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EX+1 ほろ苦ストロベリ

   
         
(10)

     

『ラスへ

言葉にしなくちゃ判らない事もあるんだって、ぼくだって判ってるけど。

でもやっぱり。

その言葉が誰かを傷つけたり、何かを期待させたりしちゃうんだって。

判ってるけど。

ぼくはまだ、少し怖いです。

マキ』

         

       

この一週間、どことなく教室の空気がおかしい事に、マキも気付いていた。

それは腫れ物に触るような、…マキにとってはよく知った…雰囲気だったから、少年は今日も極力周囲を気にしないように努めている。

実技クラスの担当教授が退室して放課後になり、掃除当番の生徒たちがばらばらと出て行く中、マキは鞄に教科書を詰めて立ち上がった。その時、斜め前の席のクラス委員が何か言いたそうな顔で振り返ったのと目が合ってしまって、なんとなく、力なく微笑んでぺこりと頭を下げる。

「―――最近、元気ないね」

少し迷ってからそのクラス委員、カナン・メイハーという生徒は意を決したように小さく言って椅子の中で身を捻り、マキに向き直った。それで、なんでもないと首を振り立ち去るのも悪いと思ったのか、マキは曖昧な表情で小首を傾げ、自分ももう一度椅子に座り直した。

随分と抑えた光沢のプラチナブロンドをショートボブにしたカナンは、眉の辺りでぴっちりと切り揃えられた前髪の下の柔らかい藤色の目を眇めて、少し困ったような笑顔を作った。転入以降一言も喋らないマキを級友たちは遠巻きにしていたが、彼だけは、級長という立場からなのだろう何かと気に掛けてくれている。

「どうしたのって言っても答えてくれないんだろうけど…」

思わず言ってしまって、カナンは慌てて首を横に振った。

「いや! 責めてる訳じゃないよ? 先生だって君には事情があるから、あまりしつこくしちゃダメだって言ってたし。でも、もしかして、何か困ってるとか…そういう事があるなら、相談に乗ってあげたいなって思っただけで」

慌てて言い募ってしまってから、じっと見つめて来る碧と目が合って、急に気恥ずかしくなる、カナン。一言も喋らない薄気味悪い奴だとマキの事をいう生徒が居るのは事実だけれど、こうして話し掛けてみると少年は非常に表情豊かで、一方的に話しているという感覚はすぐに薄れてしまう。

「…気が向いたら…、ううん、言いたくなったらで、構わないけどさ」

カナンが自然に出た笑みで静かに言い足すと、マキは不意ににこりと、ここ暫く見せていなかった心底嬉しそうな顔で微笑み、こくりと頷いた。窓から差し込む夕暮れ間近の陽光に明るい金色が踊り、白い頬に微か赤味が差す。

どうしよう。なんていうか、すげーかわいい。

思わずその笑顔を惚けて見つめ、不思議そうに首を傾げたマキの碧に覗き込まれて、カナンは慌てて少年から目を逸らした。

実は。

転入当初は興味本位でちょっかいを出していたクラスメイトが徐々にマキから離れ始めた時、カナンは数人の生徒に喋らないくらいで無視するなんて級友として冷たいじゃないかと言った事がある。そしてそれに返った意外な答えに、絶句するハメになったのだが。

「だって、委員長。間が持たないんだよ」

「慣れしかないだろう、それは。何か事情があるって言うし、判ってあげようよ」

「…でも、無理。話題とか探しようもねぇ」

「だからぁ!」

「無理! だってなぁ!」

        

あんなふかっふかの笑顔で見上げられてみろ、かわいくてしょうがねぇんだよ!

        

………。お年頃の少年たちである。色々、苦労もあるのだろう。

そんなおかしな理由で孤立しがちだったマキに堂々と近付いたのは、意外にもクラスメイトでなくセントラルの有名人だった。

ジン・エイクロイドとリック・オル・マツナカ。

仲睦まじく校内を歩く三人を目にして大抵の生徒たちはマキが二人を誑し込んだと思っているようだったが、中等部二年実技クラスだけは全く逆の感想を抱いていたと、誰が知るだろう。

