日本生活科・総合的学習学会神奈川大会 自由研究発表 発表原稿

   生きる力を育てる総合的な学習の時間の実践
  ― 地域総合単元「明治用水せせらぎ遊歩道のひみつをとき明かそう」の実践を通して ―

                                            愛知県知立市立八ツ田小学校  島原 洋

 総合的な学習の時間に対しては,多くの実践者がそれぞれの理論を組み立て,様々な実践が展開されています。本日,私がここで提案することを端的に言うならば「総合的な学習の時間は理屈ではない。地域,子どもたちの小さな疑問,そして情報掲示板,これだけあれば今すぐにでもスタートできる」ということになります。
 では,はじめに,私の総合的な学習の時間への思いについてお話します。私は,総合的な学習の時間のねらいを,次の2点ではないかと考えております。第1点目は「学び方」を身に付けることであり,第2点目は「生きる力」を身につけること,以上の2点です。
 第1点目の「学び方」は,問題発見技能/計画技能/資料収集,活用技能/判断能力,表現技能/発表技能,などの学習技能を身につけることです。
 第2点目の「生きる力」は「自分の生活を振り返り,新たな自分を創造していく力」と定義づけました。子どもたちは追究が終わったとき,「未知」を「既知」にします。そして,この既知,言い換えれば新しく手に入れた知識を生かして「自分の生活を振り返る」ことができるのではないかと考えております。 
 また,私は総合的な学習の時間のスタートは「児童の興味・関心に基づく疑問,知的好奇心,つまり?」であると考えております。教師の役割は,絶えず揺さぶりをかけながら,子どもたちの知的好奇心をくすぐり続けることだと思っています。
 では次に,実践にあたって私が押さえたいくつかの留意点についてお話しします。実践例につきましては,あとでまとめて発表することにします。
 私が押さえた第@点目の留意点は“間口が広く,奥行きのある題材”を用意するということです。このことにより,個性を生かした深まりのある追究ができるだろうと考えています。誰もが興味・関心を持つことができ,どこからでも切り込んでいける間口の広い題材を取りあげます。これは,個の能力差に対応することにも有効に機能します。
 第A点目は,地域に根ざした単元を設定することです。自分たちの住んでいる学区を取り上げ,行動しやすくすることで,いろいろな調査活動を体験し,常に地域を肌で感じながら学習をすすめることができます。いつでも行ける,いつでも体験できる,考えたときすぐに対象に向き合うことができる,これは総合的な学習の時間で不可欠の条件ではないでしょうか。また,地域単元の最大のメリットは地域の人々との交流を通して,人々の生き様に直接触れることができるということです。これは計り知れないほど貴重な体験となります。この体験が「自分の生活を振り返る」ことの大きな原動力となりうると考えます。
 第B点目は“ミクロの追究からマクロの追究へ”ということです。いきなりテーマに迫るような立派な問題を設定できる子はまずいません。些末な疑問でも,稚拙な疑問でも,まずは認めてやり,追究にかかります。些末に思えても,実は大きな問題を内包している場合もあるからです。まず思ったことを直ちにやってみよう,できることからやってみようということです。これも個の能力差に対応してきます。
 第C点目は“情報公開”です。お互いの追究結果を発信しあい,相互に情報交換することは,子どもたちの自己評価,相互評価にも有効に作用します。今回の実践ではポートフォリオ評価の導入を意識して取り組んでみました。その目玉として情報掲示板を中心とした追究を取り上げました。少し詳しくお話ししますと,「計画カード」と「結果カード」の2種類を用意し,1回の学習が終わるたびに追究の結果と次の時間の計画をカードに書きます。そしてそれを全員が情報掲示板に掲示します。次回からもどんどん重ねて貼っていく,というものです。この情報掲示板方式については実践の紹介の中で詳しくお知らせします。
 第D点目は表現物を数多く作成するということです。個性に合わせた“好きなまとめ方”ができるようにします。新聞,論文,パンフレット,そして地形模型や絵地図,音楽やダンスなど,内容や個性に合わせた任意のまとめ方ができるようにします。
 第E点目は,外部機関との連携です。今回は明治用水土地改良区と市役所です。これにより多面的で客観的な情報を得ることができます。これを自分の追究と重ね合わせることで,追究に広がりがでてきます。
 第F点目は,評価です。評価は以下の視点から考えました。
 @つ目は,子どもがする評価です。これは2つに分けて考えます。自分の学習を確かめるための自己評価と友だち同士のよさを見つけあう相互評価です。
 Aつ目は,教師がする評価です。子どもたち一人ひとりの学習の成果と問題点を確認するための評価です。 
 Bつ目は,教師の自己評価です。今後の指導の改善に向けて実践を分析する教師の自己評価です。
 以上の評価にあたって,情報掲示板が大きな力を発揮しました。学年全員のカードをすべて一度に見ることができ,追究の過程を子どもも教師も一目で知ることができるからです。
