■ 前へ戻る   ■ 次へ進む

      
   
   

ルードリッヒ・エスコー

   
         
全てに愛されている。

  

 一旦特務室に顔を出し、クラバインに今見て来た演習内容を手短に報告する。その時ミナミは、ブルースの一件を「室長」には言わなかった。

 しかし、イルシュがブルースを選択した、と聞いて、クラバインはすぐに表情を曇らせたのだ。それでブルースとヘイゼン、ハルヴァイトの関係は当然知れているのだと察して、「ちょっとごたついたけど、それは、後回し」と言い足す。

「では、その件はミナミさんにお任せしてよろしいので?」

「あのひとの分は俺の管轄。ブルースくんの方は、イルくんと第七小隊の管轄だと思うよ、俺はね」

 だから余計な手出しはしない。

「きっと、スゥさんやタマリが上手くやってくれるはず」

 信ずることは、辞めないけれど。

「新しい第七小隊の砲撃手と事務官も上手く彼らに協力してくれるでしょうし、それはあちらにお任せしましょう。わたしも…余計な事などせずに」

 朗らかに微笑むクラバイン。銀縁眼鏡に七三分け、という地味で目立たない外見ながら、この男も相当食えない人物なのだ。もしかしたら、何か手を打とうとしていたのかもしれない。

「…陛下……」

 ミナミが、執務卓に着いたままのクラバインを見つめ、呟く。

「違うか…。あのさ、クラバインさん。これからもっと色んな事、起こると思うんだよ。でも、ウォルの件優先でやりたいんだけど、…いいかな」

「はい」

「当然、ミラキ卿と陛下にその…俺たちがしようとしてる事バレないようにすんのに、仕事もきっちりこなすつもりではいる」

「はい。…ミナミさんにもご苦労が多いでしょうが、よろしくお願いします」

「気疲れしても、苦労はしないと思ってるけど?」

「? そうですか?」

 微かに口元を綻ばせたミナミにクラバインが首を傾げて見せると、青年は小さく肩を竦め、小さく頷いた。

「前、ギイルに言われた事あんだよ、俺。そん時はあのひと…の事みたいに思ってたけど、そうじゃなくてさ、俺は、今俺がこうしてここに居るのを喜んでくれてるみんなにも、あのひとと同じに…返そうと思う」

 盛大に毛先の跳ね上がった金髪と、静謐なダークブルーの瞳を持つ、ファイランという閉鎖空間を観察する青年は。

「貰ったモンは、返さないとな」

 手に入れたもの。

「みんなに、幸せになって欲しいよ、俺は」

 言って会釈したミナミが、室長室を辞そうとする。

「わたしは、もう十二分に返して貰ったと思っていますよ、ミナミさん」

 その背中に弾けた穏やかな声。ミナミはもう一度軽く頭を下げ、衛視室に続くドアを開けた。

「アイリー次長。班長が会議室でお待ちです」

 ひとり衛視室に残っていた部下が、ミナミの顔を見て微笑む。

「今日の留守番はミルカ? じゃぁ、他は全員調査か」

「貴族院再編のおかげで、極秘の身辺調査業務が増えましたからね。でも、アイリー次長が戻って来られるんですから、誰も文句言いませんよ」

「…みんながあんま真面目に働くとさ、あと二週間の休み終わってやっと出て来た時、俺の仕事が増えてるんだけど?」

「その時は誉めてくださいよ? アイリー次長。いい部下持って幸せだって」

 くすくす肩を震わせる部下に、ミナミがふわりと笑ってみせる。

「もうそう思ってる」

 その笑顔に府抜けた顔で見とれる部下を置き去りに、「じゃね」といつも通りに素っ気無く言い放ち、ミナミは特務室を出た。

 会議室は特務室の真下にあり、細長い廊下を通って非常階段に入り、一階下ってまた細長い廊下を来た分だけ戻らなければならない。今日も三十六連隊は電脳班の引越し作業中らしく、途中、何人もの警備兵とすれ違った。

