■ 前へ戻る   ■ 次へ進む

      
   
   

14.機械式曲技団

   
         
(12)

  

 第七小隊にブルースの居ない事を訝しんでくれたのは、ギイル・キースだけだった。

「…ふーん。やんじゃん、ぼくちゃんも。いいんじゃねぇのぉ、それはそれでさ。馴れ合っておっかなびっくり付き合うモンじゃねぇんでしょ、魔導師つうのは」

 キャリアーの外観はフロート式カーゴと同じなのだが、荷台はコンテナの一部が強化プラスチック張りの司令ブースになっている。

「まー、そりゃぁそうとさ、ぎるちゃん。アタシら結局、何しにリゾートなんか行くワケ? 物々しいつうか、完全武装の…二個連隊九十人と同行させられるなんて、タダ事じゃないじゃん」

 やや沈み気味なイルシュの頭に顎を載せたタマリが、痩せた少年の身体を後からぎゅっと抱き締めて、わざとのように陽気な声でギイルに問いかけ、笑う。記憶されてしまった笑顔。色褪せて行く緑の瞳。それでも尚タマリは「タマリ」であろうとし、ただやかましく、無神経に振る舞い続ける。

 本当は、ブルースにあんな事を言ってしまって後悔も反省もしているイルシュ少年が、いつものように誰かの腕に縋り付かないのを、酷く心配しているのだが…。

「…放してくださいよ、タマリさん」

「いいじゃん、減るモンでなし。タマリさん冷え性でさー、イルちゃん子供だからあったかで、イイカンジなのよね」

 にしししし。

 少女の風貌で、孤独な男が、空っぽに笑う。

「もうちょっとで王城エリア地下も終わっちまうからな、そろそろウチの大将の指令と行くかね」

 ふう、と固い髪を引っ掻き回して強化ガラスの窓に背中を預けたギイルが、淡々と状況を説明し始める。内容は、数日前ハルヴァイトたち電脳班がミナミやクラバインに聞かせた、サーカス・オブ・カイザーハイランとアドオル・ウインの関係、それから、そのサーカスに違法な魔導師たちが隠されている可能性が高い、というものだった。

 アドオルとサーカスの関係、アドオルの隠匿していた魔導師や特定施設とサーカスとの関係が理解出来てしまえば、今日第七小隊が召集された理由も自ずと知れる。ギイルの話を聞きながら俯いてしまったイルシュの不安そうな気配に、タマリは、ちっぽけな少年の身体をか弱い腕で抱き締めていた。

 随分汚れ切った手で悪いけれど、ないよりはマシだろうと思いながら。

「おれの部下はフリーで動けるけどさ、あんま協力して貰えるって期待はしねぇでくれよ? 何せ、ウチに出されてる班長殿からの命令は「臨機応変」でね。つまりウチの部隊は、サーカスの連中に構いっきりって事にもなり兼ねねぇのよ」

 苦い顔つきで溜め息を吐いたギイルの複雑な内情。

「あああ。ハルちゃんの「臨機応変」てのは怖いねぇ」

 それにはさすがのタマリも唸ったし、スーシェもケインもウロスも、出来る事なら溜め息を吐きたいと思った。

 キャリアーの司令室内部を重苦しい困惑が占める。

「…情報、足りな過ぎんじゃないの? もしかし…てっ?」

 タマリが呟いた刹那、ガクン、とキャリアーが停止した。

「? おい、運ちゃん。安全運転で頼むよ」

 運転士室に繋がる小窓をこつこつと握り拳で叩きながら、ギイルがちょっと眉を吊り上げる。いかに他のフローターがいない地下通路といえども、急発進や急停車は危険だ。

『コルソン衛視が乗り込むそうなので、ハッチ解放します』

 おや? と顔を見合わせた第七小隊の面々と、ギイル。追加の指示でもあるのか、それともデリラ本人が電脳班と別行動なのか、と当惑する司令室の外部ハッチが排気音をさせて解放されると、当のデリラが飄々と乗り込んで来た。