あれは確実に、ジンとリックの方がマキの笑顔にやられたのだ、と。

だから、ランチの時間になると弁当を抱えいそいそと出かけるマキに絡み付く視線は、つまり、出遅れた生徒たちのジンとリックへのガキっぽい嫉妬に他ならないのだが。

いやはや。思春期の少年たちの気持ちは、複雑だ。

カナンと話して少し気分が上昇したのか、マキは藤色の瞳が自分に戻るともう一度にこりと微笑み、鞄を手にして立ち上がった。

「あ、もう帰るところだったんだよね。引き止めてごめん」

言いながら自分も鞄を持って椅子から腰を上げたカナンが、頬に刺さる微妙な視線を感じて教室内をぐるりと見回す。

まだ三分の一ほど残っていたクラスメイトたちが、妙な表情で二人を見ていた。何か言いたそうな複雑な顔の群れと微妙な悔しさを含む視線を受けて、カナンがわざとらしく肩を聳やかす。

羨ましいなら、自分たちでどうにかしなよ。

無言の圧力にちっと舌打ちする者。声を掛けようかどうか迷う者。一瞬で変わってしまった室内の気配に、マキはちょっと戸惑う。

なんなんだろう…。

自分に注がれる視線の大半はきれいに無視を決め込んでいるマキは、まぁいいかと心の中で言い置いて、カナンに視線を戻した。

これを機会にマキに声を掛ける者が出ればいいと本来の面倒見の良さを発揮したカナンが、マキに笑いかける。

「丁度今日は部活もないし、校門のところまで一緒に行こうか、マキくん。マキくんは路線バスだったよね? 僕は二ブロック先のアパルトメントに下宿してるんだ」

手にした鞄を掲げて言ったカナンの顔を一秒ほど見つめてからマキがぱあっと明るく笑った瞬間室内に走った妙な緊張を、カナンは見逃さなかった。

誰も彼もがマキの笑顔を見ている。衝撃的光景に魂を抜かれたような顔をして、ばたん、と机に突っ伏したのも数人いた。それくらい、マキの笑顔には破壊力があるのだ。

色が白くて小さくて、きらきらの金髪と長い睫に飾られた大きな碧の瞳というマキは、黙っていても相当かわいい。それの少年が惜しげもなく振り撒く無垢な笑顔はとんでもなく愛らしく、だからこそ、誰もが彼に話し掛けるのを躊躇する。

ならばなぜ、ジンとリックはマキを手放したのか。

帰ろうか。と再度言いながら、カナンは内心首を捻った。

その答えは、すぐに明かされる事になるのだが。

がらっ! と突如乱暴に引き開けられたドアから姿を見せたのは、カナンを悩ませていた張本人、ジンとリックだった。室内に残る生徒たちも、マキも、勿論カナンも、二人の登場に一瞬ぎょっと動きを停める。

ジンとリックは注がれる視線を撥ね退けて佇むマキに近付くと、脇に立っていたカナンをちらりと一瞥してすぐ正面に視線を戻し、神妙な顔でこう切り出した。

「もし君が何も聞きたくないというのなら、僕たちは僕たちの責任を果たすつもりで君を諦める。でも、そうでないのなら、僕たちの話を聞いてくれるかい?」

何が起こったのか。

じっと真っ直ぐに見つめて来るマキにそう告げて、ジンもリックも、少年を見返す。

少しの間の後マキは、手に持っていた鞄を自分の机に置き直し、再三椅子に腰を下ろした。二人の話を聞くつもりはあるのだろう。酷く硬い表情ではあったが一度も視線を逃がさないその強固さに、ジンとリックはほっと胸を撫で下ろす。

もし誤解が解けなかったとしても、二人は誠意を尽くすつもりだった。あの眼鏡少年の話は聞いた。それでマキが自分たちを勘違いしているのも判る。しかし、いくら言い訳しようとも彼らがマキに嫌な思いをさせたのは間違いない。二度とそんな気持ちになるのはイヤだからもう友達ではいられないと言われても、致し方ないだろう。

室内から注がれる興味津々の視線を無視して、ジンは一つ頷いてから口を開いた。

「僕とリックが役員会に出席した日、君の所にBクラスの生徒が三人来たね?」

問われて、表情を曇らせるでもなくマキが頷く。

「その時三人のうち一人は君に、僕たちが君に付き纏われて迷惑してるんじゃないかって、そう言った」

「なっ…そんなのおかしいよ! だって、マキくんは君たちに付き纏ってなんかいなかっただろう。どちらかといえば、君たちがマキくんを連れ回してたんじゃないか!」

カナンが思わず割って入ったのと、どこかで誰かが椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がったのは一緒だった。委員長の言ったのこそ事実で、それは、ここに居る誰も疑っていない。