「ギイル…。家に呼んだ方が早そうだな、マジで」

 ドレイクにバレないように相談事をするのは、正直難しいだろう。彼は殆どハルヴァイトと行動を伴にするし、そうでなくても、やたらどこにでも現れるのだ。

「…他の連絡手段…。ねぇ」

 臨機応変に物事を進めようとするなら、まったく別の場所を押さえるべきかどうか、ミナミは悩んだ。いわゆる外部会議室みたいなものか。

「レジーナさんに頼んでフェロウ邸でも使わせて貰うかな。でも…邪魔したら悪ぃか」

 悩む。

「って、俺だけ悩んでもしょうがねっての」

 突っ込んでみる。

「仕事しろ、俺」

 溜め息も出る…。

 ハルヴァイトはもう、家に着いただろうか。

 短いノック二回で応えも待たずに会議室の扉を開けると、テーブルに付いていたヒューが軽く手を挙げ立ち上がり、彼の正面に座らせられていた真新しい衛視服の青年たちも、素晴らしく統率の取れた動作で立ち上がって…いきなり敬礼した。

「…警備軍から昇格したんだっけか」

 最初から衛視になったミナミには経験ないが、衛視になるには警備軍から近衛兵団に一旦昇格し、それから衛視団。というプロセスを踏まなければならない。しかし今回の増員は突発的だったので、目の前の青年たちはみな直接警備軍から特務室に取り立てられたのだ。実は、衛視に敬礼の義務はなく、まず、陛下は直属の部下である彼らに敬礼される事を嫌ったから、普通こういう場面で出るのは会釈であり、だからミナミは、ちょっと苦笑いを漏らしてしまった。

 特務室の衛視は、王都民を「護らない」。陛下だけを敬い、護り、時には命さえ投げ打っても構わない、という誓約書を取られる。

 だから陛下…ウォルはミナミに言ったのだ。

          

「僕は敬礼されるような人間じゃないよ。極端な話、僕の代わりに死ねるか? なんて言ってる僕が、どうして敬われる?」

        

 だからミナミは思う。

 衛視は、陛下に護られている。

「その敬礼癖、早いトコ抜いた方いいと思う、俺。でねぇと、初対面でいきなり陛下に嫌味言われかねねぇ…」

「誰がだ?」

 ミナミの素っ気無い呟きに、ヒューが笑いながら問い掛けた。

「俺とヒュー」

「だろうな」

 敬礼していた手を所在無さげにうろつかせていた新しい衛視たちが困ったようにヒューを見ると、彼はそれに手を振ってから、「座れ」と短く言い放った。

「手短に行こうか。アイリー次長はお忙しい方だからな」

 ヒューの隣りに並んだミナミの瞳が、並んだ六名の衛視を凝視する。もしかしたら居心地悪いその視線に大半が目線を泳がせたが、ふたりだけ、無言でミナミを見つめ返した青年がいた。

「こちらが特務室第二位のミナミ・アイリー次長だ。室長不在の際には、次長の指示に従うように。

 それから、次長には少々込み入った事情があって、他人と接触出来ない。まぁ、判り易く言うなら、触るな、という事なんだがな」

 淡々としたヒューの口調。しかし一瞬、衛視たちが顔を見合わせる。

 が、ミナミから見て右端に座っていたふたりだけが、まるで平然としていた。

「心因性の極度接触恐怖症とかいうやつ。以前よりはずっとよくなったし、日常生活に…殆ど…支障ねぇから、そんな気ぃ遣って貰う事もないと…思う」

「質問があります」

 ひとりが、凛とした声を上げた。

「接触していけないというのは、例えばぶつかってしまったり、逆に、次長に手を差し伸べたりもしてはいけない、という意味でしょうか?」

 くすんだ緑の、色の薄い瞳がミナミを見つめる。

「出来ればな。多少は俺だって気をつけてるし、今まで特務室内でそういう「事故」にあった試しもねぇし…、って、それはみんなが気ぃ付けてくれてんのか…。とにかく…、少し離れてくれてさえいりゃぁ大丈夫だよ」