 G点目は追究問題の設定についてです。総合学習にとって解決問題の設定は成否を左右する重要なファクターです。今回の実践では“はじめに体験ありき”で,遊歩道を何度も歩きました。その過程で子どもたちは様々な疑問を持ちます。つまり知的好奇心をフルに発揮させます。それぞれの疑問を大切にしながら,それを時間をかけて検討し,自己の疑問を高め,さらに精選した上で自己の追究問題を設定します。そして同時に個性を生かした追究の見通しを立ててゆくのです。
 以上の8つのポイントを押さえた上でいよいよ実践に取り組みました。4年生での実践で,テーマは「明治用水せせらぎ遊歩道のひみつをとき明かそう」です。この遊歩道は明治用水が管路化されたことにより誕生した遊歩道です。用水を地下に潜らせて,その上部を歩道にしたというわけです。完成したのは平成7年,総延長距離はおよそ20数キロメートルです。
 実践にあたっての私の願いは次の通りです。
 明治用水遊歩道に関するさまざまな疑問を解決していくことで,遊歩道が作られた願い,地域に対して果たしている役割,人々の願いや努力などを明らかにする。その過程で学ぶことの楽しさを味わい,ものの見方・考え方を育てる,です。一口で言うならば,自分の力で調べることができる,そして学んだことを自分の生活を見直すきっかけにすることができる,の2点です。
 5月下旬,2時間使って遊歩道を自由に散策しました。そこから子どもたちが見つけてきたおもな疑問を紹介します。遊歩道の路面はなぜ土ではなく石粒でできているのだろう/せせらぎにはどんな魚がいるんだろう/遊歩道にはどんな虫がいるんだろう/遊歩道を利用する人はどんな人だろう/遊歩道はどこまで続いているんだろう/遊歩道にはどれだけの花があるんだろう/1年間に何人の人が遊歩道を使っているんだろう などです。
 大人から見ると些細な内容の疑問もありますが,こういった疑問をすべて個人の追究問題として認めました。ここからそれぞれの子の追究がスタートしました。お手元の資料では,その中からY子とK男の例を載せておきましたが,ここではY子の例を報告したいと思います。
 Y子がはじめに抱いた疑問は「遊歩道にはどんな花があるんだろう」です。花調べのため,Y子は何度も遊歩道を歩きました。はじめはスケッチしていましたが,そのうち図鑑を持って歩くようになりました。また,まとめをつくることを意識しはじめた頃にはカメラを持って歩くようになりました。思うように花の名前が分からないため,遊歩道を歩いている人や家族などにも名前を聞いて調べていました。しばらくたった頃,新しいアイデアとして遊歩道の地図を作り,その上に花壇の位置を記した遊歩道花マップを作ろうという考えが浮かび,この方向へと学習を広げていきました。そして1回の学習が終わるたびに今日の結果を報告カードにまとめ,次回の計画を計画カードを書き,情報掲示板に貼っていきました。
 6月のある日,Y子は友だちの情報カードからヒントを得,明治用水土地改良区を訪れることにしました。するとそこで,花や木の維持管理は市役所の都市計画課が担当していることを知り,さっそく次の時間に都市計画課を訪れることになりました。市役所を訪れたY子は,花の種類と数を正確に知ることができました。季節によって咲く時期をずらし,年中花があるように工夫していることも知りました。その数はおよそ20種で,花の数は不明ということでした。ちなみに木はおよそ40種4万本ということでした。とりあえずY子は自分の「未知」を「既知」にすることができたのです。Y子は第1次課題をクリアしたのです。
 しかし,Y子はこの段階で,いつもきちんと手入れされている花壇を見て,「こんなにたくさんある花を一体だれが世話しているんだろう」という疑問を持っていました。新たな「未知」が生まれたのです。それは情報掲示板にあったT男の疑問「せせらぎに住んでいる魚を調べよう」から刺激を受けたものです。T男は魚の種類を調べ終わったあと,こんなにたくさんの鯉のせわを,一体誰がしているんだろうという疑問に変容していたのです。それを情報板から知ったY子も自己の疑問が次の段階にステップアップしたのです。こういった効果は他にも多く見られました。めざす方向が同じだと気づいたグループは途中で合体していきました。その効果もあり,スタート時点では多種多様であった追究問題が,1学期の終わりには次第に収束されてゆきました。子どもたちは,私たちが考えた以上に情報掲示板を活用しているのです。
 ここまでのY子の追究の流れをまとめると,「たくさんの花や木がきれいに植えられている」→「名前を調べてみたい」→「どこにどんな木や花が植えられているか地図にまとめてみたい」→「いつも花壇はきれいだ」→「一体だれが植えて,だれが世話をしているんだろう」というふうに,花調べから人調べへと追究が高まってきています。花壇を守っている人々に目が向くことにより,生きる力へも迫っていくことができるのではないかと思います。
 9月になって,Y子は遊歩道の花マップづくりを続けながら,だれが花を植えて誰が世話をしているのだろうという調査を始めました。まずはじめに取り組んだのは,歩いている人,そして遊歩道沿いに住んでいる方への聞き取り調査です。「花を植えたり,肥料をあげたり水かけしている人を見たことはありませんか」という質問を何時間も続けました。途中,9月30日に「市役所の人がやっているんじゃないの」という情報を手に入れたり,10月14日,11月18日には「なんとか造園という会社のトラックを見た」という情報を手に入れます。
