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15.赤イ、毒ニ濡レタ月

   
         
(18)

  

 引き止めて理由を質そうとするギイルをタマリとルードリッヒが振り払い、ミナミが重く閉ざされた主天幕の出入口を跳ね上げ中に転がり込んだ、瞬間、天幕内の全てを焦がすような純白の光が爆散し、誰もが目を閉じて声にならない悲鳴を上げた。

 刹那の騒音。眩い光。

 静寂を砕く、音声では捉えられないその音にぞくりと全身を震わせたミナミは、光に炙られてちらつく両目を細め顔の前に腕を翳しながら、喘ぐように声を張り上げた。

「おいっ!」

 光の中にぼんやりと佇む、幾つかの人影。それが誰なのか判別出来ないまま数歩進んだ所で、ミナミはびくりと足を停めた。

 しん、と静寂が戻る。光も、消える。

 目が慣れて最初に確認出来たのは、先日目にしたよりも荒れ果てた客席と、蒼白になって震えるアリス。その、今にも崩れ落ちそうな彼女の肩を抱き、眉間に深い皺を寄せているのはドレイク。それから、デリラが怒ったような顔で、アンが酷く無表情に見つめているのは、………………。

「………………………」

 瓦礫の山をふわりと包んだ、緋色のマント。

 あのひとは、どこだろう。とミナミは思った。なんだか、背中が寒かった。

 ぎくしゃくと歩みを進めるミナミに気付いたのか、ドレイクがはっと息を飲む。よろけそうなアリスを優しく椅子に座らせ、彼は何か言葉を捜すように口を開いたが、すぐ眉を寄せ、瞼を閉じ、ミナミから目を逸らした。

 あのひとは、どこだろう。

 誰も動かない天幕の静寂を掻き分けて、ミナミはふらふらと進んだ。目指しているのは床に広がった緋色のマント。誰か、人形のような何かが丸盆(ステージ)の上に転がっているような気はしたが、視線を動かし確認する事はしなかった。

 ひしゃげたパイプイスに躓いて、転びそうになる。それでもミナミは緋色のマントから目を逸らさなかった。あのひとはどこだろう。なぜ姿が見えないのだろう。電脳班は全員ここにいるはずなのに。

 恐ろしく時間をかけてそこに辿り付くと、ミナミはがくりと膝を突いてその場に座り込んだ。手足に力が入らない。喉がからからに乾いていて、言葉が出ない。あのひと、どこ行ったんだよ、しょうがねぇな。といつもの調子で言ってやるつもりなのに、なぜなのか、声が………出なかった。

 恐る恐る手を伸ばし、床に広がったマントを指先で引き寄せる、ミナミ。その、頼りなく震える背中を無言で見つめていたドレイクがそっとアリスの傍を離れると、赤い髪の美女は両手で顔を覆い、項垂れて、がたがたと震え出した。

 ミナミが、引き寄せたマントをぎゅっと握り締め、無表情に、胸に掻き抱く。

 その奇妙な行動を後ろから眺めつつ、ドレイクは深く息を吸い込んだ。

「…………ミナミ…」

 どこか空気の抜けたような呟きが背後から聞こえるなり、ミナミは緋色のマントを抱えてドレイクから飛び離れた。青年の、酷く怯えた固い表情に覚えのあるドレイクはそこで足を停め、一定の距離を保ったまま、ゆっくりと首を横に振った。

 ミナミは、緋色のマントを胸に抱き床に座り込んだまま、ダークブルーの双眸を見開いてドレイクを見つめている。緊張し切った顔。恐怖に怯える顔。冷たいくらいに冴えた瞳と、色を無くして小さく震える唇は。

 ドレイクとミナミが出会った最初の日、不注意で青年に触れようとしたドレイクを拒絶した、あの表情だった。

 もう、何もかもおしまいなのかとドレイクは思った。

「落ち着いて聞け、ミナミ。俺の言ってる事が判るな?」

 ミナミは、戸惑うように頷いた。

 瓦礫に埋もれて。

 緋色のマントを掻き抱き。

 それだけに、縋り付き。

「……………ハルは…」

 あのひとは、どこに行った。

 微かにミナミの唇が動く。

「消えた」

         

         

 瞬間、ミナミの中で、何かが途切れた。

           

        

 彼は、彼を、閉じた。

          

            

2004/09/22(2005/02/22) goro →Next to be φlan ]Y 「全ての人よ うらむなかれ」

  

   
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