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EX+4 学祭ハリケーン

   
         
(3)

     

『ヒューへ

強くなるのは、なんのため?

マキ』

     

     

「ホント、マキちゃんってかわいいよねぇ」

「「はいっ!?」」

突如自分たちのテーブル…先までカナンの座っていた場所から聞こえた溜め息交じりの台詞に仰天して肩を跳ね上げたジンとリックが、変な悲鳴を上げて空いていたはずの席を振り返る。

「お仕事ご苦労様」

するとそこには、さっきまでインカムの向こう、生徒会本部にいたはずのマスター・ベイカーが、にこにこしながら座っているではないか。

「ど…どこから沸いて出たんですか、ベイカーさん…」

「んん? どこって、君達、ここはどこの科で運営してるのか、忘れたのかな?」

ってそれ答えになってねぇし。と誰かなら言いそうな事を平然と返したマスターの視線は、通路の向こうに佇むマキから一瞬たりとも離れない。笑っていないと冷たい印象さえ受ける少々キツい目元と頬を仄かに緩ませたマスターの顔をまじまじと見つめてから、ジンとリックは自然に顔を見合わせていた。恐るべし、マスター・ベイカー。あんたどんな妖怪だよと無言で突っ込む若輩どもなど意にも介さず、当の競技科部長は小さく微笑みあって手を振るラルゴとマキを、でれでれの視線で追いかけている。

マスターに向けていた呆れた視線を振り切ったジンが、内心大仰に嘆息しながらマキたちに顔を戻そうとしたところで、その視界を一人の生徒が横切った。高等部の一年生くらいか、本人は取り立てて目立つでもない小柄で頼りない感じなのだが、その背後にくっついている友人と思しき数名に奇妙な違和感があって、つい目で追ってしまう。

本日二度目の自分の奇異な行動に、ジンは微か眉を寄せた。彼らの何がどうおかしいというのではない。ただ、酷く気になるだけだ。

件の生徒はなんだかおどおどしたように、しきりに周囲を見回しながら空席を探しているようだった。ギャルソンの手に隙があれば席まで案内して貰えるが、昼に近付き、更には話題のメイドさんたち二組がフロアを巡回している混雑極まりないこの時間、彼らを案内する者がないのは致し方ないだろう。

学園祭の日、セントラルの生徒と他の公立学校に通っている元クラスメイトが一緒に園内を歩いているのは、珍しい光景ではない。残念ながら中にも外にもそれほど親しい友人の居ないジンやリックには経験はないが、聞けば、カナンの「地元」の友人は明日やって来るとの事だった。

だから、別におかしな光景ではなかったはずだ。その生徒が少々ガラの悪そうな友人と一緒になってカフェの中を少し歩き回り、空いていた…というか、彼らに睨まれてお客がそそくさと立ち去った後の…テーブルを二つくっつけて、どやどやとそれに腰を下ろしたのも、別に、今までだって全くなかったものだと言い切れないだろう。

だからジンも始めは何か警戒するように彼らをちらちらと窺っていたが、そのうち存在そのものを忘れてしまったかのように、正面に座るリックと上機嫌のマスターに視線を戻し、暫しの休息を楽しむ事にした。

だから。

少年は見落としていたのだ。

彼らを案内するように、しかし酷くおどおどと周囲を窺っていた生徒が、いつの間にかその輪から外れてどこかへ消えていた事を。

それから。

ジンが始めに違和感を持ったあの…もう一人の少年も、忽然と姿を消していた事に。

気付かなかった。

     

     

嫌な感じの薄笑いを顔面に貼り付けたままゆるりと辺りを見回す少年たちは、見た所高校生くらいだった。特別に身体が大きいなどという事は無かったが、どことなくわざとらしい粗野な態度が人目を引く。

元々離れていたはずのテーブルを勝手に繋げたせいで、彼らが陣取っている席はカフェワゴンの通る通路に少し張り出した恰好になっていた。あれでは他のお客にも邪魔になるし、マキやラルゴも然りだなと、ジンが微か眉間に皺を寄せる。

