第49回 指導と評価大学講座
■研修期間  平成19年7月31日〜8月1日 午前9時30分〜午後4時30分
■会 場  日本教育会館(東京:神田)
■主 催  (社)日本図書文化協会/(財)応用教育研究所/日本教育評価研究会

1日目は他の公務出張と重なったため,出席できず。


1日目
人間力を育てるガイダンスカウンセリング                           東京成徳大学教授 国分康孝先生
次期教育課程のめざすもの 早稲田大学教授 安彦忠彦先生
教育評価の実践課題                         大阪教育大学名誉教授 北尾倫彦先生
特別支援教育の実践 慶應義塾大学教授 山本淳一先生
2日目
こころと規範を育てる道徳教育 明治大学教授 諸富祥彦先生
子どもの発達と行動の評価 筑波大学教授 桜井茂男 先生
キャリア教育の課題            筑波大学特任教授 渡辺三枝子先生



第1日目

人間力を育てるガイダンスカウンセリング
東京成徳大学教授 國分康孝先生


1 「人間力」の意味と意義・・・・私はこうとらえる
(1)意 味
  ・ 学力,豊かな心,体力
(2)意 義
・ 発達課題を通して成長する。
 ○ 生きる力を支える能力が「人間力」ではないかととらえる。この能力の育成にはガイダンス・カウンセリング(教育カ ウンセリ
  ング)が不可欠。発達課題を解いていくこと。
2 ガイダンス・カウンセリングとは?
(1)ねらい  予防と開発
(2)対 象  すべての子ども
(3)方 法  グループアプローチ
(4)内 容  プログラムによる体験学習
        〈参考図書:「社会性を育てるスキル教育」清水井一:図書文化〉
(5)技 法  インストラクション(説明)→プログラムの選択→実施(介入)→シェアリング
(6)実施者  教育者(教師)
   * 学級担任が行う予防的カウンセリング(発達上の課題をともに解いていく)
   * 心理カウンセリング・・・・治すカウンセリング(心の課題を解く:スクールカウンセラー)
3 学業向上に応用できるガイダンス・カウンセリングの概念と技法
(1)作業同盟
  ・ 個別カウンセリングをはじめる前に,目的や方法,ルールに関する約束を結ぶ)
  ・ 目的の例・・・・3種類の学生への対応(折衷主義)
  ・ 方法の例・・・・講義とQ&A  講義とロールプレイ
  ・ ルールの例・・・・私語や欠席
(2)抵抗の処理 
  ・ 抵抗・・・・不登校や学級崩壊や校内暴力や私語,宿題無視など学習場面を拒否する。
  ・ 抵抗が起きるのは
   @ 教師が依存・畏敬の対象とならないとき
   A 教師や仲間とリレーションがつかないとき
   B 授業内容に興味・必要性がないとき
   C 出席することに利のないとき
   D ナーシシズム(自分は認められているという感情)が満たされないとき
  ・ ガイダンス・カウンセリングを学習指導に生かす。
(3)教師の自己開示
  ・ 教師が自己を語る・・・・教師が身近になり,子どもも自己開示するようになる。
  ・ 教師の自己開示をヒントに自分の人生の指針やヒントになる。
  ・ 教師を模倣して子どもも自己開示的になる。
4 「豊かな心」を育てるのに役立つガイダンス・カウンセリングの概念と方法
(1)豊かな心の意味と意義
  ・ 意味・・・・複数の反応ができること。思考・感情・行動の3つの反応
  ・ 意義・・・・感情が増えること。緊張→リラックス 恥ずかしい→楽しい
(2)豊かな心を育てる方法 → さまざまなことへの「反応」が増えること。
  ・ 思考の教育・・・・内観法(思い出させる,ふり返る),教師の自己開示,役割交換法
  ・ 感情の教育・・・・合唱(大きな声を出すこと),模倣,教師の自己開示
  ・ 行動の教育・・・・スタディスキル,ソーシャルスキル,アサーションスキル,コミュニケーションスキル
                →行動の仕方を教える。        
5 保健体育に役立つガイダンス・カウンセリングの概念と方法
(1)心身相関ゆえ保健体育は教育に不可欠
  ・ 指の動きと知能の例
  ・ スポーツのできる人は頭がよい。
(2)体育に役立つ技法
  ・ 指示,モデリング,シェーピング,SGEによる人間関係
(3)保健室に役立つ技法
  ・ カウンセリングスキル,健康教育としてのSGE 
(酒井 緑「イキイキわくわく保健学習」図書文化)
6 学校で行うカウンセリング(教育カウンセリング)
 ・治す心理学→臨床心理士の分野(心理療法・学校は治すところではない,が原則)
 ・育てるカウンセリング→教育カウンセリング(教師のすべてが実践すべきこと)
 ・子どもが解くべき発達課題をクリアしていくことの手助けする。
 ・専門家に任る事態を防ぐ予防的カウンセリング
 ・ふつうの子が困っている発達課題を解くための援助をする。
 ・5つの発達課題…これらに対応するのは教師の役割
   〈学習指導に関わる課題〉
   〈進路指導(人生設計)に関わる課題〉
   〈性格の育成に関わる課題〉 ・ごくふつうの子が持つ課題
   〈社会性の育成に関わる課題〉 ・教師が行うべきこと
   〈心身の健康教育〉…養護教諭
   〈組織の中でどう生きるか〉
 ・問題の未然防止…臨床心理士にゆだねる前の予防
7 教育カウンセリングの5つの方法
(1)構成的グループエンカウンター
  ・ ふれあいの欠如…人との接触を拒否(不登校,いじめ,家出など様々な問題)
  ・ ふれあい体験と自他発見をねらいとするグループ体験→自己と他者の理解(人付き合い)
  ・ 自他一体感があるときが最も落ち着くとき
  ・ 自己理解できない子の増加…自己疎外(自己肯定感の欠如)
  ・ 自己を語っていくうちに他と異なる自己の良さに気づく(自己肯定感の芽生え)
(2)キャリア・ガイダンス(人生設計学)
  ・ 先を見て今を生きる…時間の流れの中で今を生きる
  ・ グループ体験を通して自己発見や外界理解,そして人生計画を促進する。
(3)サイコエデュケーション(心の教育)
  ・ 講義やワークショップやメディアを介して思考・行動・感情を豊かにする方法。集団を対象とした予防的・開発的カウン
  セリング
  ・ 傾聴能力とともにスピーチ能力が育つ。
(4)グループワーク
  ・ 運動会や生徒会への参加体験を通して,思考・行動・感情の社会化を試みる。
(5)対話のある授業
  ・シ ェアリング(自己開示)の精神に支えられた授業のこと。
8 教師の求められる3拍子そろった能力
  「集団をまとめる能力」「集団を動かす能力」「一人ひとりをケアする能力」

