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    7.ラプソディア    
       
(18)

       

 床から、ほとんど天井付近まである巨大なシャッターが半分以上持ち上がり、中から何かがタイヤを軋ませて姿を現した。

「あれが機械兵だ。全高は五メートル。背中に背負ったボックスで操作信号を受信して動く、無人兵だな」

「…どこで操作してんの?」

 形状は、なんというか…なんなのか? 不格好なタイヤ付カマキリというか、つまりなんなのか、そういう…得体の知れない上に洗練されてないけれどそれはそれで必要な動きや色々な事が出来るんだろうと思わざるを得ない、格好をしている。

 胴体は円筒形で、鏡面仕上げ。「カマキリ」だからと言って別にあの、図鑑で見るような昆虫に似ている訳ではなく、筒状の胴体上部に三角形が載っており、三つの角にそれぞれカメラ・アイが取り付けられているのと、三節に別れた長い腕を鎌のように擡げているから、そう思えるだけなのだろうが。

「操作は、隣りの操作ブースだよ。ほれ」

 と言って、ドレイクが親指を立てて監視ブースの左側を差す。それに視線だけを向けたミナミは、中で円卓を囲んでいる操作師がやたら緊張していたりにやついていたりするのを目にして、微か、口元に笑みを零した。

「アレで「ディアボロ」から逃げられんの? 子供の工作の方が、なんか、マシっぽいけど」

「一応、足回りはタイヤ。ついでに跳ぶしな。行動不能許可が出てるって事は機械兵にも抵抗する権利があるしよ、五機出てたうちの二機は攻撃していいが反撃されねぇ、ってのは、ハンデじゃねぇか?」

「……俺にゃ、そうは思えないけど」

 きゅるきゅるとタイヤを鳴らした機械兵が「ディアボロ」を遠巻きに布陣を組むと、他の魔導機どもがそそくさとハルヴァイトから距離を取る。とばっちりを食っては叶わないからなのか、それとも、「ディアボロ」が何をしようというのか観察するつもりなのかは判らなかったが。

 操作ブースとハルヴァイトの通信を傍受しているスピーカーから、いつでもどうぞ、という普段と変わらない穏やかな声。固定された陣の位置を考えると、移動出来ないハルヴァイトと「ディアボロ」、機械兵の場所が近いような気はするが、当のハルヴァイトはまったくそれに頓着していないようだった。

 フィールドは、監視ブースの正面、奥が半分程広く残っている。シャッターから出て来た機械兵はその半分の半分あたり(フィールド四分の一ほどの所、というべきか)に半円の布陣を組んで「ディアボロ」を睨んでいるのだが、それで攻撃を開始したら、「ディアボロ」の前に立っているハルヴァイトを巻き込んでしまいかねない。

 でも、いいと言われたからなのだろうか、五機の機械兵のうち中央の一機がタイヤを軋ませた、刹那、ハルヴァイトの後ろにしゃがみ込んでいた「ディアボロ」が、ゆら、と動いたような気がした。

 頭部が揺れた。

 そう見えた。

 確かめようと瞬きした時には既に、悪魔は、機械兵の真ん前に出現していた。

 外見の野暮ったさに似合わぬ高速で、機械兵散開。タイヤが鉄板を噛む悲鳴と駆動音が演習室に満ちる。

「…………どっか…、違くねぇ?」

 散った機械兵を追わずに首を巡らせる「ディアボロ」から目を離さずに、ミナミが誰とも無しに問い掛けた。

「? 何がだ?」

「「ディアボロ」がさ、前に見た時と、どっか違う気がすんだけど…」

 言われて、ドレイクも陛下も咄嗟に監視ブース中央のモニターに視線を向け、「ディアボロ」だけをズームする。

 悪魔は軽く床を蹴り、翼を展開せず跳躍した。前方に飛び出し、わざとのように、逃げ惑う機械兵の上空を掠めて、進路を塞ぐよう着地。

「…普通に見えるけど? 僕には」

「あぁ…。しかもよ、ミナミ。万一「外観」が変わってんだとすれば、ハルは…いつの間に「モデリング」組み替えたつうんだ?」

「判んねぇ」

 どちらかといえば、「知るか」と答えたかったが…。

 その間も「ディアボロ」は、機械兵を追い立てて、一ヶ所に纏めるような奇妙さでぐるぐるとフィールドを跳ね回っていた。細長い足のバネを使って跳躍を繰り返し、不格好な兵士どもをフィールド中央に追い込んでいるのだ。

