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    7.ラプソディア    
       
(17)

       

 演習室の上空を飛び回る「ホーク」は、申請通り動作システムのチェックを行っているらしく、他の魔導機には目もくれず旋回したり上昇したりを淡々と繰り返している。

「小犬パッチ」などという愉快な外部ファイルを組み込まれた「ダコン」は、しきりに主人の回りを走り回っては、跳んだり跳ねたりしている。

 それを少しの間微笑ましく見ていた第三小隊フロウ・アキューズ小隊長が、付き添いの部下に軽く手を振った、と思う間もなく、佇む金髪碧眼の足下から赤っぽい細かな光が放射状に広がり、直径三メートルはある一次電脳陣が描き出された。

 これも「電速」と呼んでいいのか、構築速度はミナミが見た中では三番目に速い。一番目二番目は言わずもがなどこかの兄弟だとして、陣の直径を考えれば、以前目にしたイーランジャァの電脳魔導師より遥かに高速だと思えた。

「…フロウの「グリフォン」が出るぜ」

 ドレイクが言った途端、両腕を垂らしてなんとなく佇んでいるようなフロウ・アキューズの真正面で、カッと空中が煌いた。監視ブース内で眩しさに目を細めたミナミが光の残映を振り払ってもう一度フロウを見た時には既に、緋色のマントをなびかせた彼の目前に、中空で回転する臨界接続陣から飛び出して来た光の塊がわだまかっている。

「……光ってんの?」

「いや。「グリフォン」は、高速運動する微細機械の集合体なんだよ。それが、発光して見えるだけだな。今に、連結して一機になんぜ」

 確かに、光の塊中央付近に何か、青白く輝くひときわ眩しい球体が回転している。それを中心に渦巻く細かな光の群れがいつの間にか整列して糸状に球体を巻き、それが徐々に(といっても相当な速さなのだが)帯状になり、帯が、胴体、四肢、頭、と、胴体から真横に生える翼のように移動しながら回転運動している。

「ワイヤーフレームつうか、そういう感じに見える」

 輪切りにされた羽根のある獅子だ。とミナミが思った刹那、その輪切りパーツが回転運動を停止し「ビリッ!」と火花を散らして、くっついた。

「……吠えそう…」

「吠えねぇだろ…、いくらなんでも。音声の再生システムは、電素も占有率もバカみてぇに食うからな。さすがのハルでも、そんなモン付けてねぇしよ」

 さすがの。ファイラン最大の占有率、電速、電素数を誇るハルヴァイトでも。

「攻撃系魔導機「グリフォン」。全長六メートル七十五センチ、両翼を広げた幅は約九メートル。ボディは見ての通りかなり角張った…なんてぇのかな、平面を繋ぎ合わせて肉食獣に似せた形状、とでも言うか? って不格好に見えるかもしんねぇが、かなりの数の魔導機がくっついてると思やぁよ、俺の「フィンチ」よりも複雑なプログラムで動いてるって事だな」

 確かに、例えばゲームの「ジャケット」よりも「グリフォン」は角張った形状をしている。もっとエッジを削り取れば芸術的に美しいのだろうが、平面の多い微細機械の集合体だと思えば、納得出来なくもない。

「さてここで、最後に登場するのは…お前…の「ディアボロ」だけど、これで、あの小ぶりな魔導機の何がどう「異質で異様で恐ろしい」か、解ったかい? アイリー」

 陛下に問い掛けられて、ミナミは「グリフォン」を見つめたまま頷いた。

 外観は、嘘みたいに複雑。表面は、滑らか。人に並んでも遜色ない動き。

 それは、莫大なデータ。膨大なデータ。

 だから、それは、悪魔。なのか?

 イコールであってイコールでない、悪魔とハルヴァイト・ガリュー。

「……………「ディアボロ」が…来る」

 ミナミがそっと囁いた刹那、フィールドの片隅に佇んでいたハルヴァイトが監視ブースを振り返った。

 二次立体陣を高速展開。絶対に狭くない演習室に顕現していた魔導機どもが動きを止め床に降り立った姿は、刹那でまします臨界の「何か」を恐れ敬っているようにも見える。

 魔導機どもは、判っている。それを操る魔導師どもも、判っている。

 それは、異質。そして、異様。しかし、異端。

 だが、不可解の「臨界」から見れば、それは………。

 音もなくまさに忽然と、瞬きの間を縫って不可視から可視へ切り替わるように、それ、は監視ブースの直前に、既に居た。

 プラズマの燐光を煌かせた翼を広げ鋼色の全身にその照り返しを浴びて、異様に細長い手足をだらりと垂らした「ディアボロ」が、滞空している。

「……いっこ訊いていい?」

 ゆっくりと問い掛けたミナミに、ドレイクも、陛下も、こんな近くで「ディアボロ」を見たのは始めてのヒューも、ぎょっとしてミナミを振り向いてしまった。

 なぜ。なぜなら。どうしてって…。ミナミは大真面目に、「ディアボロ」に向かって質問したのだから。

 ディアボロとの距離約五メートル。監視ブースの先端まで歩き進んだミナミは、胡乱なダークブルーの双眸で「悪魔」を観察する。

 骸骨の、悪魔。悪魔の骸骨、か。

「開門式、ってヤツ?」

 ミナミの質問は奇妙だった。主語が無いのか主語しかないのか、「開門式」が何を意味するのか彼以外は判らないらしく、他の三人は顔を見合わせてしきりに首を捻るばかりだった。

