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14.機械式曲技団

   
         
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 これはアレか? 突っ込みどこか? と、特務室に入ってすぐの所にあるホワイトボードを無表情に睨み、ミナミは本気で悩んだ。

 ドア右の壁に掲げてあるホワイトボードは三つに区切られており、衛視全員のネームプレートが貼り付けてある。区切りの左から、勤務(在室)、勤務(不在)、休暇で、今日は勤務(在室)の一番てっぺんがクラバインだった。そしてミナミは今、勤務(不在)からクラバインの下に自分の名前を移動しようとして、それ、に気付いたのだ。

 なんとなく素知らぬ振りで他の名前を確認すれば、警護班を示す青い文字の(一般衛視は文字が黒い)ヒューとクインズは勤務(不在)、ルードリッヒは休暇、電脳班はデリラとドレイクを除く三名が在室になっている。

 ちなみに、そのホワイトボードには備考欄があり、警備部隊第三班とギイルが勤務中と書かれていた。

 それもいい。いつもの事だ。これは突っ込みどころではない。

 ではなぜ、ミナミはそんなに…悩んでいるのか?

 デスクに着いて報告書の整理をしている部下たちが、期待に目をきらきらさせてミナミの背中を見つめているからか? それとも、丁度電脳班の執務室から出て来たアン少年が、ボードの前に佇むミナミに真っ青な顔を向け今にも悲鳴を上げそうだからか? はたまた…。

 それでミナミは、いつも通りの無表情を貫き通したままくりっと首だけを回してドアを振り返り、ノブに手をかけて硬直しているヒュー・スレイサーを胡乱に見つめた。

「で? ここには「次の休暇」って書いてあんだけどさ、ヒュー。それって、いつ?」

「………………」

「ああああああああああああああああ」

 ミナミが素っ気無く言った途端に、電脳班執務室のドアにしがみ付いたままのアン少年が、その場に…へなへなと座り込む。

「…だから、休暇…。アンくんのシフト考慮するから、俺に教えねぇ? いつ……アンくんとデートなのか」

「……いや、俺もよく…判らないんだがな…。いつの間に俺が、アン君と…デートの約束なんかしたのか…」

 言ってから困ったように首を傾げたヒュー・スレイサーは、透明なサファイアの瞳を、半泣きで座り込んだままのアン・ルー・ダイ魔導師に向けた。

                

                 

 面白いからそのままに。という上官(ミナミとクラバイン)と部下が止めるのも聞かず、ヒューがかなり乱暴に、ホワイトボードの備考欄に書き込まれた「ヒュー・スレイサー=次回休暇時アン・ルー・ダイ魔導師とデート」、という書き込みを消す。子供じゃないんだからこんないたずらするな、と彼はしきりにぼやいていたが、残念ながら、判明した犯人は今ここにいない…というか、基本的に、衛視でさえなかった。

「見てたなら止めろ、クラバイン!」

「いや…。アンくんに絡んだハチくんの暴挙を止めようとして、無駄に愚痴を零されても困りますので」

「つまり室長は、ヒューを見捨てて保身に回った訳か…」

 判らないでもない、と言うようなミナミの呟きに、クラバイン同様ハチヤの暴挙をわざと見逃した部下たちが無言で頷く。理由はどうあれ、アン絡みでハチヤに声をかけよう物なら、延々と「今日のアンさん」を話し続けられるのだ。ヒューひとりの被害で事態が終結すれば、安いもの。か?

 今回ばかりはアンにも被害が及んだようだが、それについては言及しない。何せ誰もそれが「本当」だとは思っておらず、つまり、ハチヤはなんらかの理由でヒューに報復(?)しただけだ。

「……極秘任務なんであまり余計な事言えなかったんです、ハチくんに…。それで、とりあえず「ヒューさんをデートに誘う」ってぼくが言って、そしたら…」

 すいません。とソファの中で小さくなるアン少年に、意味ありげな薄笑みを向けるミナミ。

「…ミナミ、にやにやするな」

 それを気配だけで察知したヒューが、不機嫌そうに彼を咎めた。

「そこで言い返すのはさ、ヒュー。俺に重大なヒントくれてんのと同じなんだけど?」

「さー、なんの事だかさっぱりだな」

 薄ら寒い朗らかな笑顔でミナミを威嚇してみるヒューだが、ミナミはかのハルヴァイト・ガリューの恋人なのだ。そんな手ぬるい「笑顔」に怯む訳もなく、恐縮するアンを見つめたまま、へー、といつも以上に素っ気無い答えを返す。

「とまぁ、ここでヒューが俺にごめんつうまでギリギリ「寄る」ってのもありなんだけど、それどこじゃねぇか」

「…寄るってなんだ、寄るって」

 真相に肉薄か?

 苦虫を噛み潰したような顔でイレイザーを放り出したヒューから、微かな軋みで開いた電脳班執務室のドアに視線を流すミナミ。そこには、件の恋人が朗らかな笑顔で佇んで…。

「理由は判りませんが、班長がミナミに謝るところは是非わたしも見学させて頂きたいですね」

 ここぞとばかりにヒューをからかったりする。

「…ガリュー!」

 怒鳴り返されて、でもあくまでも朗らかなハルヴァイト。この男の場合、ミナミさえ傍に居れば何を言われても機嫌が傾く事はないのか?

「アンとスレイサー班長のデートについてちょっとお話があるんですが? クラバイン室長」

 それもういいって。と突っ込んだミナミが、ハルヴァイトを…見つめる。

 ダークブルーの双眸で。

 不透明な鉛色を。

 睨む。

「……次長にも立ち会っていただきたいのですが、よろしいでしょうか。事態は、アドオル・ウインに係わりますので、もしもであれば…」

 来るな、と言いたげな、鉛色の瞳。

「…………いいよ、判った。それにさ、それは俺の…果たさなくちゃなんねぇ責任でもある」

 ミナミは、しんと静まり返った室内に、凛とした声を放った。

  

   
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