 とはいえ、操作士も黙ってやられている訳には行かない。わざと四機が纏まって追い込まれる風を装い、その間に一機がやや離れる。と、当然「ディアボロ」はその一機を追って、床を蹴り離した。

 跳躍、というよりも、水平に床を滑って弧を描き、分離した一機に迫る「ディアボロ」。外から回り込んで五機を一ヶ所に纏めようとする意図を汲み、尚且つそのチャンスを狙っていたのか、「ディアボロ」の注意が逸れた一瞬に、今や後方になった四機の機械兵の胴体、鎌状の腕を生やした部分がぐるん! と百八十度回転し、三角形の頭部を忙しくかしかしと動かしたと思う間もなく、タイヤの進行方向が逆転した。

 悲鳴のような軋みと、タイヤから上がる白煙。前方の一機は高速でますます後退し、それを追う「ディアボロ」。そして更にその「ディアボロ」を追う形になった残りの四機。超然と佇むハルヴァイトに変化はないが、形成は、刹那で逆転して見えた。

「…この状況じゃ、「ディアボロ」は飛べねぇな」

 誰に問われた訳でもないが、ドレイクがぽつりと呟く。

 そう、高速運動するプラズマを纏った翼は、展開出来ないのだ。今のままでは。背後には四機の機械兵。しかも、距離は意外に近い。三機の行動不能許可しか得ていない悪魔がもしもここであの翼を広げれば、背後の機械兵全機が一瞬で蒸発してしまうだろう。

 だから、なのか。狙っていたのか。「ディアボロ」は正面一機に手の届くぎりぎりまで肉迫したたらを踏んだ。

 当然、その間に背後の機械兵は「ディアボロ」の直後まで迫っている。挟み込まれた…というより囲まれた形であの腕を振り回されたら、さすがの悪魔も避けきれないのでは? という杞憂、または期待を裏切るように、「ディアボロ」は長い腕を身体に引き付け肩から床に突っ込んで真横に転がり出た。

 猛烈な勢いで突進して来た機械兵どもが、目標を見失って急停止。後退していた一機も攻撃に転じようとしていたのだろう、既に停止したタイヤを逆進に切り替える、刹那、全ての機械兵に「空白」の時間が降りる。

 その時「ディアボロ」は既に、肩で床を転がり格納した翼の先端で火花を散らして、側面を見せる五機の機械兵に向き直っていた。

 片膝を立て、両腕を抱え込んだ姿勢。無表情な暗澹たる眼下で、冷たく、不格好な生け贄を睥睨する、悪魔。

 ぎゅん、と機械兵どもがタイヤを鳴らした時、「ディアボロ」は、握った左の拳を前に、同じく握り締めた右の拳を後ろに大きく引き、あるべき心臓のない空洞の真中で、あの、漆黒に真白い光を纏った球体を高速回転させた。

「…………。内蔵兵器の発動現象じゃねぇな。……………つうかよ」

 で、なぜかドレイクが、溜め息を吐く。

「なんで「ディアボロ」が自分で「モデリング・プログラム」を立ち上げる必要があんのか、誰か俺に教えろってんだ! ちきしょう!」

 てゆうか、あれ何物?! と言いたい気分らしい…。

 そんなドレイクの悲鳴も構わず、「ディアボロ」は短いプログラムを構築し終え、あまつさえ臨界接触陣を立ち上げたではないか。

「…………あ。判った…」

 ミナミが、以前見た「ディアボロ」と今日の「ディアボロ」の違いに気付いた時、それ、が忽然と出現し悪魔の手に握られた。

 肉薄でたいら。先端は不自然にすっぱりと水平。しかし、刃の部分は芸術的にくねって波のように見える。

 それが何という名前で呼ばれる「武器」なのか、ミナミは知らなかった。「剣」の類であるだろう、という予想は、容易に出来たが。

 髑髏の頭、骸骨の悪魔。燐光纏う翼と不気味に蠢く漆黒の心の臓では飽き足らず、鋼色の悪魔は、刃を、手にした。

 なんの、ために?

