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 我らの護るファイランは平和でなければならない。

 我らこそが最強の警備兵でなければならない。

 よって我々は、自らの意志でこのファイランを護ろうとしなければならない。

 そうだろう? ガリュー。

 しかし私は思う。

 その「意志」は…自分勝手であっても構わないのだ。

 結果として、このファイランを護ろうとするのならば…それで。

 だから、ガリュー。

 お前は自らの意志で行かなければならないのだ。

 ミナミくんは、お前を…待っている。

   
   
(10)グラン・ガン

  

 拘置棟の周辺は、異様に静まり返っていた。

 灰色の愛想ない建物は人工樹木で隠され、窓には鉄格子。厳めしい外見を和ませる緑はしかし、永劫枯れる事もなく、それさえ牢獄のように見える。

「最後の砦という所か?」

「どうかな。…第六小隊の制御系魔導師には、エン・メイスが入れ。ローエンスは私の補佐だ。一般警備部はまだ騒乱の最中なのか、音信不通で状況が把握出来ない。ただ…第七小隊がまだそこに居るとは思えん。ヤツらの姿が見え次第、全魔導師は電脳陣を展開。手加減はするな」

 威厳に満ちた声で命令を下したグランに意見する魔導師はいなかったが、皆一様に何か言いたそうな顔をしている。

 もしかしたら、本当にやるのか? と訊きたかったのかもしれない。

 ドレイクとスーシェ。ふたりは手強く、アンは…正体が知れない。それに臆病風を吹かせた訳ではないだろうが、ここで第七小隊を待ち構える魔導師たちは、正直、迷っていたのだ。

 どうしてここまでしてハルヴァイトを拘置するのか。

 どうしてここまでしてハルヴァイトを逃がそうとするのか。

 しかし、薄笑いのローエンスは、知っている。

 ここまでしなければ、ハルヴァイトは…。

「恋人の「お願い」も振り切れない、臆病なのだ」

 ローエンスの囁きを耳にしたグランが、口元に笑みを刻む。

「まいった。まさかこうも盛大に告白されて、それに答える場を設けてやるのに城中てんやわんやだ」

「楽しそうだぞ、お前」

「お前もな」

 顔も見ずに言い合って、グランとローエンスは拘置棟の入り口を背に立ち塞がった。

「大隊長、第七小隊が監視モニターに引っかかりました。解放通路を抜けて、人工林に入ります」

「うむ。心の準備をしておけ、お前達。今日ばかりは、ミラキもゴッヘルもルーも手加減してはくれないぞ」

 さて、ドレイクとスーシェはいいにしても、アンまでそれほど手強いものか、と不審な顔つきになった魔導師どもを見回して、ローエンスが肩を竦める。

「その顔、ちゃんと憶えておくといい、貴様ら。あのボウヤは三流などではないぞ。何せ、ミラキとガリューがわざとファースト・コンタクトを引延ばして、何やら仕込んでいるらしいからな。ぼうやを見くびると、後で恥をかく」

「そうだ。先日の、我らのようにな」

 うむ。といかにもらしく頷いたグランを、他の魔導師たちが唖然と見つめる。

「というか、やっぱりお前も見くびっていたんじゃないか」

「…いつわたしが、見くびってない、などと言った?」

「言ってない」

「ならばよかろう」

 いかにもくそ真面目な顔つきで言ってみたところで、いい訳あるか、と…誰もグランには突っ込まなかった。

「………………、アイリー次長がいないと、誰もわたしに突っ込んでくれないのか?」

 グランはそう呟いて、さも残念そうにがっくり肩を落した。

       

      

 力技では突破出来ない。というのが、ドレイクの言い分だった。

「判ってるわ。監視機材がないから、空間を利用した魔法の類も使えない」

「ジャマーも装備してねぇですしね」

「…一発で大隊長黙らす手でもありゃぁ、なんとかなんだろうがな」

「魔導機を出してしまうと身動き取れないのが痛いね。ぼくの「スペクター」が移動操作出来れば、十分な戦力になれそうなんだけれど」

「……………」

「「サラマンドラ」が臨界階級第二位だとしてもよ、イルシュの方の経験不足で下位階級にだって勝てるかどうか判らねぇ…。実際うち(魔導師隊)の連中ときたら、制御系と組んでイヤーな攻撃して来んだしな」

