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    4.内緒の生活    
       
(2)

  

 おかしな時間に不機嫌そうな顔で帰って来たハルヴァイトの様子に、ミナミはちょっと首を傾げた。が、何かを問いかける前にいきなり普段通りのくちづけを奪い取られ、制服を脱ぎ散らかされ、何やら不穏な気配に思わず口を閉ざす。

「ただいま」

「………おかえり…」

 とりあえず返事はしてみたものの、ソファに寝転んで見ていたテレビまで消されて、ミナミはますます不思議そうな顔をするしかなかった。ちなみにミナミが観ていたのはニュースチャンネルで、丁度、ファイランが加盟する連盟府のステーションに接岸するという、一般市民にはあまり関心のない内容を飽きずに繰り返していたのだが…。

 テーブルの上に置かれていたリモコンを拾い上げ、いきなりスイッチをオフ。

「………まったく」

 で、ハルヴァイトは吐き捨てるように呟きリモコンをソファに放り出すと、バスルームへ爪先を向けた。

「いかにも機嫌悪そうだな…」

 なんだか笑いたい気分のまま、ミナミはいつも通りソファから玄関に向かって、ハルヴァイトの脱ぎ散らかした制服を拾って歩く。

 最後は、緋色のマント。電脳魔導師隊、小隊長の称号。それを纏うハルヴァイトはいかにも堂々としていて、でも謎だらけで、…遠い。

 少し前ミナミは、王立図書館の臨時閲覧権を買った。犯罪被害者で出生のはっきりしないミナミには、王都民として当たり前にあるべき「市民コード」というものが存在しない。取得出来ない訳ではないが、そのためには遺伝子検査を受けなければならず、しかし、極度の接触恐怖性であるミナミには、その検査を受けるのは…困難過ぎた。

 触れられたら、悲鳴を上げて逃げ出してしまうのだ。そんなミナミが検査と称して身体に触れられるのに、耐えられる訳がない。

 だから彼は、現住所の申請するだけで買える、王立図書館の一部データにアクセス出来る臨時の権利を取得し、「電脳魔導師」について少し調べた。

 ………おかげで余計に、ハルヴァイトというひとが判らなくなっただけだったけれど…。

 リビングに戻り、抱えてきたハルヴァイトの制服をハンガーに掛け終えた頃、当の本人が、濡れた髪から透明な滴を撒き散らしつつバスルーム方向から現われる。

「…なんでアンタは、そうなんだ?」

「? 何がですか?」

 髪が、濡れている。タオルを肩に掛けているが、水滴が床に巻き散らかされるほど、濡れている。

 なのにハルヴァイトは、淡い紫色のシャツをきっちり着込んでいた。シャツを着ているのは悪くないし、正直、素肌を晒されるのも少々恐いミナミとしては有り難いのだが、見ている方が気色悪いので、出来れば髪は乾かして欲しい…。

「なんつうかこう、シャツが貼り付くのってヤじゃねぇ?」

「…………まぁ、多少は不快ですよ」

「多少なのか? それでいいのか?」

 うんざりと呟いて肩を竦めたミナミを、ハルヴァイトの瞳が見つめている。

 透明度の低い鉛色。内側は、窺い知れない。

 何か質問しようと思った。それか、髪が濡れたままなのをふざけて咎めるのもいい。

 そう思ったのにミナミは言葉に詰まり、不意に口元をほころばせたハルヴァイトは瞬きしないダークブルーの双眸を真正面から受け止めて、少し迷った。

「………………キス…、していいですか?」

「よくない…。と…、思いたい……」

「? なぜ?」

 言いながらハルヴァイトは佇むミナミの正面に寄り、顔を俯ける。

「判んねぇ…」

 囁くように答える唇。微かに顎を上げ、長い睫をゆっくり閉じてハルヴァイトのくちづけを待つミナミは本当に綺麗で、瞼を閉じてしまうのが惜しい気さえした。

 それでも、その可憐な唇に触れなければ、気が済まない。

 だからハルヴァイトはまた少し迷い、結局複雑な内情に押し負けて、ミナミの唇に短いキスを…落とす。

 短い。でも、いつもの掠るようなくちづけではなく、微かに長い…。

 ミナミは、はっとして瞼を持ち上げた。

 温度…………。

 既にミナミの直前から離れたハルヴァイトは、彼に背を向け肩より長い鋼色の髪をタオルで掻き回している。その背中を凝視したままでミナミは、ほのかに温度の上昇した溜め息を吐き、自分の唇に…掌を当てた。

「嘘……………だろ?」

 温度。

 恐くなかった。

  

(訂正:2006/11/16)goro

   
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