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16.全ての人よ うらむなかれ

   
         
(10)独白―@

  

 迷惑かけてるつうのは、俺にも…まぁ、判ってる。

 でも、今はどうしても、何の行動も起こす気にはなんねぇ。

 だからって、いつまでもこんな状態でいいなんてさすがに俺だって思ってねぇから、少しだけ、考える時間が欲しい。

 驚かなかったってのは嘘だとしても、正直俺は、周りのみんなが心配してくれてんのよりは冷静に、今の…つまり、あの人が消えたって状況を理解してるし、その事実を事実として受け止められてんじゃねぇかと、思う。

 でも、まだ少し、疲れてる。

 悲しいとか辛いとかそういう感じじゃねぇのには、俺が一番驚いてんのかもしんねぇ。

 だって、さ。

 自分が、今日のあの人と同じくらい唐突にあの人の前から消えようってそう思った時、俺が、俺はここに居るべきじゃないってそう決めて、後に残されるだろう室長とか陛下とかのために、多分あの時俺に出来るたった一つの事だったから、レジーナさんを呼び戻してぇってヒューに無理言った時、あの人の傍から俺の場所がなくなるんだって…そう思っただけで、酷く悲しくて、悲しいってそれが理解出来ないくらいに悲しくて、俺は。

 あの時俺が泣いたのは、俺が可哀想だったからだと、そう思う。

 それなのに、今日の俺は。

 あの人が居ないって思った時は、目の前が真っ暗になったような気がした。

 瞬間で俺の頭に浮かんだのは、過剰エネルギーの逆行よる暴発現象。魔導機稼働中の魔導師が消える理由はそれくれぇしかねぇから、本当に、あの瞬間はそれしか考えられなくて、城に戻っても暫くの間はなんだかぼんやりしてたけど…。

 でも、俺は気付いた。

 そんな、暴発だったらなんでこのマントだけが残ってんだよ。ってさ。

 それから冷静になってみて、もし、あの人クラスの魔導師二人がぶつかって、それで暴発を起こしたら、って仮定したトコで、今度は猛烈に腹が…立って来た。

 俺の拙い知識でも判る。そんな事になったら、あの時天幕にいた人間は誰も助かってないはずだ。魔導師と外界を隔てる電脳陣の役目は、臨界と魔導師を繋ぐだけじゃなくて、万が一暴発現象を起こした時、その余剰エネルギーの無秩序拡散を防止するって役割もある。それを取っ払おうって「直結開門式」プログラムが負ってるリスクってのは、術者だけのモンじゃねぇんだ。

 とか、そういう事をさ、なんだか妙に冷静な頭で考えてるうちに、俺は思った。

 だから、このマントはひとつめの「フラグ」なんじゃないかって。

 だからあの人はこれを残したんじゃないかって。

・・………………。いや。うん、でも…。ドクターを蹴り出したのはマズかったかもとは、思うよ、俺も。

 ようやくそういうモンをさ、ゆっくりなんだけど、俺が俺を哀れんだりしないで済む程度に理解して、ああそうか、ってちょっと落ち着いて、なんか陛下とかミラキ卿とか脅かしちゃったよな、なんて思った矢先に、ドクター・ラオが現れた。

 それにはちょっと驚いた。懐かしいねっつわれても、そうは思えなかったけどさ。懐かしい懐かしくないどうこうってよりは、ドクターには悪ぃけど…、俺、顔と名前ぐらいしか知らなかったんだよな、ホントに。あの頃ドクターはまだインターンで、正規のカウンセリング・ドクターにくっ付いて俺の様子を見に来てるだけだったから、俺はドクター・ラオと朝の挨拶くれぇしかした事なかったのに。