 拘置棟に向かって歩きながら、ドレイクが難しい顔で唸る。

 それをじっと見ていたイルシュが、あの、と遠慮がちに声を上げた。

「「サラマンドラ」で強行突破とかは、だめなの?」

「そいつはだめだ。出来れば、これ以上はどこにも被害は出さないで切り抜けてぇ。…散々執務棟のエントランスぶっ壊して来たけどよ、そこは自分の庭って事でカタつくが、ここは城の施設だからな」

「……………………………ドレイク副長」

 白髪を掻き回して溜め息を吐いたドレイクの背中に、それまで黙り込んでいたアンがきっぱりと呼びかけた。それで、どうした? という顔で振り返ったドレイクを見つめ、アンが…こんな事を言い出す。

「大隊長の「ヴリトラ」を、黙らせる方法があります」

「は?」

 唖然としたドレイク。それは大きく出たね、ボウヤ。と言いかけたデリラは、しかし、からかう台詞を飲み込んだ。

 本気の顔つきで、アン少年がにっと笑ったのだ。やけに自信ありげに。

「ぼくは三流じゃありません。ドレイク副長とガリュー小隊長がそう言いました。だからぼくには、絶対出来ます」

「……」

 歩みを止め、じっとアンを見つめる灰色の瞳。

「やります。だからちょっと…手を貸して貰えますか?」

 言って少年は、少しだけ大人びた顔で小首を傾げた。

       

        

「来ました! 第七小隊です!」

 という事務官の声に、距離を取って佇んでいた総勢十名の魔導師が一斉に電脳陣を立ち上げる。平面、立体に関わらずそれらは見事な光の紋様を描き、中空に幾つもの臨界接触陣が……。

「! な……………陣が内部崩壊しています、大隊長! 外周形状を保てません!」

「…いちいち喚くな、そんな事は…判っている」

 一次電脳陣ではなく、魔導機顕現の際出入口になるべき臨界接触陣が正常に描き出されない。通常中心から放射状に外へ向かって派生する陣の外周、外観は一本の細い線にしか見えないプログラムの最終行が、なぜか、まともな信号を受け取らないのだ。

 それに、グランとローエンス以外の魔導師たちは真っ青になって悲鳴を上げた。

 判らないのだ。何が自分に起こっているのか。

 何度チェックしても、その外周を形成する「ありきたりの命令」にエラーはない。なのに、陣は正常に立ち上がらない。立ち上がらないだけだが命令も受諾出来ないから、一次電脳陣は待機するばかりで、エネルギーの供給も開始しない。

 つまり。

 何も起こらない。

「大隊長、黙って俺たちをハルとこ行かせてくんねぇか?」

 そして、現われた第七小隊の誰も、電脳陣を展開していない。

「陛下とアイリー次長の命令は現在も有効だ、ミラキ。いくらお前でも、それは…許可出来ない」

「……俺でもね」

 ドレイクは吐き出すように言って、腕を組んだまま失笑した。

「じゃぁ、しょうがねぇからよ、勝手に通らせて貰うわ」

 気軽に肩を竦めて歩き出そうとしたドレイクを睨み、グランが唸るような声を発する。

「ミラキ、我侭を言うな…」

 未だ魔導師たちの陣は完成していない。それでも果敢になんらかの動きを見せようとした制御系魔導師を鋭く停めたのは、他でもない、アン少年だった。

「エンターしないでください。みなさんの陣は今、非常に不安定な状態で稼動待機しています。これは、エンターを書き込んだ時点で外部に繋いであるプログラムが勝手に陣を完成させ、臨界面で待ち構えている「ダミー」に接続するよう命令を吐く…「変身ワーム」です」

「……待て、アン…。そのワームは誰が操ってる?」

「ぼくです」

 涼しい顔で言うアン。質問した第十小隊の制御系魔導師は、なぜかそれを鼻で笑った。

「嘘を言うなよ。お前、どこに陣を持ってるんだ」

「張ってません。これね、すごく簡単なちっちゃいワームなんですよ。憑依文字列三、プログラム四十五行。プラグインに四十行。ぼくのちゃちなバックボーンでも十分なんです」