 後ろに引いた右手でその剣を握った「ディアボロ」の手首が、ギュン、と四十五度外方向に回転し、刃を水平に寝かせる。普通人ならば手首を返そうとすると肘から先が微妙に捩じれるものなのだが、「ディアボロ」は、ひとでいう間接の部分を回転球に変化させる事で、手首より上には微細も動きを伝えていなかった。

「…だから、腕の太さと間接のトコが違って見えたんだ…」

 ミナミが呟き、ドレイクと陛下が…唖然とする。

「ディアボロ」が低い体勢のまま床を蹴る。それで機械兵に一撃浴びせるのかと思いきや、悪魔は、頭上から垂直に襲い掛かってくる三節の腕を器用に躱し、五機の真ん中を滑り抜けた。

 スライディングの容量で機械兵たちを置き去りにし、腕で床を突き放し弾けるように立ち上がる、「ディアボロ」。孟菌類の鈎爪を持つ足で鉄板の床に溝を穿ち、奇妙に波打った刃を煌かせて、空洞の眼窩で機械兵どもを胡乱に睨み据える。

 何、を、しようと…いうのか?

「…調整中なのかもな…。何せおめー、普通魔導機ってのは「武器」なんか持たねぇからよ。持てねぇし。って事ぁ、プログラムはイチどころかゼロから組む訳だ…」

 ちらりと視線を馳せれば、操作ブースでも相当困惑しているように見えた。

 ドレイクも今言った通り、普通の魔導機は武器を携帯しない。だからどうしていいのか迷っているのか、それとも、「剣」に対して有効な戦術に組み替えているのか、しかし停滞は刹那で終わり、機械兵どもが高速で散開した。

 と、またも追う「ディアボロ」。跳ねるように床を蹴り、鉤爪の先で抉り出した鉄粉と火花を撒き散らす。

 手近な一機に「ディアボロ」が追いすがろうか、という瞬間、展開していた四機がそれぞれ床に手を付き、その腕を一気に伸ばして…ジャンプした。

 仕込まれた油圧ポンプに押されて、円筒形の胴体が上空に持ち上がる。同時に、「ディアボロ」正面の一機は胴体を回転させ、延ばした腕を水平に振る。上に逃げれば四機、横か後退を選んでも一機が追跡体勢。それでついに悪魔も追い立てられるのか、と観衆の見守る中、「ディアボロ」は無表情に、静謐に、長い腕の先端に握った刃を真下に向けるよう手首を更に四十五度回転させて、後方からボディを中心にした半円を描く水平を空中に描いた。

 奇妙に澄んだ音がどこからか。冷たい風が吹き抜けるのにも似た音だった。機械兵の駆動音に掻き消されてもおかしくないか弱い音ながら、甲高いそれが間違いなく「ディアボロ」から発せられていると判って、誰もが息を詰め、フィールドを睨む。

 正面一機。機械兵の翳した腕が斬り飛ばされて、回転しながら中空に舞う。内蔵されていた油圧ポンプのオイルをぶちまけながら二本の腕が床に叩き付けられて、直後、半分以上短くなった腕の間合いに滑り込んだ「ディアボロ」が、振り抜いた位置の腕、その手首をぐるんと百八十度回転させて上段に構えた剣を左から斜めに斬り下しつつ、機械兵に体当たりする。

 金属同士の触れ合う音。というには、それはあまりに美しい響きではないだろうか。耳障り、という印象よりも、まるで、何か繊細な楽器を思わせる澄んだ音色に、一体何が起こったのか誰も判らない。

「ディアボロ」と正面の一機が交差して、後続の四機がようやく間合いを詰めて着地した途端、先の一機の胴体がずるりと傾ぐ。その切断面はまるで光学式切断工法でも採用したかのように滑らかで、内部機構がショートして散らす火花を鏡面仕上げのボディと同じに映し込んでいた。

         

 ゴ ト…。間のぬけた音と共に、機械兵の上体(?)が床に転がった。

       

 返す刃で…、というべきか、機械兵の胴を斜に斬って捨てた「ディアボロ」が、爪の先で床を掴み、そのまま後方に跳ぶ。と、悪魔は優雅な弧を描いておろつく四機の頭上を掠め、フィールドの中央付近にぴたりと着地した。

