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    7.ラプソディア    
       
(1)

  

 その家は、決して大きくない。

 赤煉瓦の外観は縦長の総二階。ささやかな庭には、しばらく前…一年には満たないだろうが…からここで暮らすようになった金色の髪とダークブルーの双眸を持つ綺麗な青年が、暇を持て余して世話し始めた鉢植えが幾つかと、生け垣。ドアも窓枠も落ち着いたチョコレート色で固めた、取り立てて立派でもないが、騒がしくもない平凡な家…。

 ドア飾りのノッカーはなぜか、薄気味の悪い悪魔のレリーフ。両手で鉄の輪をぶら下げた鋼の悪魔の骸骨が空洞の眼窩で通りを睨んで、もしかしたら、来客を拒んでいるかのようにも見える。

 玄関を入ると、廊下は一直線。右手に階段と、その後ろに小さな部屋。この部屋は殆ど倉庫に使われていて、滅多に家人も出入りしない。左手には、リビング、それからキッチン。廊下の突き当たりを左に折れて、バスルーム。

 リビングとそれに続くキッチンはそれぞれが比較的広い空間になっており、隔てるものはカウンターだけで、大抵この家の住人はここで過ごしている。

 リビングには、低いテーブル、それを挟んで三人掛けのソファが向かい合わせにふたつ。装飾品のマントルピースに、飾り気のないサイドボード。無駄に大きいテレビはいつでも何か…無音のままで風景やニュースを映し出し、滅多に外出しない家人のひとりに外界の様子を細やかに説明している。

 そのテレビの横には、観葉植物がふた鉢。それで、リビングにあるもは、全部。

 半年ほど前までここは、いつでも荒れ放題だった。家主の生活能力は皆無。と誰もが認めるように、主人であるハルヴァイト・ガリューというのは、とんでもなくだらしない…というよりも、部屋を片付ける、という事を知らない男なのだ。

 なぜなのかハルヴァイトには、身なりはきちんとしているのに、「物を片付ける」という習慣だけが、ない。

 一緒に暮らし始めた頃は後ろを追い掛け回して「散らかすな」と言い募っていた同居人…恋人ともいう…のミナミ・アイリーがそれを言わなくなったのは、とても些細なきっかけだった。

 ある日突然、ハルヴァイトが漏らした一言。

       

「部屋が片付いていると気分はいいんですが、…他人の家みたいで落着かないんですよね」

        

 だから、ミナミは気付く。

 ここは「巣」なのだと。

 それ以来ミナミは、リビング、キッチンなどの公共スペースをそれなりに掃除するが、ハルヴァイトに「散らかすな」とは言わなくなった。散らかされて気分が悪かったら、また掃除すればいいだけ、と彼は、相変わらず何を考えているのか分からない無表情で言っただけだけれど…。

 リビングから廊下に出て正面の階段を上がると、部屋はみっつ。それから、シャワールーム。家の中央付近に位置する階段に立ち、右から、ハルヴァイトの自室、ミナミの使っている客室、もうひとつは、時折やってくるドレイク・ミラキやアリス・ナヴィなどが勝手に泊まっていく純然たる客室、そして、バスタブの置かれていない小さなシャワールーム。

 どの部屋も、公共スペースも、全体に淡いベージュの壁紙だけという内装で、特別装飾品なども見当たらない、家。

 他人が見たら寒々しいと言うかもしれない場所だが、そこに暮らすふたりには、十分過ぎる…。

 複雑な事情に翻弄されて壊れ掛けのハルヴァイト・ガリュー。

 凄惨な過去に束縛されてどこかが壊れてしまったミナミ・アイリー。

 掠めるようなくちづけを交わす事しか出来ないけれど、ふたりは…恋人だという。

 いや……………そのハズなのだが…。

  

   
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