 薄笑みで応える、ミナミ。

「判りました」

 ふと、青年が目を眇めた。

「氏名と所属だけ言い終えたら、退室して任務に戻れ。以上だ」

 タイミングよくヒューがそう言い、ミナミの左、ドアに近い方から順番に氏名を述べて、会議室を出て行く。

 そして。

「警護班に配属されました、クインズ・モルノドールです。城門警備部所属の折には、次長のお姿を何度も拝見しました」

「………………………。城門警備部? じゃぁ…」

 そこでミナミは、数日前、久しぶりに登城した時の事を思い出した。

「はい。わたしも…ガラ総司令とガン大隊長に「笑われた」クチです」

 椅子に座ったままのミナミに、クインズが始めて笑いかける。

「…。…あのひと…呼びに行ってくれたよな」

「はい。覚えてらしたんですか」

「今思い出した…」

 ミナミが衛視になってすぐだっただろうか、城門前でちょっとした騒ぎがあって、偶然緊急呼び出しで近くまで来ていたミナミも、その騒ぎ…酔っ払いの喧嘩だったが…の煽りを食ってしまい、なんとか城門に逃げ込んだもののその後一歩も動けない、という状態になった事があった。

 その時、城門警備部の若い兵士がひとり、わざわざ魔導師隊執務室に連絡しハルヴァイトを迎えに行ってくれたのだが、それがこのクインズだったのだ。

「警護班に、陛下の護衛の他にミナミの「護衛」も追加されると聞いて、早速ガラ卿が手を回してくれたんだよ。俺がミナミに同行出来ない時一緒になるのが何も知らない衛視では、逆にガリューの餌食になり兼ねないからな」

 苦笑いのヒューが何を言いたかったのかすぐに判って、ミナミもちょっと口元を歪める。

「ガラ卿に会ったらお礼言っとくべきかな、俺」

「あの時ガリュー小隊長に睨まれただけで衛視に昇格出来たわたしも、アイリー次長と小隊長にお礼を申し上げたい気持ちです」

 とはいえ、警護班の採用試験といったらつまり班長であるヒューとの組み手なのだ。それなりに個人の実力もなければ、警護班には採用されない。

「じゃぁ、これからよろしく、クインズ」

 笑顔で会釈し、退室して行くクインズ。

「さて…。最後になったが」

 完全に会議室のドアが閉まったところで、ヒューは残りのひとりに目配せした。

「ルードリッヒ・エスコー」

 呼ばれて進み出た、くすんだ緑の瞳の青年。

 背はそう高くない。デリラと同じくらいだろうか、中肉中背、標準的成人男子だった。

 やや茶色がかった癖のある金髪に、どこかしら穏やかな印象のある目尻の下がった優しげな表情。鼻が高く、唇は薄く、下手をすると冷たい顔つきに見えなくもないのだが…。

 奇妙に親しげな、笑顔。

「採用試験で唯一俺の身体に「触った」豪腕だぞ、ミナミ」

「…そりゃ大したもんだな」

 色男だが、優男ではないらしい。

「ルードリッヒ・エスコーといいます、…………ミナミさん」

 ミナミはその、懐かしい違和感に首を傾げ、まっすぐルードリッヒを見つめた。

「俺と、知り合い?」

「はい。お噂はかねがね、というところです」

 確か、マーリィと初対面でこんな話をした。スーシェとも。

 なら?

「ルードリ……………」

 誰の関係者? と聞き返そうとして、ミナミははっと気付いた。

「ルード?」

「はい」

「じゃぁ…」

 微かに見開かれたミナミの瞳を見つめ返し、ルードリッヒが頷く。

「ローエンス・エスト・ガンの…隠し子? ってヤツです」

 そう言いながらルードリッヒは、いたずらが成功したときのローエンスそっくりの笑顔で、ぺこりとミナミに会釈して見せた。

        

           

「あまり深刻に受け取られると困るんですが、確かにローエンスは僕の片親で、フラウ…フロイラインが「一般居住区に居る愛人」です。

 しかし、奥様はフラウにも僕にも大変よくしてくださいますし、坊ちゃん方も僕を「兄弟」だと言ってくださいますし、僕らは、誰もが分け隔てなくローエンスに愛されているのですから、噂はどうあれ、僕らは誰もが幸せで、ローエンスを愛しています。

