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14.機械式曲技団

   
         
(2)

  

 これはきっと会議だとか報告だとかいう名前の集まりでなく、ただの確認に過ぎないのだろう、と同席を許されたヒュー・スレイサーは思う。

 特務室の真下に位置する小会議室の、円卓。それを囲むのはハルヴァイト、ドレイクと、クラバイン、ミナミだけであり、ヒューと電脳班の残り三名は、適当な場所に適当にやる気なく控えている。

 だから彼らは口を挟まないのか? といったら、それはない。この状態でもきっと、電脳班の連中は平然と発言するのだ。

 ハルヴァイトの望むように。

 ドレイクの思うように。

 この部下たちは、赤い髪の美女、スラム上がりの砲撃手、三流貴族の三番目魔導師が実は、個々として、下手な衛視よりも優秀で「使える」人材だというのを、ヒューはこの二ヶ月あまりでイヤというほど思い知らされたのだから。

 部屋の中央に置かれた、ドーナツ型の円卓。空いた中心にはガラス球の収まる台座があり、それが、テーブルに埋め込まれている操作盤からの命令で地図や報告書を帯状モニターに投影するのだ。

「どっから説明すりゃいいんだ?」

 などとぶつぶつ言うドレイクの前に置かれた、ジャスミンティ。立ち上る湯気の作る微細な文様に彼が目を眇めて、刹那、誰も動いていないのに、勝手に帯状モニターが起動した。

「つーか、始めからか」

 ドレイクとハルヴァイトは、クラバインとミナミを真正面に据えて、いつもと同じに横柄な態度で腕を組んで座っている。少し黙って聞いていろ、用事が出来たら呼ぶ。などと完全命令口調で言い渡されたヒューは壁際に椅子を移動させ、それに座ってじっと室内を見回していた。

 だから今日は、ミナミの代わりに彼が静謐な観察者。

「詳細は後日改めて報告すっけどよ、とにかく、だ。

 アドオル・ウイン拘束後今まで電脳班(ウチ)が何してたかつうと、ウイン取り調べと平行して、ヤツの資金供給源を探してたんだよ」

「……。活動資金?」

「んー、つかな…」

 何がどう引っかかったのか、ちょっと不思議そうな顔で問いかけたミナミに、わざとのような濁った答えだけを返したドレイクが、そのまま、当惑気味の表情で傍らのハルヴァイトを窺う。

「それも含まれる、という言い方が正しいでしょうね。わたしが部下に「探せ」と命じたのは、アドオル・ウインが隠匿している魔導師を含む、違法精製で生まれた「王都民」を養うために掛かるだろう、少なくない資金の出所です」

 ハルヴァイトは、平然と言った。

 ミナミは、平然とそれを聞いていた。

 そして、今日観察者の役割を仰せつかったヒュー・スレイサーは、口元に薄笑みを零す。

 ハルヴァイトは、「王都民」だと言ったのだ。アドオル・ウインに与(くみ)している「組織」だとかそういった呼び方ではなく、王に庇護されて穏やかに暮らすべき者たちだと。

「……ウイン家の財務諸表提出求めて、金銭の使い道洗った方が早ぇんじゃねぇの?」

「それはとうにやったわ、一番最初にね。でも、ウイン家の財産はアドオルの議会顧問収入と、所有するアパルトメントからの家賃収入、他に、十エリアに持ってるいくつかの施設と画廊の収入だけで、支出もそれらに係わる経費と生活費のみ。家族らしい家族もないし、そこそこ広い屋敷に使用人がふたり、で、意外にも、派手な生活はしてなかった」

 執務室に居てそういった資料を徹底的に洗っていたらしいアリスが、淡々と告げる。

「実際ですね、裏金工作、というのも考えられますので、ウイン邸の財産管理システムのチェックもしてるんですよ。それで結局「ウイン家」の財産の方に不透明な部分は…そうですねー……、怪しいくらいに、ありませんでした」