次期教育課程のめざすもの

早稲田大学教授 安彦忠彦先生

1 予想される時期学習指導要領の内容と性格
(1)現行の学習指導要領の基本方針の継承〈「記憶重視」の学力観から「思考重視」の学力観への重点移動〉 *重点移動であ
  って,「転換」ではないことに注意
  ・ 「生きる力」と「確かな学力」の育成を目指す従前の指導要領の基本方針を変更,ないし転換する必要はない。
  ・ その実現の「方策・方法」を改めようというのが国の態度。平成15年に一部改正された現行指導要領の考え方が一層徹底
   されるであろう。
  ・ 「生きる力」→「人間力」へ。実社会・実生活で役立つ,ことが求められている。
  ・ 「確かな学力」→記憶力の重要性を再認識し(ここが「転換」ではないところ),思考力を含めて「確かな学力」「一定のことは
   暗記し反復により定着させるべきである」という意見
(2)学校完全週五日制の堅持と趣旨の徹底〈学校外での多彩な経験を増やして自立を促す〉
  ・ 変更する必要はなく,むしろその趣旨を徹底させたい。
  ・ そのための条件整備や国民の意識変革を一層図る。
  ・ これらは学校の役割を絞り込んで,本来の役目に専念できる体制づくり。
  ・ そのため,学校での「教科」の時間数は増やす方向
  ・ 思考力を育てたいのであるから,そのための時間数を増加させる。
(3)学校の位置づけの明確化とスリム化〈生涯学習と教育一般との関係づけの問題〉
  ・ 学校の位置づけを明確にし,学校の役割をスリム化する方向を考える。
  ・ 学校の役割は「学び方」と「学習意欲」を育てること。
  ・ 今求められている「人格形成」は,学校でなければできない,学校でこそできることに絞る。それ以外は,家庭・地域・職場
   などで分担すべき。親が教育すべきことを学校が奪ってはいけない。
(4)学校は「学力形成」を主,「人格形成」を副とするが,後者が教育の究極の目的〈前者は主に「文化活動(教科)」で,後者は主
  に「自治活動(教科外)」で育成すること〉 
  ・ 学校教育の方向性は,何よりもまず「学力形成」の機能強化。そしてそれをプラス方向に役立てる「人格形成」を行う。
  ・ 重要なことは「学力は人格の一部」であること。人格が学力の用い方を決める。
(5)「国際基準」への対応を図ること。〈国際学力調査,小学校の英語教育,大学院レベルの教員養成など〉→国内だけの問題で
  はすまされない,無視できない事態。
  ・ 次期指導要領でもっとも重視されている。OECDやPISA,TIMSSの学力調査なども,参考にする程度ではすまなくなる。
  ・ 小学校英語教育も行っていないのは東アジアでは日本だけ。
  ・ 教員養成もOECD諸国では修士レベルの高い教育と資質を求めるようになっている。フィンランドではすべて修士。また,保
   護者の高学歴化という事実。
2 次期教育課程の目指す目的と内容性格・・・・講演者の予想レベル
(1)「実社会・実生活に生きる力」と「確かな学力」を重視する方針の具体化〈「活用型」学力の導入〉 
  ・ 各教科等において,身につけた知識や技能を「活用する場面と時間」を用意。
  ・ 教師もそのような力を育成する力量を持たねばならない。
  ・ 各教科等の教育課程を実生活に結びつける指導と学習活動の工夫を。
(2)学校外学習と学校教育の結合〈学習習慣の形成と宿題の必要性〉
  ・ 学校五日制では,家庭学習(宿題)によって学校での学習との連続性を確保し,学習効果を向上させるする。
  ・ それにより学習習慣の形成を。学習意欲も学習習慣を基礎とすることで,より質の高いレベルが期待できる。
  ・ 宿題・・・・学習意欲以前の問題。習慣化。 
(3)国語・算数数学の重視〈「基礎学力」育成に「説明責任」を負う必要〉
  ・ 国語と算数数学については,今回特にその充実を求める声が高い。「読み・書き・計算」など,すべての子どもに例外無しの
   確実な習得。
  ・ このことの説明責任としての全国学力・学習状況調査の実施。
  ・ 実生活に生きる力としなければならないことはいうまでもない。活用の場で一層確実に強化されることを忘れてはならない。
  ・ 人格の一部としての学力という見方。
(4)社会科・理科を中心に「教科内容」を「実生活」に関連づけること〈OECD・PISAの学力観を参考にして学習指導要領の改訂が
  進められている。〉
  ・ OECD・・・・学力調査
  ・ PISA・・・・実際に問題解決に活用できる力を調査
  ・ 市民としての法意識,職業意識,社会規範,公共性への自覚など,実生活への関連が強く求められている。
(5)教科外教育への学外機関・学外教育関係者による協力と教師の負担の軽減
  ・ 部活動・・・・学外の人材を活用して教師の負担を軽減する。
(6)総合的な学習の時間の継続強化〈教科教育との連携結合の強化〉
  ・ 総合的な学習の時間は重要であるとの認識のもと,これを継続強化する。
  ・ 小学校においては英語に,中学校においては理数または英語に1時間割かねばならない状況。
  ・ 従って,時数減になる見通し。
(7)授業日時数の確保と工夫〈時数増とそのための工夫。モジュール制など〉
  ・ 授業日数は,年間35週の規制を廃止し,1日6時間は最低確保する方向で工夫することが求められている。
  ・ これは「考え会う」時間が必要であるからであって,詰め込み学習に戻すためではない。
  ・ PISA型学力の強化。
3 その他
(1)義務教育の構造改革4つの戦略
  ・ 教育の目標を明確にして,成果を検証し,質を保証する。
  ・ 教師に対する揺るぎない信頼 
  ・ 地方・学校の主体性と創意工夫で教育の質を高める。
  ・ 確固とした教育条件を整備
(2)さまざまな機関があるが・・・
  ・ 内閣臨時教育審議会・・・・非公式
  ・ 教育再生会議・・・・内閣の非公式機関(何が決まっても,実効力はない)
  ・ 中央教育審議会・・・・法に基づいた公式機関(ここを通らねば実行に移すことはできない)
(3)行革の波
  ・ 行政官僚主導から政治家主導へ・・・・文科省案が通らない。押しつけられる危惧
                       ◎参考資料:中教審教育課程部会審議経過報告

