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    嘘吐きは悪党のはじまり    
       
6.リターナー

   

 翌朝二人は揃ってバスターズ、バスター専門の宿屋兼情報収集の場所である施設を訪れ、その場でチェス・ピッケル・ヘルガスターの行為を告発。シュアラスタ・ジェイフォードの引き受けを得て、半日と置かず正式にバングル、バスターである証を交付される事になる。

 その時立ち会った誰もが彼女の美しさに目を見張り、数ヶ月で死を迎えるかもしれない不幸を心の中でだけ嘆いた。

 たった一人、チェスの真実を知るシュアラスタを除いて。

  

 それからもう一つ、彼らにはやらなければいけない「仕事」が残っていた。

  

 西部ハンビアン領主区内、領主館の在る町から徒歩で一時間程度の場所にあるバスターズにチェスが残されたのは、デューク・ハンビアンに仕事の続行不能を報告しに行くシュアラスタが、彼女の同行を土壇場で拒否したせいだった。

 土壇場。朝からなにやら考え事を繰り返していたシュアラスタが、ドアの前で不意に振り返って、「お前、やっぱいいや」とだけ言い残し、彼女の抗議も返答も聴かずにさっさと一人で出て行くという、まさしく土壇場中の土壇場。

 それから既に半日近く。待つことに飽きたのか、今日は目の覚めるような深紅のショートコートに身を包んだチェスが、びっくりするほど豪華なピンクゴールドの髪を盛大にかき上げて生欠伸を噛み殺した途端、もの凄い勢いでバスターズのドアが蹴り開けられた。

 そう広くない室内を、五歩ばかりで突っ切ってくる大きな足音。それに少々驚いて、カウンターに着いたままぎょっと背後を振り返ったチェスの視界に飛び込んできたのは、これ以上はないくらい不機嫌そうな相棒の仏頂面。

 シュアラスタは歩いて来た勢いを殺さず、全身を叩きつけるようにどさりと椅子に腰を下ろした。

 万一ここで何か気に食わない事でも耳に入ろうものなら問答無用でそいつの頭を吹っ飛ばし兼ねない気迫を放ち、シュアラスタがじろりとチェスを睨む。

 彼女でさえ、思わずひるんでしまうような顔つきで。

「あ…っと……おかえり」

 なんとなく引きつった笑みを浮かべたチェスからふいっと目を逸らし、シュアラスタは懐から取り出した紙巻きに苛々と火を点した。

「……お前趣味悪いよ、最悪」

 いきなり、ぼそり、と呟かれた声に苦笑いで肩をすくめ、正面に向き直ってカウンターに頬杖を突く。

 趣味が悪い、とはデューク・ハンビアンの事を指すのだろう、チェスは今更ながら「過去の男」を思い出し、ほんの少し自嘲気味に笑った。

「そうかもね」

「あいつのどの辺に惚れて挙式寸前まで行ったのか、機会があったら教えてくれ、まったく」

 シュアラスタはそう吐き捨て、さも嫌そうに顔を顰めた。

「一生来そうもない機会ね。…今すぐココで趣味悪いの撤回したいんだけど、いい?」

 片眉を吊り上げたシュアラスタが、またもじろりと目玉だけをチェスに向けた。

 頬杖をつき、なんとなく面白そうににやにやする、造り物のような美貌。

「だって、あんたを選んだあたしは趣味が悪いとは思えないじゃない?」

 その応えになんの反応も示さないままふーっと紫煙を吐き、シュアラスタが思い出したように……

 紙巻きのフィルターを噛み千切った。

 思わず、がたっ! と椅子から立ち上がって後退りしたチェスが、絶対、死んでも、何があっても、これ以上からかいもしないし、「どうしたの?」なんて訊かないでおこうと心に誓う。

 予想だけはついた。

 ここに到着するまでの数週間で知った、自尊心が高くわがままで気分屋な男。そのシュアラスタが、多分あの、甘やかされて育った「王子様」に罵倒し倒され、それでも言い返さなかったのだろう構図に、恐怖を憶える。

(……何されるか判ったモンじゃないわ)

 見つめる視線の意味を知ってか知らずか、不意にシュアラスタが「あ!」と頓狂な声を上げた。それにチェスが、びくぅ、っと肩を震わせる。

「チェース」

「なに!」

 くるり、と椅子を四分の一回転させて彼女に向き直り、シュアラスタがにっとイヤな笑いを口元にだけ浮かべた。

 目は、笑っていない。

 チェスの背筋を、冷たい汗が流れた。

「お前、自分の荷物俺の部屋に運んどけよ。今日の夕方、ここに金貨護衛中のチームが着くんで、部屋が足りないんだそうだ。今朝言われてたの、忙しくってすっかり忘れてた」

 バスターズの部屋数には限りがある。しかしバスターは、諸般の事情により、一般の宿への宿泊を許可されていない。つまりここは山小屋のように、来るモノを拒むことは許されない訳だ。

「ウソでしょ! マスター!」

 蒼白になってカウンターに囓り付いた彼女の瞳の中で、痩せこけたマスターが申し訳なさそうに、「ホント」と短く応える。

 ふっふーん。と急に機嫌良く鼻歌を歌いながら、シュアラスタが目の前で揺れる彼女の髪に指を絡めた。

「俺はお前にウソなんか言わない」

 毛先をちょいちょいと引っ張られる感触につられて、チェスがぎくしゃく相棒を振り向く。シュアラスタは、灰色がかった緑の瞳で彼女を見上げ、ただ、限りなくイヤーな笑いを口元に貼り付けているだけ。

「………嘘つき…」

 怪訝そうな彼女の表情に、シュアラスタが喉の奥でくっと笑った。

「…訂正。俺は、もう、お前にウソなんか言わない」

 微笑む相棒を見つめたままチェスは、額に手を当て溜め息を吐いた。

「ツイてないわ…あたし……」

 その絶望的なセリフにシュアラスタはけたけたと機嫌良く声を上げ、椅子の背凭れに身体を預けた。途端、するりと彼女の髪が掌から滑り落ちる。

「そりゃぁあんた、お前みたいな女押しつけられた俺のセリフでしょ?」

 そう言ってシュアラスタは、折れた紙巻きの替わりを薄い唇に乗せ、その先に朱色の炎を点した。

  

 世の中には、必ずと言っていいほどツイていない人間というのがいる。

 例えば……。

  

200003 sampo

   
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