 こちらは、財産管理システムのチェックを任され慣れない会計管理プラグインに四苦八苦していながら、数日後には「どうぞ手が空いたらウチに助っ人に来てくれ」と資産管理院の統括責任者に言われたアンの目前に半透明の電脳陣が立ち上がると、展開されていた帯状モニターに恐ろしい勢いで数字が流れ始めた。

「本当に一部の不正もなく報告され過ぎてるとは思いますけど、この会計報告。だから余計に怪しい」

 どの年度も、見事なまでに収入と支出の差額が王立銀行の残高と一致している。

「確かに、ここまで明白だと気味が悪いですね…。ふつう、数十から百数十程度の「使途不明金」が出て当たり前なんですから」

 高速で流れる数字を時折停めて眺めていたクラバインが、銀縁眼鏡に反射する文字になんの感慨もない感想を述べる。彼がここであえて「怪しい」ともなんとも言わないのはつまり、電脳班として、結論にはとうに行き付き次の段階に入ってるのだから今更余計な事を言いはしない、というスタイルであり、且つ、電脳班のもっと突っ込んだ調査に満足している証しでもある。

 怪しくないから、で終わっていい種類の調査ではない。怪しくないから余計に怪しい…。アン少年の言った通りに、か。

「直接ウインの懐からでなくてもよ、必ず「どこか」から幾ばくかの金銭ないし対価が「どこか」に供給されてるもんだとこっちでは予測した。当然、ウインの隠匿している王都民全てが特定の施設に匿(かくま)われてるんじゃなく、偽造した市民コードを与えられて一般市民と同じに生活していたとしてもよ、多かれ少なかれ余分な金は掛かんだろう」

「………………」

 ミナミは素っ気無く交わされる会話を聞きながら、じっとテーブルの一点を睨んでいた。

「……割合の問題だと思うんだけどさ…」

 それがふと、呟いて顔を上げる。

「例えばアイツの匿ってる「王都民」が百人いたとしたら、半分は…俺とかイルシュみてぇに、なんつったらいいのかな…無収入で「養われてるだけ」だと思う。そのうちのどれくらいが後天的魔導師なのか俺は知らねぇけど」

 ミナミは言いながらも、ハルヴァイトから目を逸らさなかった。

「……おいそれと大金は動かせねぇ。資産管理院の管理してるのは、貴族だけじゃなくて、一般市民もだから。だったら…「何」を「対価」にするかつったら…」

 重く冷たい空気が会議室を押し潰そうとする、間際、ハルヴァイトだけがいかにも平然と、頷いたのだ。

「そう、あなたです。ミナミ」

 言い難い、ではない。もしかしたら触れてはいけない部分だったのかもしれない。

 しかしハルヴァイトはそれを否定せず、当事者であったミナミは、静かにそれを受け入れる。

 どちらも、恐れていない。

 事実を。

 真実を。

 真相を。

 白日の元に曝される事を。

「単純な話ですよ。「お金」がダメならそれに見合った「対価」を「出資者」に掴ませて、広く薄く正当な寄付ないし代金として金銭を提供してもらう。そのためにもウインは何人もの「王都民」を必要としたし、「王都民」を「作り上げる」ためにまた資金を必要とした」

 珍しくよくしゃべるハルヴァイトの無表情を眺めていたヒューは、残念ながら、ミナミほどいつも冷静(?)というタイプでなかったから、ついつい大袈裟に溜め息を吐き肩を竦めてしまった。

「堂々めぐりだな。その理論? は始まった瞬間から崩壊してる」

「それでもよかったんですよ、ウインは。理論の崩壊なんてどうでもよかった。勝手に作り上げて切り捨てる「ひと」などどうでもよかった。バレて構わなかった。

 何せウインは、死にたいだけだったんですからね」

 極端に感情的でないにせよ、観察者としての役割に徹する事の出来なかったヒューに巻き込まれる形で、ついに、あの真白い荷電粒子が会議室の天井を舐める。

 しかし誰もそれに驚かない。ミナミさえ咎めない。判っている。ハルヴァイトは冷静なのではない。

 どうしようもなく苛々して、どうしようもなく怒り心頭で、つまり、既に脳内でなんらかの処理が…出来ていないのだ。

「まぁ一応よ、結果「それ」に行き付くにしても、他の方法がねぇって決め付ける訳にもいかねぇしな。裏付け取るために0エリアに何度か足運んで、個人の現金資産、王立銀行以外の部分で流通してる現金に絡んだ事件の洗い直しして、逮捕者に面会もした」