教育評価の実践課題
大阪教育大学名誉教授 北尾倫彦先生

1 評価における規準性と基準性・・・・何をどこまで達成させるか
(1)学習指導要領の規準性と基準性
  ・ 学習指導要領は規準性(何を)を示し,基準性(どこまで)はあいまいである。
  ・ 履修原理か習得原理か?
     現在は履修原理・・・・習得できていなくても進級
     指導要領は最低基準・・・・到達ラインを示している。習得原理的である。
     各学校で「基準性」を明確にすべきである。
  ・ 「学習指導要領は最低の基準」の解釈
(2)各学校における指導・評価計画の立案
  ・ 年間計画立案と「10%アップ」のゆくえ,教育課程の見直し・整理,学期制の問題など
  ・ 基礎基本と発展学習の関係
   「基礎」・・・・指導要領のうち「知識・理解・技能」 ベース(土台)
   「基本」・・・・「思考」「判断」「表現」 その考えを使ってできあがっていく。柱となる。
   「発展」・・・・指導要領を超えて。
  ・ 評価規準表の再点検と活用
    一度つくればそれでいいというものではない。
2 単元別評価の実践
(1)評価観。基準表の条件
  ・ 観点ごとの規準であること。
  ・ 精選された項目と具体的勝つ簡潔な表現
  ・ 評定段階(基準)の違いと明確化
  ・ 活用され,改善されること
(2)単元別テストの条件
  ・ 評価規準に対応づけた設問・・・・テストと評価規準は一体のもの。自作
  ・ 観点の重み付けはあるか,難易度はどうか,配点は適切か
  ・ 実用性・・・・実施の簡便性,データ処理の簡便性
  ・ 形成的評価としての活用・・・・目標に到達したかどうか。補充・発展学習への活用
(3)「関心・意欲・態度」評価の条件
  ・ 教科特性を重視した視点で。 
  ・ 学習に結びついた徴候のみを評価する。
  ・ 小刻みではなく,ロングスパンで。単元全体で。
  ・ 客観的資料の重視・・・・「問題づくり」や「ワークシート」などを活用。
    「問題づくり」→福井県中教研数学部会の実践がよい。
     (評価の視点)問題にオリジナル性があるか/問題を2問以上つくっているか/自分の生活に密着した題材を選んでいる
      か/自分の問題に正しい解をつけ,解の吟味をしているか/問題に数学的な工夫を加えてあるか
     (評価基準)3つ以上○…A  1から2つ○…B  なし…C
    「ワークシート」→同上
     (評価の視点)グループの発表を発表順に羅列してある…B  つながりや根拠を考えて工夫してまとめてある…A
  ・ 評価事例の検討会・・・・眼力がつく。
3 目標準拠評価と個人内評価の組み合わせ
(1)発展的学習における学力
  ・ PISA型学力・・・・現実文脈の把握能力と知識・技能の活用能力
  ・ 発展的学習の中で伸ばす力  
     AとC・・・・基礎・基本(すべての子に達成させたい。)
     BとD・・・・発展(個性ある学び)
     AとB・・・・目標(個人・集団)準拠評価
     CとD・・・・個人内評価(進歩の量
  ・ 個人の優れているところ)
    B・・・・発展的学習の評価
    D・・・・その子の中の優れている部分
(2)求同求異論による学習評価の分類
  ・ 集団目標準拠評価・・・・基礎・基本の徹底をめざす学習の評価
  ・ 個人目標準拠評価・・・・発展的学習などの個人ごとの目標を評価する
  ・ 横断的個人内評価・・・・到達レベルではなく,進歩に度合いを指標した評価
  ・ 横断的個人内評価・・・・発展的学習など,個人内の卓越性を主とした評価
 *これらを意識した多彩な評価を展開することで,その子の学びを総合的にとらえることができる。