 現に、僕が衛視になると決まったとき、フラウは一等先に…ローエンスよりも先に奥様にご連絡差し上げて、奥様は僕の昇格祝いをお屋敷でしてくださいました。その日運悪く…ミラキ邸に窺っていたローエンスが、それに巻き込まれなくてよかったと胸を撫で下ろしていたらしい事を後からガン卿にお聞きになった奥様は、笑っておいででした」

 無表情に唖然とするミナミに、ルードは事も無げにそんな話をした。

「フラウは目が悪く……、それを、奥様はとても気遣ってくださっています。何度も、お屋敷に上がって一緒に暮らさないかとも仰ってくださいましたが、フラウが、それだけは奥様にも坊ちゃん方にも失礼だから、と断りました。

 それで結局フラウをお屋敷に呼び寄せるのを諦めた奥様が出した条件が、僕の、警備軍入隊だったんです」

 青年の年齢はドレイクやハルヴァイトよりもひとつかふたつ若く、エスト家の長男とは一ヶ月も違わないらしかった。

「僕に警備兵になりなさいと奥様は仰いました。いつか魔導師隊に入るだろうジュリアンが、いつでも僕を呼び寄せられるように努力しておきなさいとも仰いました」

 ジュリアン・エスト・ガンはローエンスの二男で、去年やっと訓練校に入学したばかりのはずだ。

「クラウス坊ちゃんもジュリアン坊ちゃんも、僕も、ローエンスの子供なのだから、ローエンスに顔向け出来ないようになるのだけは許さないと」

 ローエンスの妻は。

「フラウを幸せにするのは、ローエンスではなく僕なんだそうです」

 言ってはにかんだように笑う、ルードリッヒ。

「そして、奥様もーーーーー」

 複雑な家族。上級庭園の本妻は愛人を気遣い、その子にも我が子と同じように接し、愛人は本妻を立てる。

「それで、考えました。どうすればみんなが納得して喜んでくれるのか。とにかく奥様の仰る通り警備軍に入って、努力して、ジュリアン坊ちゃんが来るのを万全の体制で待とうと思ったら、努力し過ぎて衛視に取り立てられてしまったもので、慌てて奥様に謝るハメになりましたが」

 いたずらっこのような笑みに、思わずミナミも笑う。

「ジュリアン坊ちゃんには絶交を言い渡されて、機嫌を取るのが大変でした。勝手に本丸に行くなんてずるいじゃないか、ってね。でも、電脳班があるからジュリィも努力したら本丸に来られるだろうと応えたら、ローエンスが…笑って言いました」

          

「だめだよ、ジュリィ。電脳班になんて行ったら、自分の無能ぶりに死にたくなるだけだな。

 だからね、ジュリィ? クラウス? 君達は、ぼくらの兄弟が衛視になったんだって自慢する程度にしておくべきだ」

        

 ローエンスは、全ての家族を愛している。

「ああ。だから、ヒューか室長を好きになるよりエスト卿の愛人になった方が幸せになれる、になるのか…」

「片付いたクラバインはいいとして、俺の将来が不安だな、その話」

 ミナミの冷静な呟きに、ヒューは盛大な溜め息で応えた。

「と、まぁ。こんな具合で警護班の補充人員はどちらもよく事情をお判りだ。安心したか? ミナミ」

 出歩く機会が増えれば、自ずと警護班からミナミの「警護」に着く衛視とは頻繁に顔を会わせる事になる。ヒューが登城していればいいがそうでない時もあるだろうし、ヒューだって、毎度毎度ミナミに付き合ってばかりもいられないだろう。

「うん。安心した。味方は多いに越した事ねぇしな」

 しかも、ルードリッヒの言った名前に、聞き覚えもある…。

「フラウさん? って…フロイラインさんて、アリスとかミラキ卿とかに躾を教えてたってひと?」

 盲目の男。

「そうです。奥様が、ナヴィ家でアリスお嬢さんの教育係を探していると聞いて、フラウを推してくださったそうです。元々…フラウは…………奥様のお屋敷の使用人でしたから、貴族式の生活にずっと関わってましたし」

