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    占者の街    
       
第四幕 夜も昼もなく、悪党の場合(1)

   

 深夜近く。ようやっとミムサ・ノスのバスターズ・オブ・エコーという看板を目にして、ヌッフは安堵の溜め息を、盛大に吐き出した。

「なんとかかんとかセーフ、てぇ…」

「あははははははははは!」

 建付けの悪いドアに手を掛けた途端、店の中から弾けるような笑い声。その甲高さといい、でも耳障りでない強弱や声質といい、出所は間違い無く相棒だと知ったヌッが、フがっくり肩を落とす。

「ガキぁおねむの時間だろ…、とかってぇお決まりの文句はどうでもいいとして、何を愉快になってんのかね、ウチの坊やはよぉ」

 実のところ、この数日相棒を放り出して駆け回っていた大男には、心配事がひとつ出来ていたのだ。今更気に病んでもしょうがない、と諦めたいところだが、残念ながらヌッフ・ギガバイトというのは少々お節介で、ある方面から見るならば、シュアラスタやカーライル以上に、自分の相棒を大事にしている。

 傷つけたくない、というよりは、背中を丸めて欲しくない。

(それでも時々こういう目に遇っちまうのも、悪党だからなのかねぇ)

 だから少し迷い、でもやはり仕方ないのだと自分に言い聞かせて、ヌッフはバスターズのドアを押し開けた。

「あ! おかえりー」

 途端に件の相棒が屈託無い笑顔をヌッフに向け、手を振る。それにいつも通り軽く手を挙げて答え、答え……、答えつつテーブルに近寄って、目尻に涙を浮べてバカ笑いしていたらしいルイードと、にやにやしながらそっぽを向いているチェスの顔を交互に見遣ってから、一人だけやたら不機嫌そうに紙巻を吹かしているシュアラスタを指差して、「アレルギー性鼻炎か?」と尋ねた。

「男前台無しじゃねぇか、にーさん。どうしたよ、おい」

「……そのセリフ、うちの相棒に言ってくれ」

 実に見事に鼻の頭を真っ赤にしたまま、シュアラスタが憮然と答える。と、苦笑いのマスター・エコーが冷やしたタオルをチェスに向って放り投げ、彼女はそれを受け取る素振りさえ見せず、手首のスナップを最大に利かせてシュアラスタの顔面めがけて打ち込んだ。

「ははぁ、いたずらが過ぎてお仕置きされたのか。んじゃ、同情の余地はねぇな」

 いひひひ、と分厚い唇を歪めて笑いながら、ヌッフがシュアラスタの正面に腰を据える。それで円卓を囲んだ四人は視線を交わし、顔に載せていたタオルをマスターに投げ返したシュアラスタが、「そろそろ行こうか」といつもの調子でやる気なく呟いた。

  

   
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