特別支援教育の実際
慶応大学教授 山本淳一先生

1 特別支援教育をどう進めるか?
(1)特別支援教育は一般の教育の延長線上にある。
  ・「当たり前のことが当たり前でない」という前提
   例:「服を着替えて,すぐに体育館へ行きなさい」という指示
    A君:すぐに体育館へ走っていった。
    B君:着替えないでぶらぶらと体育館へ行く。
     C君:何もしないでぐずぐずしている。 すべてその子にとって「当たり前」
     D君:先生の大きな声にびっくりして耳を覆っている。
     E君:「いあえて,あいいくあんへいいなあい」子音が聞き取りにくい。
  ・ どの学級でも6.3%の子が「気になる子」
     脳の微細な障害が原因・・・このことを受け入れて指導方法を工夫する必要がある。
     しかって改善されることはまずないと考える。→モグラたたき的対応
  ・ 個別な教育配慮が必要な子どもの特徴にあわせた教育環境の整備を。
   例:1ヶ月のスケジュールや今日1日の予定が書かれている。
     急な予定変更があった場合,黒板にきちんと明示する。(変更前と変更後がわかるように)
   例:学校での大切なことが書かれたノートを渡す。チェックリスト形式になっている。ことばでほめるより,目で見える形でほめ
     る。○をつけるとかシールを貼るなど。
  ・ 個別に対応できる工夫,校内での人材育成を。
(2)担任がする指導の工夫
  ・ その子の持つ「よい行動」を増やす。増やせる環境をつくる。
   例:ADHD(前頭葉不全)座っていられない,しかられてばかり,しかられてもやめられない。
     指導を切り替える→よい行動を意識的に見つけてほめる,という方向。活躍できる場をつくる。プリントを集めたり配ったり
    する係を。できたらほめる。シール作戦。 
  ・ 環境を整える。
    認知面,行動面で苦手意識を持つ子
    →「適切な行動」が学習できるような教育支援環境をつくることで獲得できる。そういう環境を意識的につくらないと「不適切
      な行動」のみを学習してしまい,悪循環(しかられる     体験の繰り返し)が生み出される。
  ・ 予防的対応と早期対応
    問題行動が長期にわたり,重積化,複雑化するとちょっとやそっとでは・・・。
2 応用行動分析による教育支援
(1)応用行動分析とは
  ・ 適切な行動を増やすには適切な「刺激」を与えなければならない。
  〈先行刺激:行動前の刺激〉行動の先に存在し,行動のきっかけとなる。
    見通しがもてる場面設定・視覚中心(言い聞かせるのではなく)
  ・明確なルール(事前に了承させる)・制御しやすい教室環境
  〈後続刺激:行動後の刺激〉行動の結果,その後に引き続き存在する。
   やりたいことができた・注目が得られた・楽しい経験ができた・友だちと楽しい交流ができた・達成感が得られた
  ・ 行動は,先行刺激と後続刺激によって,常に影響を受ける。
(2)教育環境の整備〈先行刺激〉
  ・ 学級の中で考えられる先行刺激
  たとえば,教師の言語的な聴覚刺激や黒板やスケジュール表などの視覚刺激
    例:先生の適切な指示(先行刺激)で体育館に行ったら(行動)じょうずにやれてほめられた(後続刺激)→適切な行動が増え
     てくる。
   例:黒板に書かれた1日のスケジュール(先行刺激)に従って1日を過ごしたら(行動)見通しがもてて不安にならなかった(後
    続刺激) →適切な行動が増える
  ・ 問題行動が起きる先行刺激を断つ。原因を断つ。
   例:見通しを持たせる,視覚に訴える,はっきりとしたわかりやすいルール,整理整頓された教室など。
(3)教育環境の整備〈後続刺激〉
  ・ ある行動をした結果,環境からいい応答が返ってくると,その行動は増えていく。逆にいい応答が返ってこないと,その行動は
  減っていく。またさまざまな情動的反応(不安・緊張・興奮・いらだち)を助長する。
   例:宿題をやってきたら(行動)先生にほめられた(後続刺激)その結果宿題を忘れなくなった。
   例:算数をちょっとがんばってやったが(行動)そんな簡単なことはできて当たり前という態度をとられた(後続刺激) その結果
