■ 前へ戻る   ■ 次へ進む

      
   
    6ドラマティカ    
       
(6)

  

 報告されていないんだから、違法。

 そう決めつけるのは危険か? 答えは、否だ。とウォルは言った。

「僕の調査によれば、空間自体はそう広くなくてもいいんだ。といっても、城の大広間二つか三つくらいだけどね」

「…十分広いだろ、それ…」

「数百トンの何かが隠されているとしたら、広くないよ。まぁ、僕の予想通りなら、隠されている物はせいぜい数十トンだけどね」

「? 数字が合わねぇ」

「その「物」が、加重してるとしたら?」

「……物は重くねぇのに…その空間が…重い…」

 うん。とウォルが頷く。

「空間が重量を増し、接地しているからファイランも重量を増やす」

「………………超重筒(ちょうじゅうとう)?」

「多分ね」

 その名前に、ミナミは今度こそ混乱し始めた。

「でもそれって…王室の持ち物だろ?」

「そうだよ。今ファイランには二基しかない。いつも順番待ちが酷くて、苦情がすごいんだ」

「……子供欲しい連中って、そんなにいんの?」

 正式名称、特定空間内超加重筒。つまりそれこそが、密閉された内部にテラ級重力を掛けて人体精製に必要なエネルギーを作り出し、核融合並かそれ以上の爆発力を漏らさず使用する、ファイランの「子宮」。

 その内部で細胞は融合し活性し、「ひと」の子になる。人工授精で…ではなく、同姓の遺伝子を受けて普通に「人」を生み出そうとする時、それぞれ両親となる人の体細胞を少し取り、遺伝情報の正確であることを確認した上で、人工卵細胞に「受精した状態の遺伝子」を焼き付けるのだ。

 ミナミはその実物を見たことがない。いや、普通は見せて貰えないのだから、王と担当研究員の他は見た事がない、というべきか。

「それが、もう一基以上あるとすれば、ファイランの重量に説明が着く」

「…………違法だろ」

「そう言ったよ、僕は」

「誰がなんのために使ってんだよ、そんな大逸れたモン」

「……………多分お前だ、アイリー…」

 言われて、ミナミは無表情にウォルを見つめた。

「僕は王。だからこれから話す事に対して、一切の抗議は受けつけないからね」

 ウォルはそう前置きし、微か、暗い顔で続ける。

「五年前お前が助け出された時、身元割り出しのために血液のサンプルから遺伝子構造を調べたんだ。でも、お前の遺伝子はどこにも登録されていなかった。それどころか…その後検査を繰り返す医師が奇妙な報告をして来た。当時お前の年齢は、十五歳。これは細胞年齢で判った。なのに、その遺伝子情報は二基ある超重筒稼動記録のバックアップに含まれていなかった。つまりお前は、そのどちらでもない別の場所で生まれた事になる。それから…もう一つ、医師はこんな報告もして来た」

 息を吐く。死刑宣告の方がまだましかも、とウォルは思った。

「外観遺伝子情報に操作痕あり。…つまりお前のその姿は…、誰かが意図的に作ったものだと言う意味だ」

 ただ、麗しい見目姿。作り物の…。

「…………………そ…」

 何か言おうとしたのか、でもミナミは、唇を震わせただけで何も言えなくなった。

 誰もが綺麗と称する青年。それを怨んだ事はなかった。もう少し泥臭い顔に生まれていれば、あんな…監禁されて……物のように扱われる事も………なかったのに、と…。

 最初から無理だった。所詮、ミナミは……。

 なんとなく、自分の顔に触ってみる。そういえば、どんな時でも傷だけは付けられた試しがない、とミナミは、思い出したのではなく確認した。他に何人もいたらしい少年たちが時々姿を消すたびそれをわざと教えに来るある男は、ミナミの頬を両手で包み優しく囁いたものだ。

         

「大丈夫。お前だけは大丈夫。誰もお前を傷付けたりしない。どんなに抵抗しても殴ったりしない。こんなに綺麗なんだから。ただ震えて、悲鳴を上げて、それから甘い声で鳴いて、恥辱に震え淫猥に傅いてさえいれば、大丈夫。全て…」

        

「……思い通り…」

 ぽつ。と呟いたミナミが、自分の頬から手を離した。

「…なんだろ…、今の、もっとショック受けたり、泣き喚いたりするとこ?」

「かもね」

「悪ぃけど、それ、無理」

「……なんで?」

 静かに呟いて口元に笑みさえ浮かべたミナミに、ウォルが思わず意に反して問い掛けてしまう。

「なんか、どうでもいいや」

 薄っぺらな笑いに、背筋が凍る。

「そんなの、どうでもいいよ。…陛下、俺があの場所でどういう風に扱われて、どんな事させられてたか、知らねぇよな」

 人形が笑っているかのような、厚みのない笑顔。

「痕残んねぇように柔らかい布で縛り上げられて、絨毯の敷き詰められた床に転がされて身体にいろんなモン突っ込まれてさ、何回も何回も、狂いそうになるまで犯されんだよ。泣いても叫んでも誰も助けてくれない。誰かが入って来たかと思えば、そいつも俺の身体舐めまわしたりで、そのうち、泣くのも叫ぶのも嫌になる。そうすると今度は、そんなんじゃ面白くねぇって…」

「アイリー!」

 叫んで立ち上がったウォルに、ミナミが死人のような顔を向ける。

「聞けよ、最後まで。

 …合法だか違法だか知らねぇ怪しげな液体飲まされて、そのまま何時間も放っておかれんだよ。身体中熱くて、頭の中まで空っぽになって、そのうちにさ、にやにやしてる全裸の男に這い寄って、泣きながら、入れてくださいって必死に頼んでる」

 立ち尽くしたまま、ウォルは恐怖に震えた。

「それでイカしてくれるヤツはまだマシ。自分で勝手に出せって解いてくれるヤツも寛大。腕縛られたまま男の体液飲まされて放っておかれたら、ホント…次の客呼んでくれって泣いたよ。何百回もさ。ひでぇ時だとそのクスリが抜けなくて、食事置きにくる給仕がいんだけど、そいつと立ったままヤって気ぃ失った事もあった。それでやっと正気になって、どいつもこいつも人間じゃねぇ、俺をなんだと思ってるんだろうって、体液まみれの自分見下ろして…どうしようもなく惨めになった。

 でも、判ったから…もういい」

 俯いたミナミの金髪が、小刻みに震えている。

「俺はつまり、生まれた時からそういう風になってたんだもんな」

「…アイリー、僕はお前をそう思ってない。だからお前に…助けて欲しいんだよ。このままじゃいずれファイランは墜落する。何十年か何百年か先かもしれないけれど、このままじゃダメなんだ」

「判ってる…つもり。ごねる気もねぇし。協力はする、そう言ったから…。でも、少しだけ待ってくれねぇ?」

 言ってミナミは顔を上げ、ふわり、と…柔らかく微笑んだ。

「……あのひとの顔が………」

 ウォルは瞬間、ミナミを巻き込んでしまった事を、本当に、後悔した。

          

   
 ■ 前へ戻る   ■ 次へ進む