「うっす。ご苦労さんだね」

 気安く片手を上げたデリラの背後でハッチが閉じ、キャリアーがまた走り出す。

「先乗りのぼうやから通信受けてね、大将が動き出したよ。で、こっちにも具体的な…つっても指揮官はウチの大将なんだから、大したモンでもないけどね、とにかく、最終指示が出たから、伝達するかね」

 司令室の最後尾、強化ガラスを背にしたデリラがボウズ頭をがりがり掻きながら言い、第七小隊およびギイル部隊長が整列する。普段なら「そんな堅苦しい事なしにしようや」と言い出しそうなデリラだが、今日だけは、クソ真面目な顔で衛視らしく、襟を正して彼らに向き直った。

 だからこれは、重大な任務なのだ。

 陛下直属の特務室が先頭に立って動く、極秘の。

「一般警備部連隊長に繋げ」

 デリラは、普段のやる気ない口調をがらりと変えて言い放った。

「目的地はサーカス・オブ・カイザーハイラン天幕。現在その場所では、リリス・ヘイワードの新作発表イベントが行われている。

 一般警備部第二十一連隊及び第四十四連隊は、イベントに参加している一般市民の安全を最優先。主催者であるハイ・カンパニーの全面協力を得て、主天幕内部に居る市民の誘導を行う。その時、市民に任務の内容を明かしてはならない。また、察知される事も、本日の任務最高指揮官、王下特務衛視団電脳班班長ハルヴァイト・ガリューは望んでいない。あくまでも、我々はイベント主催者の要望によって、混乱を招かず観客を誘導する任務に着いているものとする」

 了解。と二個連隊の代表が答えて、デリラが頷く。

「ギイル・キース以下警備部隊は、市民の避難完了後天幕周辺を完全閉鎖。関係者を拘束し、一箇所に集合させ監視。避難終了までは一般警備部に協力しつつ、サーカス関係者の逃走を妨害」

「了解」

 強化ガラスに背中を付けた気楽な姿勢ながら、デリラは旧知のギイルでさえ驚くほどてきぱきと指示を出した。普段はやる気もないし飄々としているし、というスタイルを貫くデリラだが、あの電脳班でそれなりにやっているのには、ちゃんとした理由があったのだ。

 彼らは、迷わない。ハルヴァイトを疑わない。そして彼らは、自分をも、疑わない。

「電脳魔導師隊第七小隊には、サーカスの全面制圧指示のみが出された。

 件のサーカスには、無許可魔導師が複数隠匿されていと予想されている。主犯であるアドオル・ウインが当方に捕獲されている現在、その存在が明らかにされ始めていると察知しているサーカス側は、抵抗してくるだろう。

 それについて…ね、大将はこんなおっかねぇ事を言ってたよ…」

 デリラが、じっとスーシェの顔を見つめる。

「わたしとドレイクの相手をすると思え」

 呟くような彼のセリフを耳に、誰もがイルシュに視線を向けた。

「そういう事だね…。後天的に能力付加された連中は、魔導師の受ける負荷なんてもん気遣って貰っちゃいねぇんだしね」

 壊れても。

「そゆのさ…ハラ立つよ、アタシは」

 棄てればいい。

 タマリはイルシュの耳元で囁き、少年をぎゅっと抱き締めた。

「これは攻撃でなくてね、救済だそうだよ。大将に言わせたらね。だから第七小隊を選んだっても言ってたしね」

 呟きながら大窓の外に視線を流す、デリラ。薄暗い地下通路の壁面にぽつりぽつりと光る非常灯の赤と緑を見るともなしに見ながら、彼は薄く笑った。

「…だから怪我させんななんて、酷ぇ命令だよね。向こうは、こっち殺す気でいるってのに…」

  

   
 ■ 前へ戻る   ■ 次へ進む