激昂しそうになったカナンと遠巻きに睨んで来るクラスメイトを停めたのは、意外にもマキ本人だった。軽く手を伸ばして委員長の腕を取り、落ち着けとでも言うように軽く握って、自分の前の席に座らせる。

あまりにも冷静なその態度に、ジンとリックに詰め寄りかけていたカナンもクラスメイトも気勢を削がれて黙り込んだ。マキは、笑顔もなく、だからといって非難の色もない表情で、じっとジンたちを見つめている。

「…マキちゃん、それ、信じた? 顔も知らないヤツに、俺たちが迷惑してるかもとか言われて」

どこか拗ねたような、咎めるような口調でリックが言ったのに、カナンが眦を吊り上げたのと同時。

マキは薄く微笑んで、きっぱりと首を横に振った。

「―――え?」

間の抜けた呟きを漏らしたのはリックだけだったが、マキを見つめていたジンも、カナンも、もしかしたらその時その場に居合わせてしまった誰もが、同じように感じただろう。

マキは、あの眼鏡少年、リフェール・プラドの言葉を信じていなかったと、そう迷わずに答えたのだから。

「じゃぁなぜ、あいつの言葉を信じていなかったのに、僕たちを避けるような真似をしたんだい?」

呆然とする周囲を置き去りにして、ジンが重ねて問う。

マキはそれに少し困った顔をして、ぷるぷると首を横に振った。

意味が判らなかった。

リフェールの言葉は信じていなかった。

それなのに、マキはジンたちを避けていた。

それも、違う?

「……判らないよ、マキくん」

暫しの沈黙の後、ジンが途方に暮れたように呟く。

「僕たちのせいでそんな風に嫌な思いをしたから?」

ぷるぷると、明るい金髪が揺れる。

「知らないヤツにまで変な言いがかり付けられて、マキちゃん、迷惑した? オレたちの事、もうウザくなった?」

情けない声でリックが言った途端、マキはジンに据えていた視線を足元に落として、ぶんぶんと一際大きく首を横に振った。

違う、違う!

じゃぁ、何が違うのだろうか。

しょんぼりと肩を落として俯いたマキの前に膝を置いたリックの赤毛を見つめ、ジンは必死になって考えた。死ぬほど考えた。これ以上はないというほど、考えた。

あの眼鏡少年は、なんと言った? ありきたりの台詞だ。ジンとリックにはいつも付いて回る言葉だ。あまりにも平凡過ぎて詳細も覚えていないような、どうでもいい内容だった。

ただしそれがジンたちから見た場合の感想であって、マキにしてみれば始めて聞かされた悪意ある発言だったというのも判る。それで例えば少年が傷付いたというのなら、仕方がない、大人しく身を引こうとも思う。

しかしマキは、違うと言う。

「……とりあえずさ、マキちゃんは、オレたちのコト嫌いになった訳じゃないんだよね?」

なんとも情けない声でリックがマキに問うと、俯いたままの金色が小さくこくりと頷いた。

床に膝を置いてマキを見上げていたリックが、ふにゃ、と目尻を下げてだらしなく微笑む。何か理由があって避けられてはいたようだが嫌われたのではないと判っただけで、酷くほっとしたのか。

「よしっ! んじゃぁ、判った。今回、あいつらがマキちゃんに意地悪したのに気付かなかったのは、オレたちの不注意だった。だから、次からは気を付けるつうか、もう誰にも文句なんか言わせないようにするから、マキちゃん、オレたちの事信じてくれるかな」

膝の上できゅっと握り締められているマキの細っこい手を取って、リックは優しく微笑んで見せた。

急に手を握られてびっくりしたマキが、大きな碧色を限界まで瞠って、胸の辺りにあるリックの顔を見つめる。その後に来るのは、あの零れるような笑みか。それ以外の表情など想像出来ないリックと、何か複雑な胸中が表層に現れそうな、微妙に眉間に皺の浮いているカナンの顔を眺めつつ、ジンはまだ内心のもやもやと戦っていた。

確かに、リックの言うのも必要な措置だとは思う。しかし、それは根本的な解決にはなっていない。

そしてマキ自身もそう感じているのか、リックの笑みに返ったのは、微かに困ったような表情で小首を傾げる仕草だった。

それに愕然とする幼馴染の表情を上から見遣り、ジンは益々難しい顔で腕組みした。正直、一言理由を言ってくれさえすれば万事解決なのかもしれないが、マキにそう言い募るのも躊躇われる。