     算数が嫌いになった。
   例:授業で先生の言ったことがわからなかったので隣の人に聞いたら(行動)先生にしかられた(後続刺激)その結果,隣の人
     と話すことはしなくなったが,いらいらした感情は常に     残った。
  ・ はじめに好ましい先行刺激を与えていた場合の不適切な後続刺激は最悪の状況を招く。
   例:先生に「がんばればできるよ」といわれて(先行刺激)漢字の練習をがんばった(行動)が,ノートを見た先生はほめてくれ
     なかった(後続刺激)
3 応用行動分析を特別支援教育に生かす
(1)うまくいったときの経験を生かす
  ・ うまくいったときのことを分析し,そこから問題解決の糸口を探していく。
(2)子どもたちは学習したがっている
  ・ その子の得意なところをどうやってのばすか,そのための手だてを考える。
    それを,聞く,聞いて理解する,読む,読んで理解する,書く,書いて表現する,話す,話して表現する,対人関係を調整す
    る,などの能力につないでいく。
  ・ plan→do→see→plan→do→seeの系統的な繰り返しが最も重要
(3)子どもたちの適切な行動を増やす
  ・ 「問題となる行動を減らす」のではなく「適切な行動を増やす」
    安定して活動できる状況を増やす。→その子への役割を与える(ほめる)
(4)「子どもと先生の相互作用」全体を見る。
  ・ 授業をふり返る・・・・自分はどこまで動いただろう,ずっと黒板の前にいた,何人のこと会話をしただろう? 
  ・ 授業終了後に頭の中で全体像を想像してみよう。
(5)今こそ学校の教育力を結集して
  ・ コーディネーターを中心として
    研修を受けるなど,専門的知識の獲得を。校内の教育力を高める。
  ・ 対応の知識があるかないかで,結果は大きく異なってくる。
4 その他
(1)登校しぶり
  ・ 手が挙げられない,先生や友だちが接触しない,目立たない,グループ活動のとき何をしたらよいのかわからない→自己存
   在感が味わえない→登校しにくくなる
  ・ 教師が気にかける(1日1回は指名する),役割を与えるなど活躍の場を設ける
(2)学習障害
  ・ 知的遅れはない。
    聞けない・話せない・読めない・書けない・計算できない・計画できないなど,特定のものの習得と使用が困難。中枢神経系
   に異常を持つ。
   例:読めない子・・・・視線の異動ができない。繰り返し読んでくることを課題にしても意味がない。別の手段を考える。「文を指
    で指しながら読もうね」「定規をあてて読もうね」→適     切な行動が出やすい状況を考える。
(3)自閉症スペクトラム
   例:サッカーをしているとき友だちの腕があたった→「ぼくをいじめている!」
    *「友だちからたたかれた」だけが頭に残り,全体の文脈が理解できていない。
     (サッカーで腕があたったり,蹴られたりすることは時々はあることで,しかたない)
    →細かいことでも事前に説明しておく。〈当たり前のことが当たり前でない〉
   例:運動場が空いたので,急遽運動会の練習をすることにしたら,Aくんがパニックを起こした。
 *一般的に合理的であっても,全体像がつかめず,1つ先のことしか心の準備ができず,急な変更は不安心をあおってしまう。
  〈当たり前のことが当たり前でない〉
    「〜になるかもしれないよ」という予告。聞いて理解することが苦手な子が多いため,黒板に明示したり,紙に書いて掲示す
    る。
   例:パニックを起こしたら
 *言葉ではコンタクトできない。「書いて」対応する。「Bくんとけんかしたの?」「教室にはいたくないの?」教師が対応策を書い
 て知らせる。対話ノートをつくっておくとよい。
(4)注意欠陥・多動性障害
  ・ 落ち着かない,他動,衝動的
  ・ 6ヶ月の観察で判定するのが一般的。
  ・ 他動をしかる・・・・まったく意味がない。悪循環をつくってしまう。
  ・ 落ち着いてできたことをほめる。役割を与える。言葉だけでなく,シールをあげるなど,目に見える方法でほめる。がんばり
   ノートをつくって,「今日もシールがもらえたね」「今日は   全部◎がついたよ!」