態度のあまりよろしくない一行を目で追っていてそう思ったのはジンだけではなく、溺愛するマキが今まさにその傍を通り抜けてこちらに来ようとしているのに注意を向けていたリックと、こちらはカフェの責任者であるマスターもらしく…いや、彼の場合は真意が全く読めないのだが…、三人誰にもともなく視線を向け合い、小さく頷いてそっと席を立った。

少年たちは、三人。ただでさえ通路にはみ出しているというのに、更には大して長くもない脚をわざとらしく投げ出していて、通行の妨げになっている。

「…見た目いかにもなチンピラって、判り易くてスキだなーぼくは」

不意に、それまで掲げていた「警備」の腕章を外してポケットに捻じ込み、代わりに取り出したカフェ責任者を示すものに腕を突っ込みながら、マスターがぽろりと呟く。

「判り易くて、ですか?」

何か相槌を打った方がいいのだろうかと口を開いてみたが、マスターの発言の意味が判らず相当怪訝そうな声になってしまったジンに、当の上級生が「うん」と掴み所のない笑みを見せて頷きかける。

「彼らは注目されたいんだよ。でなかったら、普通の服を着て普通に振る舞えばいい。あのわざとらしい行動は周囲を威嚇してるんでもなんでもなく、結局ね、自分たちが目立つためのものなんだ」

その、なんでもお見通しですよ的発言の根拠が判らないと思う反面、確かに「普通」にしていれば取り立てて注目されるでもないだろう平凡な顔立ちの少年たちを眺めて、変に納得してしまう。

「だから、ぼくに言わせたらマツナカの方がよっぽど油断ならないね。普通にしてたって目立つのに、ナニゆえそんな派手ぇな恰好をする必要があるのか? と」

「そこは、ポリシーつうんですかね」

掬い上げるような視線を送られたリックが薄笑いできっぱり答えると、マスターは大仰に頷いた。

「そう! それぞれの気持ちを占める割合に違いはあれど、誰だって持っているものさ、それは。さてここで本題」

と、一向に足を出そうとしないマスターを振り返り、ジンとリックが首を捻る。ラルゴと分かれてこちらに向き直ったマキは、周囲にはにかんだ笑みを見せながらゆったりと進み、もう少しであの柄の悪い連中の真横に差し掛かろうとしていた。

「ジン・エイクロイドが「商売人」であるように。

リック・オル・マツナカが注目度を上塗りしても洒落た恰好をしたいように」

     

拳闘科には拳闘科のプライドとポリシーがある。

     

溜め息のような、呟き。

ジンとリックは反射的に、カフェワゴンを押しながら煉瓦調の通路を進んで来るマキとカナメに視線を投げていた。

「マツナカ、すぐにミンとエルマを呼び戻して。エイクロイドは近くを巡回中の生徒会役員に、すぐこっちに来るよう連絡。

多分拳闘科の連中は、騒ぎを起こすよ」

冷たい印象のある一重の双眸を眇めて、マスターは薄っすらと微笑んだ。

「何せあいつら、目障りだからさ」

だから、何もしない善良な(?)少年たちをどうにかすると?

意味が判らないながら、リックはマスターに言われるまま慌ててラルゴとラドルフを探すように首を巡らせ始め、ジンは襟に挟んでいた通信機のリモコンを軽く指先で叩こうと腕を上げ、ふと、眉間に皺を刻んだ。

「―――ベイカーさん、何を企んでるんですか…」

いかにも怪しげな口調で問われたマスターが、くすりと喉の奥で笑う。

「別に? ただ、君が怪しいと思った相手を拳闘科の連中が怪しまない訳ないよね? って話だよ」

言われてジンは、いつの間に自分の行動を見られていたのかと内心冷や汗をかき、次には、マスター・ベイカーには絶対逆らわずにいようと誓った。

     

   
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