眼鏡少年の言葉を信じたのか。違う。

もう、ジンとリックのせいで嫌な思いをしたくないのか。違う。

迷惑を掛けられるのが嫌なのか。違う。

二人が嫌いになったのか。違う。

でも、マキは間違いなく彼らを避けていた。

近付かないようにしていた。

なぜ。

あの眼鏡少年が泣きながら言った言葉を際限なく胸の内で繰り返していたジンは、ふとそこで、自分たちに向けられていた羨望や嫉みとは少し趣の違う台詞を見つけた。

        

『おれらが今のうちに優しく言っといてやんなかったら、お前、もっと怖い目に合ってたと思うよ?』

        

これは、ジンとリックを独り占めしていた…と、思われていた…マキに対する攻撃的な言葉だ。危ない目に遭うぞという警告であり、言葉そのものが少年に不安を植え付ける。

そこでジンは、閃いた。気がした。

マキは、怖がっているのではないかと。

もっと怖い目、と言われれば、あとは暴力くらいのものだろう。ジンとリックの友人だというだけでどこの誰かも知らない生徒、しかも、自分より身体も大きく力の強そうな不特定多数に暴行されるなんて、理不尽過ぎる。

と、マキは考えた。と、ジンは考えた。

あながち、間違った方向でもないのだろうが…。

「―――君、委員長」

「ほえっ!?」

最早打つ手もなくマキの手を握ったまま茫然自失のリックと、そのリックを見つめて困ったように眉を寄せているマキをぼんやり眺めていたカナンは、急に言われて素っ頓狂な声を上げ、それこそあほみたいに口をぽかんと開けて、やたら真剣な表情のジンを見上げた。

というか、委員長って…、お前も委員長だよな? しかも、教養クラスAの。おまけに中等部の総代だろっ! と、遠巻きに眺めるクラスメイトたちは心の中で突っ込んでいたが。

カナンの惚けた様子など無視してジンは、マキが一週間ほど前、教養クラスBの生徒…リフェール・プラドという名前を明かすのは避けた…に自分たちの事で不当な言いがかりを付けられたのだとあっさり打ち明けた。

果たして、それを聞いていたリックはマキの手を握ったまま驚いたようにジンを振り返ったが、当事者のマキは微かに目を眇めて、カナンに向き直っているジンを見つめていた。

「それは、確かに僕たちの不注意が招いた。外野はこそこそと噂話をする程度で何も出来はしないと高を括っていたのだが、それはあくまでも僕たちに対してで、マキくんは実際彼らに嫌な思いをさせられた。

そんな事があっても、僕たちは、許されるならばマキくんと友人でありたいと願っている。だから当然、自分たちで出来る限りはマキくんに、大袈裟に言えば、危害が加えられないようにしようとも思う。

だが、僕たちにも限界はあるし、そもそも、校内に居る時間の大半は別々のクラスだ。そこで、委員長」

先から押し黙っていたジンの突然の発言にカナンはまず面食らい、それからBクラスの誰かに怒りを覚え、最後には、お高く留まっているとか下々の者を蔑んでいるとか言われていたジン・エイクロイドの潔い態度に好感を持つのと同時に、なぜ自分が彼に委員長などと呼ばれているのが不思議になった。

「こんな事を改めて言うのは失礼かもしれないが、僕らの目が行き届かない時は、マキくんを護ってやってくれないだろうか」

言われて、カナンは気を悪くするでもなく、またもやぽかんとしてしまった。

ジンの言い分は、判る。マキに危害が加わらないよう気に掛けてくれと、まぁ、そういう事なのだろう。正直、そんなありきたりの事は言われなくても判っている。まず、マキはクラスメイトだ。おまけに、今まさに隠れ人気に火が点きそうでもあったのだから、それこそ何かあったとしても、クラスの連中が黙って危害など加えさせないだろう。

気が付けば、いつの間にかマキの手を離しジンの隣に立ったリックまでもが神妙な面持ちでカナンを見つめていて、俄かに居心地悪くなる。答えは既に決まっているのだが、はい判りましたと言ってしまうのに、微妙な違和感があった。

