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    占者の街    
       
終幕 占者の街 顛末(2)

   

 ゴルドン・オーソン領主区南端に近い、ミムサ・ノスという町。その町を守る囲いの外に、バスターズはある。

 どのバスターズもそうであるように、一階は全てがダイニング・フロアになっていた。つまり、酒場みたいなものだ。その酒場には、いつでも複数のバスター、悪党どもがとぐろを巻いている…。

 例えばこの、少し変わった経緯を持った町でさえ、その光景に変わりはない。

「ハルパスのヤツはとんだお節介だ。そうは思わないか? チェス。結局、あの朝占者館(せんじゃやかた)で起こった騒ぎの一部始終はその日のうちに町中に知れ渡ったし、次の日には隣村に伝染してた。旅人の多く集まる町ほど、情報ってヤツの足は速いモンだ」

 フロアには、丸テーブルが幾つも。椅子はありとあらゆる場所に無造作に置かれ、壁際にはソファやカウチ。それが、時には溢れ出るほどの賑やかさで、時にはひっそりと孤独な寂寥で現れる、数多の悪党を迎え入れる場所のスタイル。

「それでもヤツがなぜ大陸特務保安官を呼び寄せてまで、この町の、あの館で行われていた悪事の真相を公開しなかったか、お前に判るか?」

 今日は意外にも静かなそのバスターズのダイニング・フロアに、半ば酔っ払ったような声がこだまし続けること、小一時間。

「結局、ミムサ・ノスは占い師にしがみ付いてなくちゃ立っていられない、赤子だからさ。ひとりでは、大陸って無秩序な弱肉強食の中で一秒も生き長らえられないと判断されたからさ。あの館の占いそのものが、悪事のお零れに預かってこの町を短期間で繁栄させたと誰もが知ってしまったら、町は…………死んで行くだろう」

「無関係な一般市民ってワケね」

 それまで黙っていたチェスが、シュアラスタに答えるよう小さく呟く。

 バスター規約という彼らの護る法律の一行目には、こう、記されているという。

          

「街というか弱き偽善者の集う場所を、憎んではならない。

 それは、無邪気で無関係な一般市民なのだ。

 そしてそれが、何よりも罪深く、誰よりも恐ろしく、悪党よりも、悪党なのだ。

 街を殺してはならない」

          

 ダイニング・フロアの中央に持ち出されたカウチの中で、シュアラスタは機嫌良く「そう」と答えた。細長い足が肘掛から外にはみ出していたし、半ば以上着崩れした青紫のシャツはボタンを掛けた形跡もないし、そのシャツの裾を適当に突っ込んだ黒革のパンツには、まず、いつものガンベルトさえ巻かれていない。

「噂が噂を呼んでこの町がどうなろうと、俺の知ったこっちゃないけどな」

「…ところで、どうしてあんたはハルパスとギャレイを結びつけて考えたのよ。シャオリーが呼びつけられてたにしても、ハルパスは判定員で、いつどんな仕事をしてるのかなんて、あたしたちには判らないでしょう?」

「サーカスだよ」

 うつらうつらと、瞼の重さに耐えられないような顔をしながら、シュアラスタが薄い唇に微かな笑みを浮かべる。

「お前さ、「占い師」って聞くと「サーカス」を思い出すつったろ? 俺は、「サーカス」って聞くと「催眠術」を思い出す。だからだよ、とりあえず、シャオリーたちの吊るしたリングマスターと、行方不明の団員と、ハルパスを繋げて考えたのは」

 つまり、その程度。と仰向けに寝転がったままシュアラスタは、持ち上げた掌で薄暗い室内にも映えるピンクゴールド髪を掬いながら、喉の奥で笑った。

 足を組み、カウチの肘掛にやる気なく頬杖を突いていたチェスが、ふと、バスターズ外で立ち上がった気配に口元を歪める。いつもならここで彼女が取る行動は、シュアラスタの手から自分の髪を救い出しついでに彼をひっぱたく、なのだが、今日は、少々趣が違っていた。

 チェスは、彼女の膝の上に頭を載せて惰眠を貪り、時に突然意識を取り戻して意味の無い、または難し過ぎる話を延々と繰り返していたシュアラスタの目の上に、広げた掌を載せた。

 潤んだ、灰色がかった緑の瞳。それを覆い隠す。耐え難い頭痛と耳鳴り。思い出したように襲って来るそれに抵抗しようとするシュアラスタは、まだ少し、夢の中に…居るのか。

 バタン、とバスターズのドアが開け放たれる。

 夕暮れの斜陽を受けて朱色の輪郭を持ったその…フロッグコートの男…が、影のせいではっきりとは判別できない厳つい鬼瓦みたいな顔、に、イヤーなにやにや笑いを浮かべた。

「…………お…」

「だめよ、シュタイデッカー保安官」

 その男、シュアラスタを追いかけてここまでやってきたクニマル・シュタイデッカー大陸特務保安官に向って、チェスは……。

「悪いけど、今回だけは譲らないわ」

 シュアラスタの銃を左手に構え、その銃口をたった今到着したばかりのシュタイデッカーに向けたまま、眠ってしまったように黙り込んだシュアラスタを右腕に抱きかかえ、ひっそり冷たく微笑んだ。

「…渡さないわ」

        

       

 そしてまた……

         

         

20021415(2004/11/30) sampo

  

   
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