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    4.内緒の生活    
       
(1)

  

 惑星の空域を漂う浮遊都市の数は、現在三百八十二機。規模に差はあれど、その殆どが七つの「連盟」どれかに加盟しており、ここファイランも、最大数の加盟浮遊都市を抱える「中央統合連盟府」の理事都市として登録されている。

 浮遊都市とは、その名が示す通り、自力で飛行している訳ではなかった。それが出来ないのではなかったが、巨大な円盤が自力飛行するには莫大なエネルギーが必要となり、しかし、閉鎖空間で恒常的にそのエネルギーを生み出し続けるのは不可能であるため、殆どの浮遊都市は高々度に流れている気流を利用して、自由気ままに漂っているのだ。

 とはいえ、自由というのは意外にも、制約がなければ成立しない。

 その制約を決定し、加盟した都市に伝達して監視するのが、連盟の役割である。

 連盟は、本部浮遊ステーションという巨大な施設を持っていた。中央に円形の議会施設を置き、そこから伸びた八本の長い腕にいくつもの浮遊都市を止まらせて、規定区域だけを周回するステーション。

 連盟に加盟している都市は、このステーションへ接近した際、必ず接岸しなければならない決まりになっている。通常は特定の交信周波で暗号による通信を行っているのだが、それだけで連盟の決定事項が完全に通達できる訳がないし、まず、ファイランは最高決定機関の理事都市なのだ。時折立ち寄って加盟都市の抱える問題や、上告されて来る浮遊都市間の訴訟などという重要な議事を議論し、解決策を決定し、それぞれの浮遊都市に告知しなければならない。

 現在ファイランの取っている浮遊航路は、惑星を周回するものではなく、一定のエリアを回遊するものだった。数年前までは周回浮遊航路を取っていたのだが、少々事情があって高度を下げざるを得なくなり(勝手に下がってしまった、と言う方が正しいのかもしれないが…)、結果現在は、惑星で二番目に大きな大陸上空を南下、赤い海に小振りな島々の浮かぶ半島を回り込んで北上、という、縦に細長い帯状航路を漂っている。

 この航路が本部ステーションと接触するのは、一年半か二年に一回。これは、意外にも短期間だと言えるだろう。

 浮遊都市が本部ステーションと接触し接岸するというのは、都市に取っては大仕事だが、大半の住民には関係ない、興味もない、ただちょっといつもと違う風景が見られるイベント、程度の認識でしかなかった。

 が、しかし。

 王都警備軍、さらに電脳魔導師隊にとっては、とてつもなく重要な任務を離岸するまで強いてくる、厄介な仕事に他ならない。

「王都航路、中央統合連盟府本部ステーション周遊航路との交差を確認。接岸命令を受諾したと、王下特務室より、全エリア電脳魔導師小隊へ通達あり」

「………通達を確認と返信」

 執務室のデスクに着いたままハルヴァイトが溜め息混じりに答え、受け取ったアリスが、電脳魔導師隊本部に確認コードの返信を行う。

 それをじっと鉛色の瞳で見つめるハルヴァイトの横顔には、ドレイク、アン、デリラの不安げな視線が注がれている。

 不穏な空気を汲み取って、アリスも思わず口元を歪めた。

 刹那、大隊長より命令が下される。

「グラン・ガン大隊長より電信。全員モニターして下さい」

 淡々と告げたアリスの声に、ハルヴァイトを除く三人が襟を正して卓上端末を起動する。

『全エリア電脳魔導師隊員に告げる。接岸により、陛下は本部ステーションへ赴かれる。よって、以下の小隊には一時解体命令を下す』

 厳めしい顔つきに、空気を震わせるような低い声。鋭い眼光と尖った鷲鼻が、切れ者として通るグラン・ガンを殊更気難しげに見せていた。

 電脳魔導師隊大隊長、グラン・ガン。攻撃系魔導師として…ハルヴァイト・ガリューに匹敵するだろう、と言われている。いや―――――逆か。

 全長十八メートルにも及ぶ「魔導機/ヴリトラ」を完全制御、氷結系攻撃を得意とするグラン・ガン。見た目だけなら、せいぜい三メートルというハルヴァイトの「ディアボロ」よりも強力そうなのに間違いはない…。

『第六、十、十二小隊の攻撃系、制御系魔導師は、直ちに大隊本部へ出頭。ステーションより離岸する迄の間は、わたし直属の電脳魔導師隊特別警護小隊として、陛下の護衛に当たる』

 グラン・ガンの宣言に、一瞬、アン・ルー・ダイが表情を弛めた。ここで解体されて陛下の護衛に当たるという事はつまり、接岸中居住区どころか、ファイランにさえも戻れないのだ。他の浮遊都市から集まって来ている電脳魔導師連中のあてこすりと詮索に晒されて本部ステーションに駐屯するのは、正直、精神的に辛い仕事だったから、まだ若く見習いの彼は、話でしか聞いたことがないものの、そんな場所へは行きたくないと思っていた。

 しかも…、そんな場所に行ってハルヴァイトの機嫌が傾いて行くのも、それなりに恐ろしいし。

 だが、その危険性は消えた。だから思わずにやけそうになり、慌てて口元を引き締めた彼の安堵を踏みにじるように、グラン・ガンは続けてこう言い放ったではないか。

『尚、第七小隊には直ちに一時休暇を与える。下城し、自宅待機。……今回ファイランは、ステーションで行われる展覧試合を…引き当てた』

「…………………嘘…。それって…誰かの陰謀?」

 蒼褪めた少年魔導師の呟きに、ドレイクは苦笑いで同意した。

  

(訂正:2006/11/16)goro

   
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