第2日目

こころと規範を育てる道徳教育
明治大学教授 諸富祥彦先生

1 道徳教育の課題と3つの時代
  ・ 日本の文化の変化と大衆心理の変化
  ・ 現在の学校では,それぞれの時代に育った子が保護者になっている。
      …山口百恵型,松田聖子型,宇多田ひかる型の母親
  ・ 時代の変化…それに対応する「生きる力」が求められる。
  ・ 近未来に対する理想や希望がない
      …ほんとうにしたいこと,なすべきことは何か?
  ・ 生きる理由が見いだせない
      …つらくても○○があるからがんばれる,○○のためにがんばっているんだ。
  ・ 感動の道徳を学期1回は実践してほしい…教師の感動体験をぶつける。
  ・ 保護者会でエンカウンター‥‥仲間意識,仲間づくりを。
  ・ 今,男子が危ない・・・・ことばをもたない,傷つきたくない,責任を負いたくない,女性に告白できない→キャリアの問題(自分
   づくりの力‥‥キャリアエデュケーション)
 ○ 今,道徳がおもしろい
  ・ 教材の魅力・・・・読み物中心主義打破(エンカウンターなどの導入)
  ・ 指導方法の充実と多様化
2 なぜ規範意識が低下したか
  ・ 努力しても報われないという空虚感
  ・ 生きてあることの怖さ,畏れの感覚の欠如→畏敬の念がすべての価値の背後にある。
    畏敬の念・・・・人間を超えたもの。例:誰かに見られている,お天とうさんだけが知っている
  ・ 保護者の規範意識低下→何をやってもしかられない,許される。親が味方になってくれる。
3 規範意識の育成のために
(1)快楽主義よりも強い「正義の感覚」の育成
  ・ 学級,学校全体を
(2)教師の押しつけではない規範の育成
  ・ クラス会議・・・・子どもたちが作った現実に即した規範(実態をふり返り,これからを考えさせる)
  ・ なれ合い教師,しかれない教師
  ・ 勇気づけ・・・・投げやりな子へ「あなたのことを必要としているよ」というメッセージを送れる力量。空元気でも,演技してでも
   「明るい教師」
(3)「いつも誰かに見られている」
  ・ 人間を超えたものから視線を感じる。 スピリチュアルな感覚の育成
4「心を育てる」道徳教育の4つの視点
      新しい道徳…自己の心を見つめる
(1)自分自身との関わり
  ・ 教育の最大の目標…自己肯定感,自己有用感を育てること
  ・ 自分なんて価値がない人間→クラスの中での存在感を
  ・ 学級づくりが鍵となる。
  ・ エンカウンター「がんばり見つけ」・・・・年に3回ほど。行事のあとなどに実施すると効果的。
(2)他者との関わり
  ・ 自己肯定,他者肯定,アサーティブな人間関係
  ・ アサーショントレーニング(自己主張トレーニング)→言うべきことが言える。
  ・ きれる子‥‥集団の中で耐えて耐えて耐えている。そしてきれる。
    言うべきことが言えない子,友達の主張を聞けない子
  ・ 学級全体が1つの具体的なことに向かっている…荒れた学校の回復
  ・ 助けが求められないでいる子の存在に気づいているか。
(3)集団・社会との関わり
  ・ 自己貢献感‥‥人間は他から認められ,役立つと感じたとき生きる喜びを感じる。役割を与える。
    保健室登校の子がクラスに戻れたきっかけ・・・・カメが好き。カメ係としてがんばるぞ。
(4)人間を超えたものとの関わり 
  ・ 自分を見守ってくれているもの…例:星,涙をぬぐってくれる枕
  ・ 畏敬の念…どこかで誰かがあなたを見つめている。
5 新しい道徳教育のアプローチ
(1)モラルジレンマ(価値葛藤)・・・・命を救う1億円の薬,死にそうなわが子のために盗んでしまった。是非を討論させる。
(2)モラルスキルトレーニング(他者とのかかわり)・・・・意識はできるが実践できない。方法がわかって,ロールプレイすることで
  実践できるようになる。

