座るどころかドアの前から動こうとさえしない。彼の背後に立つヒューにはドレイクを無理矢理室内に連れ込む事も出来ただろうが、彼はそれを、しなかった。

「ミナミくんがこのファイランを、助けるためにだ」

 言って、レジーナは執務室に置かれている大きなモニターのスイッチを入れ、チャンネルを王城内専用の議会中継に合わせた。

「…君たちは、どうして自分がこの狭い閉鎖空間に生を受けたか、なんて、考えた事ある? 残念だけどぼくはない。自分の事で手一杯なんだ、ある訳がない。でももしもその理由が突然目の前にぶら下がったら、どうする? 自分の事で手一杯だからと正直に言い、見なかった事にする? それでもいいと思う。ぼくはその臆病を歓迎する。でも…ミナミくんはそれを良しとしなかった。彼は………………ガリューの護ろうとしているファイランを、愛してると言ったよ。だからお前たちは、何があっても堪えなければだめなんだ。例えお前たちがこのファイランを憎んでも、ミナミくんは、ずっと愛し続けるだろうからね」

 モニターに、ざわめく議会議事堂の様子が映し出される。

 それを呆然と見つめるドレイクたちを睨むようにして、玉座から立ち上がったウォラート・ウィルステイン・ファイランW世が、冷え切った声でこう宣言した。

「今から、前・王下特務衛視団衛視長アドオル・ウインが、任期中に行った犯罪行為の告発を行う。容疑は殺人教唆。被害者は、当時、アドオル・ウインの関係していたとおぼしき違法な地下売春組織で取引きされていた、と自ら証言した、ミナミ・アイリーであり、本日、ミナミ・アイリーは臨時議会に於いて当時の模様を証言すると誓約している。この件について、わたし、ウォラート・ウィルステイン・ファイランW世は厳正な証拠の調査確認により、臨時議会を招集した。本日の臨時議会開催は、わたしの命令である。よって、議員の退場は、わたしへの不実と見て即刻拘束するものである」

  

   
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