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2.冷たい恋人 | |||
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結局、草原を抜けてミラキ邸到着までの間にドレイクがミナミに聞かせたのは、こういった事だった。 アイゼン家は、議会の貴族院がガリュー・ミラキの家系を立ち上げる議事を提出、初代当主となるハルヴァイトに正当な伴侶と家督の継承者が出来た時点でそれを承認し、同時にハルヴァイト・ガリュー・ミラキとして、電脳魔導師隊の大隊長に推薦するつもりらしい、という情報を手に入れていたのだ。それでハルヴァイトの身辺を調査してドレイクとの関係が判ったのか、ドレイクとの関係を知って更に調査しその情報を入手したのか定かでないが、どちらにしてもアイゼン家は、せいぜい小隊長停まり…と言われている…のミラキ家ではなく、新興の、しかし大隊長を確実に約束されたガリュー・ミラキの、最初の家督を儲けた女性を排出した、という肩書きに乗り換えたのだ。 それでも、ミル=リー・アイゼンがハルヴァイトに対して本気なのなら、まだ黙っていてもよかった。 そうではないのだ。結局そうなのだ。「好きな人」というのは、あくまで「わたくしに相応しいひと」であって、彼女の言葉に「気持ち」はなかった。 それに、ハルヴァイトの「気持ち」も、その頃は既に…どこかで彷徨っていたのだし…。 「でもそれもおかしくねぇ? その前は、…あのひと、ミラキ家を保護する目的で死刑にされかけてんじゃなかったっけ」 「まぁな。多少周囲の状況が変わったのと…そうだねぇ…」 こちらは本物の庭に囲まれた、大きな屋敷。それがミラキの家だと聞かされて、ミナミは少し複雑な気分になった。 それまでの事は判らない。ミナミが知っているのは、半年にも満たないハルヴァイト・ガリューというひとの生活だけ。確かに彼は、スラムに比べてずっとずっとマシだし、いいところに住んでいるかもしれないが、ここまで無駄な贅沢はしていないはずだ。 それなのに、誰かの都合でここからスラムに落とされて、誰かの都合でまたここに戻されるなんて…。
「リビングひと部屋在れば、わたしひとりなら困らないんですよ…。実際、今まで生きて来たうちの半分以上は…………スラムか……」
いつだったか、最後にハルヴァイトが言いあぐねたのがなんなのか、ミナミは未だに聞いていない。 「ミラキ家根絶やしにしてぇヤツもいるし」 「え?」 一瞬気が逸れていたからか、ミナミはドレイクの言葉を聞き逃してしまった。 「何?」 きょと、と見上げてくるミナミに苦笑いを向け、ドレイクがもう一度言う。 「ガリュー・ミラキが残るのは大歓迎でも、実力も伴なわない名前だけのミラキが軍でのさばるのは許せねぇって連中も、当然いんだよ。だったらここで俺に家督を放棄させて、ミラキの血筋はガリュー・ミラキの方で護らせようってさ…」 「…………………」 ミナミが、答えに困る。 「…じゃぁ……、そういうヤツから見たら、俺も十分邪魔モンだな」 「今回の騒動じゃ、ガリュー・ミラキ賛成派に友好的な行動を取ってくれた、とも思えるけどな」 「…………………………」 「今んトコは、か」 くっくっく、と嫌な笑いで見下ろしてくるドレイクから目を逸らし、ミナミはぶつぶつと口の中で何やら繰り返していた。こう見えて、いつも周囲に関心なさそうな顔をして何を考えているのか判らないが、どうやらハルヴァイトの事は…多少大切にしてくれているようだ、と…過保護過ぎるとアリスの笑う兄は、なんとなく安心した気分で微笑んだ。 「ところでさ、ミラキ卿…。俺はなんで、ここに連れて来られたんだよ」 「……ミル=リー・アイゼンに俺経由で会うのは、無理だろうからさ」 「? なんで?」 