 そこまでは、異様に静かな動き。跳躍も着地も、全身のバネを細やかな神経で操作し、物音を立てないように死力を尽くしているような、刃物を振り回しているのなど忘れてしまいそうな、ダンス。

 しかし、フィールドの中央にだらりと腕を垂らして佇んだ「ディアボロ」の尾が、ガガン! と苛立たしげに鉄の床を打ち据え、次に飛び出した時悪魔は、凶悪な牙を剥き出し「笑って」いた。

 ガッガッガッガッガッ! と今までに無く重量感のある足音を演習室に轟かせながら、「ディアボロ」は走る。既に抵抗しよう、などと微塵も考えていないのか、残った機械兵はてんでばらばらに逃げ惑い、悪魔はふざけるようにそれを追い立てていた。

「……どういう事になってんだ? アレは…」

 ドレイクの呟きに、ミナミがフィールドを胡乱に見つめたまま答えた。

「ミラキ卿…、モーラだ。多分、「ジャケット」の基本プログラムを使ってんだよ、「ディアボロ」は…」

「はぁ?」

「…多分そう。演習が終わって訊いてみりゃぁ、すぐ判る」

 監視ブース…ミナミに…、背を向けて佇んでいるハルヴァイトの顔は、見えない。しかし彼はきっと笑っている、とミナミは思った。

「ディアボロ」が手近な一機に追いすがり、その足回りにわざと尻尾を叩き付けると、機械兵はバランスを崩してその場で横転し、動きを停める。動かないそれにはすぐに興味を失ったのか、悪魔は首を巡らせて別の標的に狙いを定め、狩りを楽しむ原始のひとのように、跳ねながら剣を翳してジグザグにフィールドを駆け回った。

 ハルヴァイトは、笑っている。何かが途切れそうになっている。

 悪魔が、笑っている。胡乱な眼窩で、閉じた口で、哄笑している。

 追い回すのにも飽きたのか、「ディアボロ」は無雑作に跳躍した。タイヤから白煙を上げ全力で走る機械兵の直前にバカでかい着地音と共に立ち塞がり、急停止が間に合わず突っ込んで来た三角形の頭部に、頭上高々と振り上げた剣を肩で一気に振り下ろす。

 何かまた、冷え切った風のような音がした。それがなんなのか必死になって探ろうとする周囲をよそに、頭頂部から足下までを真っ二つにされた機械兵が切り口から左右別々に倒れる。

「………………剣が高速で振動してるんだよ。だから…切断面があんなに綺麗なんだろうね…」

 ぽつりと囁いたウォル。

 ハルヴァイトは、笑って、いる。

 悪魔は。

 鋼色の悪魔は。

 ハルヴァイトは、名前の通りに「ブレイド」を手に入れた。

………何の、ために。

「ディアボロ」はまたも床を蹴って走り出し、一直線に監視ブース真下へ逃げ込もうとしている一機に狙いを定めた。ぐんぐん詰まる間合い。良く考えれば、あれだけアンバランスに手足の長い機体、しかも骨格だけの「ディアボロ」が転ばすにこうも高速で動ける理由は、なんなのだろうか。

(……不思議じゃねぇか…。自分なんだから)

 自分の体を自分で動かすのに、何の苦労がある?

 非常識にも程がある。という気も、しなくはないが。

「…だから、モーラは転ぶのか…」

 ミナミは呟いて、微かに…笑った。

 ついに「ディアボロ」が最後の標的を間合いに捉える。位置、監視ブースの真正面。左右の腕を身体に引き寄せ機械兵の背後に左肩から飛び込んで、直後、剣を握った右腕だけを発条が弾けるように伸ばし切り、前方向に宙返り。ガキン! と耳を劈く轟音と共に、全身を使って頭上から振り下ろされた刃が機械兵の肩に食いつき、そのまま脇腹までを鮮やかに斬り下ろす。

「ディアボロ」は回転の反動で器用に立ち上がり、機械兵は無残に切断されて床に転がり、操作ブースからは溜め息が洩れた。

「……………アイリー。ガリューを今すぐここに呼べ」

 そして陛下は、険しい顔でミナミを、睨んだ。

  

   
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