子どもの発達と行動の評価
筑波大学教授 桜井茂男先生

1 発達とともに等身大の自信を持つようになるのか
(1)幼児期
  ・ 自己万能観をもっている。どんなことにも果敢に挑戦できるすごい時期。  
(2)小学校時代以降
・ 周囲に子どもと比較する(される)ことによって,徐々に等身大の自信を持つようになる。
  ・ できること,できないことを認識するようになる。それが個性になっていく。身の程を知る時期
  ・ 他人と比較・・・・上方比較(劣等感や苦手意識を持つ)・下方比較(自信・やればできる)
(3)何が問題なのか
  ・ 自分を客観的に見つめることができているか?等身大の自信を持つ成長を遂げているか?  
  ・ 自信過剰な子や自信が持てない子 
  ・ 「やればできる」と言われて育ってきた。実際にやってみるとできないのではないかという不安があるため,やらない。したが
   って,いつまでも幻想の世界に生きている。
  ・ ほんとうの自分がわからない。将来が見通せない。
(4)どうすればよいか 
  ・ 自分を見つめる機会をつくる。
  ・ 高学年になったら厳しい評価も必要。本来なら高学年くらいになると,自分の力を客観的に評価したいという気持ちを持つ。 
  ・ 「やればできる」という言葉には注意が必要。実際には「やってもできない」ことの方が多い。ほんとうにできると思えることな
   らよいが,その子の状況を理解しないで言葉をかけるも   のではない。
  ・ 「やればできる」という状況を整えることも必要。そして子どもが全力を出し切れるようなサポートも必要。
  ・ 誰にでもできないことはあるんだ,ということを知らせたい。
2 キャリア発達と学習意欲との関係はどうなっているのか
(1)幼児期
  ・ 知的好奇心が旺盛
    2〜3歳:拡散的好奇心(何でも知りたい,やってみたい)
    4〜5歳:特殊的好奇心(自分にとって興味深いことを追求)
  ・ 成長とともに得意と苦手が出はじめ,ただ単におもしろいこと,楽しいことをするだけのことであり,おもしろくないことや楽しく
   ないことはしない。
  ・ 親の承認を求める。
    うまくできると「ママ,できたよ」と言って,認めてもらおうとする。ほめればもっとむずかしいことに挑戦する。
  ・ 人の手を借りないでやろうとする。
    手伝おうとすると「自分でやる」・・・・自立の芽生え
(2)小学校時代(小4くらいまで)
  ・ 他者よりもできるようになりたいという達成欲求(優越欲求)が高まる。
    友だちとの競争によって自分が優れていることを示そうとする。
  ・ 個人内の比較ではなく,他者との比較(個人間比較)によって相対的に判断しようとする。
  ・ 他者よりも劣っているという無能感を味わう時期。支援が必要。個人内評価。
  ・ 夢の実現に向けてがんばる時期。夢は次々に変わることが多い。周囲にモデルのいることも多い。
  ・ 学習習慣を形成する好期。宿題などで机に向かう習慣づけ。
(3)中学校時代以降
  ・ 認識能力(知的能力:主に記憶力と思考力)が発達する。
    自分というものを深く考えるようになり,どんな職業に就きたいのか考えるようになる。
    幼児期からの経験により,自分が興味あること(特殊的好奇心)や自分の得意なこと(成功経験)が自覚でき,苦手なことも
   受容できるようになる。
  ・ 自己評価活動ができるようになる。自分で先を見通せる。
  ・ 実現可能な目標(職業:自分にとって興味あることで,しかも得意なことの延長線上)に向けてがんばろうとする。苦手なこと
  でも目標達成のためなら自発的に取り組むことができる。
  ・ 社会のためになることをしたいという思いが強くなる時期。
    幼児期に母親に愛された子は,愛する母親のために何かをしたいという思いになる。そして母親と仲良くしている人,母親同
   然自分を大切に扱ってくれる人も愛するようになり,この人   たちに何かしてあげたいと思うようになる。
  ・ こういった思いが一般化してくると,一般の他者に対しても何かしてあげたいと思うようになってくる。
(4)どのような対応が効果的か
  ・ 幼児期:子どもの好きなことを十分体験させる/親や保育者は子どもの才能を見いだし,それを言語化してあげる。  
・ 小学校時代:がんばることの重要性を教える/誰にでもできることとできないことがあることを伝える
  ・ 中学校以降:自分のこれまでをふり返り,将来を展望する時間を用意する/人生の目標を持つことを援助する/目標の達
   成と社会との関係について考える時間を持たせる