「まー、その辺りも色々あんだよ、貴族社会にもさぁ。つうことで、ちょっと汚ぇ手でも使ってみようかなーと…」 「拉致?」 「するか、あほ! そんな事したら…」 「おかえりなさいませ」 観音開きのドアを押し開けつつミナミに牙を剥いて見せたドレイクを迎えたのは、若い男の声。その声の落ち着きに比べ、おもわず押し黙ってぎくしゃくと顔を正面に向けたドレイクの表情は、まるで幽霊にでも遭遇したのではないか、と思えそうなほど完璧に凍り付いていた。 「クラバイン!」 で、次には悲鳴。 「なんでてめーがここにいんだよっ!」 びし! と指を突き付けられたお堅いスーツ姿の青年が(といっても、ドレイクより年上に見える)、理知的な銀縁眼鏡を指でついと押し上げつつ、はい、と妙に…本当に奇妙に礼儀正しく、ドレイクに答える。 「日暮れまで空き時間が取れましたとご報告申し上げました所、…ウォル様が…、どうしてもミラキ卿にお会いしたいと言い出しまして。すぐにご連絡を差し上げたのですが卿は既にお出掛けになった後で…、ただ、お屋敷にお戻りになるとリイン・キーツ殿がおっしゃるものですから、不躾とは思いましたが、待たせて頂いていた次第でございます」 「リイン!」 見事な七三分けのブラウンの髪に、色の薄いブラウンの瞳の、ミナミが唖然としてしまうような平凡な顔立ちをした、男。なかなか品のいい上等なスーツを着ているのだが、なんだかその姿も、情けないんだか生真面目なんだかさっぱり判らない。 「お帰りなさいませ、旦那様」 「…てめー、なんで勝手にクラバインと…その………あいつを入れた!」 「お言葉ですが、旦那様。クラバイン様を追い返しあのお方ひとりに旦那様のお帰りを御待ち頂くなどというのは、機嫌の悪いハルヴァイト様をお屋敷に一晩お泊めする以上に勇気のいる行動だと思いませんでしょうか」 リイン、と言われて出てきたのは、かなり体格のいい初老の執事だった。ドレイクが白髪なのに、こちらの執事は撫で付けた髪も黒々としているせいで、並んだ姿になんだか妙な感じを受ける。 「…なんか判んねぇけど凄そうな例えだな…それ」 「お褒め頂き光栄でございます、ミナミ様」 「いや、褒めてねーって…。で? なんで俺の名前知ってんの?」 「はい、アリス様がマーリィ様と庭園をお散歩にいらした時分お屋敷で少々お休みになられ、ミナミ様とハルヴァイト様の仲睦まじいご様子を…」 「待てよ…」 「そこ、ウチの執事…」 にこりともせずに淡々と話すリインに、ドレイクとミナミが同時に突っ込んだ。 「「どの辺が仲睦まじいのか教えろ」」 「具体的にでございましょうか?」 これまた大真面目に答えてきたリインにげんなりした顔を向け、ドレイクが首を横に振る。 「いい…暇になったら聞いてやる…。それより、あいつ…ウォルを俺の部屋に通しとけ。ミナミ…、クラバインも、ちょっと一緒に来てくれないか?」 促されて、ミナミはドレイクのすぐ後ろに着いて歩き出した。しかし、クラバインと言う名前らしい青年はミナミに会釈して彼をやり過ごしてから、ようやく最後尾に着いてくる。…その、見事なまでに執事然とした立ち居振る舞いに、ミナミは彼を、誰かの使用人なのだと思った。 「クラバイン。ウォルはミナミの事を…」 「はい。もちろんご存知でございます」 「じゃぁ、ミナミ」 天井の高い廊下を歩きながら、ドレイクが軽くミナミを振り返る。 「なんつうかよ、ヤ―な感じに嫌がらせされると思うけどな、とりあえず今日だけは我慢しとけ。それで多分、ミル=リー・アイゼンに逢うどころか、向こうから吹っ飛んで来てくれるだろうよ…」 その歯切れ悪い言い方がなんだか気になったが、ミナミは黙って頷いてみせた。
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