 アン少年は、そう言って晴れやかに笑った。

「構造はお教え出来ませんけど、試しに食らってみますか?」

「ああ、いいぞ。お前の嘘をぼくが暴いてやる」

 その、まるでアン少年を舐め切った言い方に、ローエンスがさも不快そうに眉を寄せる。

「マイクス・ダイ卿、これで何が起こっても、誰もルーを責めないから覚悟しておけよ。彼はお前に警告したぞ」

「そいつは助かるな、エスト卿…」

 ローエンスの言葉を受け取って答えたのは、ドレイクだった。

「…………エンター」

 にやにや笑いのマイクスが命令を下した刹那、上空に物凄い勢いで臨界接触陣が描き出され…それが…外周から赤紫色に侵蝕されるなり、捩じれて、刹那で爆裂してしまったのだ。

 驚いたのはマイクスの後ろに控えていた第十小隊の隊員で、何せ、陣が爆裂するのと同時に、いきなりマイクスが前のめりに倒れて動かなくなったのだから。

「ワームの方はアンちゃんの管轄なんだけどよ、ダミーは俺が支度してんだよな。って事ぁよ、つまり、無茶なエンターでおめーらが食らうのは、俺の書いた強制切断プログラムなんだな」

 地面に沈んだマイクスを冷ややかに見下ろし、ドレイクが口の端をつり上げる。

「OK? 今の地位と扱いに満足してのうのうとしてるおめーらより、うちのアンちゃんは見所あんだろ? まさか誰が、他人の臨界面まで使ってワームを有効にしようなんて思う? 普通にプログラムの邪魔する程度なら誰でもやんだろうけどよ、そこでお終いじゃねぇ辺り、おめーらよかアンの方がずっと努力家だぜ」

 かなり乱暴だけどな。という最後の台詞を飲み込んで、ドレイクはグランに視線を戻した。

「だから、そこを空けてくれ大隊長。……あいつは、行かなくちゃなんねぇんだ」

「断る」

「大隊長!」

 それでも首を縦に振らないグランに、ドレイクが苛立った怒声を浴びせる。しかしグランは平然と、倣岸にアン少年を見つめ、頷いて、周囲に展開させていた立体陣を消した。

「ルー。すまないが、その「ワーム」を取り除いてくれないか?

 ローエンス以外の魔導師は、ルーの「ワーム」が消え次第執務室に帰れ。ゴッヘル、ルーの両名には立ち会いを許可するが、手出しは無用だ」

 その宣言に、ドレイクが表情を強張らせて凍り付く。

「? なんだ? ミラキ。当然お前にもそのくらいの覚悟はあったのだろう? ここまで来てまさか、たかが「ワーム」ごときの子供騙しで通して貰おうとは、ムシが良過ぎるぞ」

「つうか、今ので行くとですね、大隊長。大隊長とエスト卿の相手は、俺と…イルシュになんじゃねぇんでしょうか?」

「不満か? 臨界第二位の「サラマンドラ」で」

「……………不満じゃねぇよ、ちくしょう。相手が「ヴリトラ」と「アルバトロス」…だけならな!」

 死ぬぞ、こりゃ…。とドレイクは、既に負ける覚悟でアリスたちを下がらせた。

「失礼だな、ミラキ。お前とガリューほど容赦ない訳ではないぞ、わたしたちは」

「ああ、そうでしょうよ! 魔導機顕現さして、二時間も戦闘続けさせて魔導師がぶっ倒れんの待てるほど、俺たちゃぁ気長じゃねぇしよ!」

「…意地悪中年だわ」

「意地悪中年スね」

「知らなかったのかい? エスト卿は、訓練校で意地悪し過ぎて教官に嫌われてたらしいよ」

「うわー。ぼく、もしかしてとんでもない事しちゃったんでしょうか…」

「…おれ意地悪されるのヤだなぁ…」

 半泣きのイルシュを慰めながら、ドレイクも「同感だよ」と頷いた。

  

   
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