それで戸惑うように室内を見回せば、居残った生徒たちの大抵がやはり何か奇妙な表情でこちらを窺っている。

どうしていいのか困惑するカナンの腕を、マキがそっと引っ張った。それに気を引かれて振り向けば、少年は小さく肩を竦め、嬉しいような恥ずかしいような…ちょっと困った顔で微笑んでいる。

そしてマキは、細い指を握り込んだ小さな拳を胸に当て、柔らかい笑みを湛えたまま小さく首を横に振った。

その不可解な表情を見て、なぜそうしようと思ったのかカナンには判らない。しかし少年は、その後に取った自分の行動を間違いだなどと思わなかった。

「それを断わる理由はないし、まず、マキくんはぼくらのクラスメイトだから、君たちに頼まれるまでもないよ」

「―――そうだな。申し訳ない」

「というかね」

やっぱり神妙な面持ちで小さく頭を下げたジンにかなり砕けた調子で言って、カナンはわざとの様に嘆息して見せた。

「君たちも随分誤解され易いんだって、ぼくは始めて知ったよ。悪気はないって判るんだけど、何事もクソ真面目に考え過ぎだ、それじゃぁ」

はぁ、と息を吐いて肩を落としたカナンを、マキが笑う。

その無垢な笑顔に、周囲の空気が柔らかく綻んだ。一言も喋らない、不思議なクラスメイト。それなのに少年の気持ちはいつでもストレートに表現されていて、こうして少し近付けば、彼の言いたい事も、考えている事も、全てではないけれど、理解出来る。

だから。

「変に固く考える事ないんじゃないの? マキくんにはクラスメイトだって着いてるしさ」

マキの事は任せろと言外に伝えられて、ジンとリックが微かに表情を緩めた。

「…委員長っていい奴だなぁ」

ふっと息を吐いたリックがぽつりと漏らすなり、カナンはなぜか眉をひそめた。

「だから、どうしてぼくを委員長って呼ぶんだよ、君たちが」

「「いや、なんとなく」」

呆れたカナンの呟きに答えが返り、マキは大きな瞳をきょろきょろさせてジンとリックの顔を交互に見遣って、それから、小さく吹き出した。

「あー、はいはい。もう、委員長だろうが背番号だろうが好きに呼んでくれていいよ。…その程度でマキくんの落ち込みが解消されるなら、クラスを挙げて大歓迎だ」

またもやわざとがっくり肩を落としたカナンが、机の上に投げ出していた鞄を手に立ち上がると、マキも慌てて鞄を引っ掴んだ。

「って、もう帰るの? マキちゃん」

まだ彼らには話があるのだろうと思っていたカナンを含め、ジンとリックもそれにはちょっと意外そうな顔をした。解決したような、そうでないような中途半端な状況で今日はお開きだなんて、気持ち悪いだろうにと思う。

しかしマキは大して気にした風もなく、きょとんとするリックにうんと頷いて見せてから、鞄を胸まで掲げてからカナンに微笑みかけてきた。それで思わず、あ、と声を上げた委員長に、ジンたちの視線が集中する。

「一緒に校門まで行こうって約束だったんだよね。うん。でも、まだ何か話す事あるんじゃないの? だったらぼくは…」

今日の約束は反古で構わないと言うカナンに、マキはぷるぷると首を横に振って食い下がった。約束は、約束。誰を優先させるとか、そういう事ではない。

当惑するカナンとリックをさらりと見遣ってから、ジンはふと口元に薄い笑みを浮かべた。やっぱりそうだと思う。だから自分たちはマキを友人に欲しいと思ったのだ。

ジンとリック、だから、他のものを押し退けて優先していいのではなく、カナンと同じに友人だから、先に交わした約束を守ろうとする。

「なら、僕たちも校門まで一緒に行ってもいいかい? マキくん、委員長」

思いつきのように洩れたジンの台詞に、カナンはぎょっとした。別にそれは問題ないが、なんというか…。

「――君たちのイメージとしては、ご一緒してもよろしいですか? って訊かれてるのしかないんだけどな…」

逆だ、逆。と、内心冷や汗が出る。

「そりゃ、どこの王様だ?」

カナンの惚けた顔を覗き込んだリックが茶化すように言って、ジンも苦笑いを噛み殺した。

「残念ながら僕たちは王様などではなくて、十四歳の中等部二年生だ」

そのぶっきらぼうな言い方がなんだか可笑しくて、マキは鞄を抱えたままうふふと笑った。

2008/10/06(2009/05/11) goro

  

   
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