キャリア教育の課題
筑波大学特任教授 渡辺三枝子先生

1 なぜキャリア教育が導入されたか
(1)直接的原因
  ・ 子どもたちの社会性が育っているか?
    今行っている教育を見直す。
    「自立して社会の一員として生きる能力」
  ・ 若者の離転職率の増加‥‥フリーター,ニート
    学校から社会への移行困難 
  ・ 社会と乖離する学校教育への批判・・・・産業・労働界の教育界への要請
(2)間接的原因
  ・ 若者の生育環境の変化‥‥昔の子どもとはちがう。社会性の欠如
  ・ 社会全般が直面する変革期・・・・子どもたちの生育環境の変化
  ・ 自己責任の問われる社会への移行
(3)問題対処型思考への反省
  ・後追い指導‥‥本来の教育の意義・重要性に立ち返る必要性への警鐘
2 キャリア教育とは
(1)教育改革の理念
  ・ 教育全般の「見直しの視点」
    社会に出てからの適応のための学校教育を見直し,意味づける→今までの教育に付加価値を。
  ・ キャリアについての教育ではない
  ・ 新たな教育活動ではない→現在の教育課程の中に盛り込んでいく。+α
(2)「生きていく力」を育てる教育
  ・ 進路指導や職業指導との違い→自分で進路を決める指導やその職に就くための学習ではない。 
  ・ 学ぶ意欲,働く意欲との関連→将来働く,ということを前提とした人間教育(生涯学習)
  ・ 可能性のある子を育てる→未来が開けている。自己存在感・自己肯定感・自己有用感
(3)4つの能力の提案‥‥これを日々の指導の中で意識することが大切
  ・ 人間関係形成能力‥‥自他の理解能力/コミュニケーション能力
  ・ 情報活用能力‥‥情報収集・探索能力/職業理解能力
  ・ 将来設計能力‥‥役割把握・理解能力/計画実行能力
  ・ 意思決定能力‥‥選択能力/課題解決能力
(4)教師の理解と実践能力にかかっている。
3 キャリア教育の現状
(1)キャリアスタートウイーク(1週間の職場体験学習)の導入の功罪
  ・ これをやればキャリア教育をやったという勘違い
(2)企業家教育,職業教育,市民性教育との関係と混乱
  ・ 企業ベースの諸活動・・・・日常の教育にどう役立てるか?普段できないことを体験してみた,だけで終わっていないか。
(3)特定のゲームと結びつけたがる専門家の増加・・・・ゲームを通して
(4)進路指導軽視とその関係づけが不明瞭な現状
4 キャリア教育の成果
  3年間の実践校の掲げた成果
  ・ 教育の原点に戻れた              ・ 教師集団のまとまりの強化
  ・ 日常の教育の価値,カリキュラム改善の再認識   ・ 組織としての学校づくり
  ・ 地域との連携の強化
5 キャリア教育を成功させる鍵は何か
(1)全教師の理解が土台
  ・ 発達段階を考えた同じレベルの指導を。
  ・ 管理職の役割・・・・教師集団を一つにまとめ上げる。
(2)教師の基本的教育力の向上
  ・ 今が未来の土台・・・・今もキャリア。未来に向けて最高に生きる。
  ・ 柔軟な態度        ・ 観察力
  ・ コミュニケーション力   ・ 意思決定力
  ・ 情報活用力
(3)地域・保護者との協力体制
6 学校に求められている課題
  社会人・職業人として自立した社会の形成者の育成の観点から
  ・ 学校の学習と社会とを関連づけた教育
  ・ 生涯にわたって学び続ける意欲
  ・ 社会人,職業人としての基礎的な資質と能力
  ・ 自然体験,社会体験の充実
  ・ 発達に応じた指導の継続性
  ・ 家庭や地域と連携した教育  
〈参考文献:文部科学省「キャリア教育推進の手引き」2006〉
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