「…おい、ミナミ?」

 ドレイクがそう言い終えるのを待って、「ディアボロ」がふいっとミナミに背を向けた。燐光を纏う翼を閉じ、釣り下げていた糸が切れてしまったかのように落下する直前、ミナミだけが、「ディアボロ」の「答え」を受け取る。

 背骨。尾骨から先はまさしく尾のように長く伸びた背骨の上、頚椎付近に、一行、複雑な文字列が晧晧と刻まれていたのだ。

 ミナミだけが知り得る事実。ハルヴァイトの背中、「ディアボロ」と全く同じ場所にも、何らかの臨界占有率表示(プライマリ・テスト・パターン)がある、という事実。

 それでミナミは解決する。

 全てではないにせよ、判る。

「ディアボロ」は付き従うものでも従わせるものでもなく、「ハルヴァイト・ガリュー」なのだと。

 意外に静かな衝撃音だけで床に降り立った「ディアボロ」が、長い足ですたすた歩いてハルヴァイトに寄って行くのを唖然と見送った後、陛下が、何かもの凄く珍しいものでも見るような目つきでミナミの横顔を見上げた。

「ガリューもガリューだと思うけど、やっぱり、ミナミ・アイリーなだけであの「ディアボロ」と意志の疎通までするお前は、ファイラン一の要注意人物なのかな?」

「……………さぁ、どうだろ」

「だとしたら、僕らはとんでもない考え違いを引き起こしていて、このファイランを墜落させてしまい兼ねないんだろうけどね」

「ディアボロ」は、そこが定位置なのか、ハルヴァイトの少し後ろまで移動してから、ぺたりとその場にしゃがみ込んだ。

「…あの姿勢ってさ、この前は気付かなかったけど、スラムでやたら喧嘩売ってるごろつきそっくりにガラ悪ぃよな」

「元々、ハル自体そういう「つまり救いようねぇごろつき」初年度はクリアしてんだから、今更「ディアボロ」が多少ガラ悪かろうが、俺ぁ驚かねぇけどよ」

「スラムで育ったっては言ってたけど、そうなんだ」

「…つかミナミ、まだ知らねぇのか?」

「? 何?」

 ドレイクの声がひどく困惑しているように思えて、ミナミはようやく視線を「ディアボロ」から監視ブース内に戻した。

「おめーよ、ハルが接続不良が起こし易い原因ってのは、判ってんだろ?」

「…うん、聞いた…」

        

「なんにしてもある程度は「そうだ」と言えますが、つまり「臨界」に接触して魔導機を操作しようとする時、操作する側はあくまで冷静でなければなりませんから、魔導師は極力「感情」を切り捨てます。残して差し支えないのは「志」であって、敵対象に対する、だけでなく、全ての「感情」という不確定要素は言うなれば「手元を狂わせる」可能性がありますからね。人だからこそ起こしうる「思い違い」や「思い込み」という現象は、データにはありません。ですから、そういう「個人的主観」で起こるだろう危険性を低く抑えるために、簡単な「怒り」だとか…そうですね、俗に言う「負の感情」というのを切り離してしまうんです」

 そう、ハルヴァイトは困ったように笑って言った。

「感情がもっともストレートでクリアな子供の頃に、初期訓練としてまず魔導師が脳内で行う作業はその、「負の感情」というシンプルな「データの揺らぎ」にマーキングを施し、臨界接触時に仮想「脳」に転送する方法なのですが、わたしは…かなり育ってしまうまで自分が魔導師である事さえ知らなかったので、それが………出来てないんですよ」

 攻撃的で、感情的。

「……十三歳になるまでスラムで育ちました。それは問題じゃないんでしょうが、その…十三歳までのわたしは……「生きるため」に盗みと喧嘩を繰り返して、何度も年少者矯正施設に放り込まれたんです。つまり、電脳魔導師になるには、根本的に不向きな育ち方をした、と言って、間違いないですね」

 怒りと、苛立ちと、憎しみだけしか彼は知らなかった。

 それから、無気力か。

「決定的に、感情の制御がなってないんですよ。抑え付ける事をしない。だから…接続不良が起こり易い…」

 暴走する感情と、表層に叩き込まれた「王都を護るための魔導師」という、どこか相容れない「志」。そのふたつが、ハルヴァイトの中で、ショートする。

「………………臨界は、「人」を許そうとしているのにね」

 ハルヴァイトは、

「人」を、

 どうしようというのか?

「まぁそれは、どうでもいい事なんですが」

        

「どうスラムで育ったかまでは、辿り着いてねぇ感じ。しなかったのは殺しだけ、ってぇ不吉なセリフは聞いたかもしんねぇ」

「…………。いつか話す気はあんだろうから、そん時ゃ驚いとけよ」

 ミナミがそれで驚けるのかどうか定かでないが、ドレイクは短い溜め息の後でそう言って、フィールドに立つハルヴァイトと「ディアボロ」に視線を戻した。

「ガリューは、何をする気なんだろうね、アイリー」

「…、すぐ判るって言ってたけどな」

 ふうん。と素っ気無く陛下が答えた直後、耳障りな金属音と共に壁面シャッターがするすると、持ち上がり始めた。

  

   
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