 微かな溜め息と一緒にそう吐き出したドレイクが硬い椅子の背凭れに身体を預けると、それまで一言もしゃべらず壁に凭れているだけだったデリラが、細い目をますます眇めて渋い顔つきを作りその後を引き継ぐ。

「正直、予想通りにしても収穫なさ過ぎの、見事な無駄足だったでしょうがね。しかもこっちゃ仕事だと思って黙って聞いてたんスが、どうしてこう、デジタル・マネー偽造しようって連中は、ああ、自分が世界一頭いい、みたいに他人見下して喋んのかおれにゃさっぱり判らなかったっスけど」

 疲れた吐息で愚痴りつつも、デリラが肩で壁を押す。

「簡単な事例としちゃですね、使ったデジタル・マネーの残高を減らないように細工する、ってのと、単純に自分の財布の中身をコピーし続けるってのがあんですが、どっちも、セキュリティーつうよか、資産管理院総合通貨局の月額決済で過剰通貨出ますからね、それで見つかりますね、大抵」

「そうです。デジタル・マネーの合計が通貨局の認可範囲を超えていれば、すぐに不正があったと判ります」

 クラバインがデリラの言葉に頷く。

 しかも、ここは単一の国家なのだ。閉鎖空間なのだ。何から何まで管理しているのだから、巡り巡って尻尾が出てもおかしくない。

 捕まらない方が、おかしいほどに。

「ですが、ガリュー班長。その通貨局にアドオル・ウインの手の者がいれば、話は百八十度変わりますが?」

 肯定しながら、否定する。ヒューはそれに慣れており、電脳班は…。

「通貨局の管理ログは、残っているだけ全部調べさせて貰いましたよ。許可を取るのが面倒だったので、内緒で、ですが」

 無法地帯か?

「つか、言っとけよ。せめて室長にくらい…」

 にこりともせずにそう言い切ったハルヴァイトに、ついにミナミが突っ込んだ。

「どのくらい通貨管理局のガーディアンが信用出来るか試したつもりなんだがなぁ。何年前の誰が仕込んだんだか知らねぇが、ありゃぁそろそろ取っ替えた方いいぜ、クラバイン」

 と、通貨局のホストに侵入した実行犯であろうドレイクがさも面白くなさそうに言い置くと、クラバインは大真面目に頷いた。

「では、手が空いたら是非ミラキ卿にお願いしましょう」

 確かに、彼なら信用出来る…。

 何せ、今あるガーディアンを騙して全てのログを閲覧し、その痕跡も残さず逃げ帰って来たのだろうから。

「通貨局の管理ログに不正操作の実態はありませんでした。ウイン側に電脳魔導師が居るという事で、念のため臨界方式の不正アクセスチェックもしましたが、問題は見つかりませんでしたよ。ですが、だから「対価」が「ひと」であったと性急に答えをだすつもりはありません。それについては、調査継続中です」

 ハルヴァイトがゆったりと椅子に座ったまま身体の前で手を組み、背凭れに沈む。

「ウインが「対価」の一部に「王都民」使用していた可能性は、高い。実際、先日拘留された貴族達は、代金の代わりに寄付名目である場所に送金していたと証言しています。

 今申し上げた通り、ウインの資金調達方法は調査継続ですが、証言の取れているその「ある場所」について、少々…揺さぶりを掛けてみようと思いまして」

 だから。それで。結果?

「その、ある場所って…どこ?」

 テーブルに両肘を付いてじっとハルヴァイトを見つめるミナミが、しんとした室内を突き刺すように呟いた。

「第十エリア。王室の名前を持つ、機械式曲技団(サーカス)です」

 冷ややかな返答にその場の誰もが、ウインはここでも王室の名前を振りかざしていたのか、と…静かに憤った。

  

   
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