 ドクターは、よく喋った。

 俺の事すげぇ心配してくれてて、すげぇ気にしてくれてたみてぇで、なんか、そんな感じの話を、俺に聞かせた。

……。でもさ。

 俺には判らねぇんだよな。なんで? って思う。

 俺があの時医療院で親しく…つうか、普通に話したのは、レジーナさんとカウンセリング・ドクターのマナン・ヴォルだけで、さすがに動けなかった間は看護師とかに治療されたけど別に話とかはした事なくて、適当に動けるようになってからの俺は、部屋に…レジーナさん以外の人が来るのも怖くて、我慢しなくちゃなんねぇ治療の時以外は、誰も中には入れなかった。

 だから、なんでなんだろうって思ったんだよ、俺は。

 ドクター・ラオは、俺の力になりてぇってそう言った。

 俺が消えて、自分の無力さを感じて、それからまた必死に勉強したっても言った。

 ずっと、俺を探して助けたいって思ってたって、そう言った。

 俺には、その、ドクター・ラオの気持ちが理解出来ねぇ。

 出来なかった。

 朝の挨拶するだけだった俺なのに? ってさ。

 その時俺は気付いた。判った。理解した。

 ドクターと同じように見えて、いや、もっと極端に顔だって知らなかったのに、なんで、俺が、あの人を。

 ずっと探してたんだよって言ってくれたあの人を。

 嘘まで吐いて俺を傍に置こうとしたあの人を。

 信じたのか。

 開いた口が塞がらねぇくれぇ、本気で呆気に取られた、俺。

 あの人は。

 俺でもすぐに理解出来る我侭な理由で、俺を探してた。

 だから、可笑しな話だけど、だからこそ俺はあの人を信じたのかもしんねぇ。俺のためとかなんとかいう理由なんて、後付けのオプションで構わねぇ。どんな付属品がくっ付いても離れても変わらない中心に、綺麗事はなくていい。

 あの人は、その中心に俺の事情なんか微塵も置いてくれてねぇんだよ、きっと。

 だから俺、こんな目に遭うのか、とかちょっと泣きてぇ気持ちになった。ようやく。

 そしたらそこで、ドクターがいきなり地雷を踏んだ。

 いや、待て。つうか、それもさ、俺の我侭つうかなんつうか、でも、この先一生誰にも教えてやんねぇとか思うんだけど、つまり俺の自惚れ? かもしんねぇけど。

 ガキっぽい理由で恥ずかしいから、ぜってー言わねぇ。

 あの人にだって、ぜってー教えねぇ…。

        

        

 ドクター・ラオを蹴り出した勢いでベッドに辿り付きばたりとうつ伏せに倒れ込んだミナミは、広げてあった緋色のマントを手繰り寄せて胸に掻き抱き、ふん、と短く息を吐いて瞼を閉じた。

       

      

 ただ今は、少し疲れてる。

 やっぱ、何もしたくねぇ。

 判ってるから信じなくちゃなんねぇけど、信用するには部品(パーツ)が足りてねぇ。情報? あの人風に言うなら、そうなんのかな。

 俺の手に入ったフラグは、緋色のマント。まだそれだけで、あと幾つのフラグが必要なのかも判らねぇ。しかも、そういうモンが集まったからってそれで解決すんのかどうかも、実の所判んねぇんだけどさ。

 少し眠りたい。

 ミラキ卿とかアリスとか、多分、俺以上に混乱してるみんなに色々説明しなくちゃなんねぇんだけど、それも、もうちょっと待って欲しい。

 でも。

 今の俺は、俺の「判ってる」事を伝えるための声を…使えない。

 それも、俺の我侭。

 少し、休みたい。

 最後の最後まであの人が俺に何も言ってくれなったのに、ちょっとだけショックを受けてる。

 あの人がそれで何をしたいのかは、まだ判らねぇ。

 無責任な発言は、だから出来ねぇよ。ミラキ卿…。

 とりあえず今は。

          

 使う人の存在しない、鉄紺色のマグカップかキッチンに置かれてる家に、ひとりで、帰りたくない。

         

「…………………」

 ミナミは何か呟くように唇を動かし、すぐに、それを閉ざした。

  

   
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