 そこだけちょっと言いにくそうなルードの顔を、ミナミは見つめ続ける。

「フラウさんの目って…じゃぁ、先天的に見えない訳じゃねぇんだ」

「…事故、です…。僕が生まれる直前に、事故で怪我を…。それで、失明したんです」

 それは。

「ふうん」

 素っ気無く応えて、ミナミはルードから目を逸らした。

 それ以上訊くべきではないと思った。何があるのかは、知らないが。

「ルードは? ミラキ卿とアリスとは、知り合い?」

「親しく声をかけて頂いてます。最近はみなさんお忙しく、あまりお会いする機会もありませんでしたが」

「……………。あのさ、ルード。

 ルードも知ってる通り、俺はあのひと…の恋人で、あのひとはミラキ卿の弟で、でも実は、本当に弟なのか、判らねぇんだよな」

 そこでミナミは、いきなりそう切り出したのだ。

「? はい?」

 肱掛椅子にゆったりと座ったまま、ミナミは膝の上で組んでいた手を組み替えた。

「俺とあのひとは、それが知りたい」

 本当の事が知りたい。そうでなければならない。

 ミナミが、じっとルードの顔を見つめる。

「ミラキ卿は、それを知りたくない」

 見つめる。探るように。

「フラウさんに、会わせて貰えねぇ? 今すぐじゃないし、もっと先になると思うけど」

 ルードは、仄かな笑顔を消さないままミナミを見つめ返した。

「ミナミさん…。知って失望してしまうくらいなら、知らずに死んで行く方が賢い事もあります」

「ああ。そうだよな」

 その時ミナミは自らの境遇を語らなかった。

「ミナミさんとハルヴァイトさんの知りたい事が、ミラキ卿を失望させる事もあるでしょう」

「ああ」

 その時ルードは自らの境遇を語らなかった。

「我侭です」

「……それは…」

 判っている。とミナミはなぜか、答えられなかった。

「だからなんだ?」

 代わりに、ヒューが答えた。

「本当の事を知るのは我侭か? 知らされないまま知ろうともせず、何も知らず、人を生きるのが最良か?

 ではなぜそこに真相がある?

 お前は、知っていながら欺き通さなければならない人の葛藤など、預かり知らんと言うのか?」

 それは。

「秘密を持ち続けるなんて出来ないんだよ、所詮な。だったら暴いてやって、文句のひとつも言わせておけ」

 望まない答えが出てしまったら、怒りの矛先を向ければいい。

「うちの道場に入門して一番最初聞かされる教えがある。

 善し悪しを見極めよ。半ばを捧げ、半ば自己を鍛練せよ。己も世の理に在る。だ。意味判るか?」

「さっぱ判んねぇ…」

 ミナミと並んだまま横柄に腕を組んだヒューが、にっと口元を歪めてルードを見た。

「いいか悪いかなんか自分で考えろ。半分は他人のため、後の半分は自分のために使え。お前もこの世の「ひとつ」だ。って意味」

「いいのか…そんな教えで」

 思わずミナミが呆気に取られて呟き、ルードも困ったように呻いた。

 乱暴過ぎる。

「よくないのか? 俺は生まれてこの方その教えにしたがってるんだがな」

 なんとなく、ヒュー・スレイサーの人柄が垣間見えた気がする…。

「だから、ミナミとガリューが我侭で何が悪い? という話だ」

 素っ気無く言い足して肩を竦めたヒューが口を閉ざすと、ミナミは少し考えてから、やっとルードリッヒに視線を戻した。

「…確かに俺とあのひとは我侭かもしんねぇけど、俺たちはその結果がミラキ卿にとって最悪だとは思ってねぇし、そういう風にするつもりもねぇよ。

 ただし、ルードが…俺たちは間違ってるから協力しねぇってんなら…」

「協力しないとは言ってません。ただ、それなりの覚悟がミナミさんにあるのか知りたかっただけです」

 ミナミの言葉を遮るように言って、ルードはぺこりと頭を下げた。

「すみません、ミナミさん。僕、自分の納得行かないことには手を貸さない主義なんです」

「………」

 顔を上げたルードの、朗らかな笑み。

「ルードって、エスト卿の息子だったんだよな…」

 食えねぇ。とミナミは、内心小さく嘆息した。

           

   
 ■ 前へ戻る   ■ 次へ進む