 11月27日,Y子は偶然授業中に業者の方が作業しているのを教室の窓から発見しました。すぐに飛び出していき,聞き取り調査をしました。その結果,アイシン緑化という会社が市からの依頼で年に5〜6回見回りをしてせん定や植えかえ,消毒をしていることを知ったのです。ここでY子は「市からたのまれてやっている」という点に興味を示し,さっそく次の時間に再び市役所へ聞き取りに出かけました。そして年間何百万円という税金を使って維持管理していること,いくつかのボランティア団体が協力していることを知ったのです。税金の意味がよく分からなかったY子は,税金の勉強にも取り組みました。そして税金を使って遊歩道を整備していることに,たいへんなおどろきを示しました。
 この体験から,Y子の意識は「花を守ろう」という方向へ向かいました。そして情報掲示板から知ったS男の「遊歩道の木を大切にしよう」と一緒になって,環境を守ろうという段階へと進んでいったのです。しかし4年生ですから,それほど立派なことはできません。Y子は遊歩道花マップの中に「みどりを大切にしよう」コーナーを設けて,利用者にみどりを守ろうと訴えることにしました。
 12月,遊歩道花マップを完成させたY子は,200部印刷し,寒い中を遊歩道を歩く人たちにすべてを配りました。このマップをもらった方のうち,数名の方が励ましの手紙をくださいました。その中には「今まであまり花を気にしながら歩いたことはなかったけど,これからは花を楽しみながら歩きますよ」とか「草をぬいたり,ごみを拾いながら歩くようにするよ」といった内容のものもあり,Y子を喜ばせました。
 3学期の学習として「ゆめの遊歩道をつくろう」というテーマに取り組みました。これは明治用水土地改良区主催行事の「遊歩道シンポジウム」に向けての活動という側面があります。遊歩道シンポジウムというのは,明治用水側から理事長,行政側から農林省,県,そして市の担当者を招いて子どもたちの意見を聞こうという位置づけで設定された会合です。この会合は本校の子どもたちが遊歩道の追究を長期にわたって継続していることを知っている明治用水土地改良区の方が,発表の機会として開いてくださったものです。
 Y子にとってのゆめの遊歩道は「花や木の博物遊歩道」です。自分のつくったパンフレットをこの場でも配り,「遊歩道の花や木にはカンバンのないのがある。調べていてわからない花や木がたくさんあった。だから木や花に全部カンバンがあるといいな。それから,名前しか書いていないので,ちょっとしたせつめいが書いてあるといいな。そうすれば遊歩道に来た人は博物館に来たように,花や木の勉強ができる。それからみどり募金をしたい。遊歩道に募金箱をおいて,花や木を守るために使いたい。」と発表しました。
 これに対し,行政側の方からは「すぐにできそうなこともあるから,できることから順番にやっていくよう考えます」というコメントをもらいました。なお,この様子は地元紙に掲載され,またテレビニュースでも放送されました。この遊歩道シンポジウムは,自分たちの追究してきたことをもとに築き上げた各自の主張を,直接行政担当者に聞いてもらうという得難い体験でした。学習のまとめとしてはこれ以上の舞台はありません。子どもたちはどの子もやりとげた喜びを味わうことができました。
 では最後に,実践を終えての私の思いを述べさせて頂きます。今回の実践で最も有効であったのは情報掲示板です。
 2種類のカードは実践を重ねるにつれ,どんどん増えてきます。子どもも教師も,一人一人の追究の過程を一目で知ることができます。重ねて貼ってあるので,めくっていけば4月当初の様子も知ることができます。子どもたちは友だちのカードを見て,自分と同じ方法をとっている子があれば声をかけ,次回からいっしょに行動したり,自分の追究の参考になりそうな子を見つけたら,次の時間はいっしょにやって教えてもらおう,と,グループにいれてもらったりします。はじめは些末な疑問であっても,こういう過程を経ることで次第に高まり,そして収束してくるのです。また,追究が高まってくると,同じ疑問をもった子が集まってグループを作り,自分の追究結果を出し合って話し合いがなされ,ワンランク上の追究が始まります。これこそ子どもたちの自己評価,そして相互評価ではないかと考えています。また,教師も常にそれぞれのカードを見続けているので,一人一人の追究の様子を常に把握することができます。このことが教師の評価,そして支援に大きく役立ちました。また,このような情報掲示板を核とした追究パターンを設定することで,子どもたちは身をもって学び方を身につけることができたとも思っています。
 今後の実践課題として2点申し上げます。
 第1点目は,総合的な学習の時間における基礎・基本の大切さです。総合的な学習の時間で最も問題になることは,「自分の思うように学習が進められない子」ではないかと思っています。立ち止まり,いらだち,停滞する。そういう子はきっと総合嫌いになってしまいます。取材などを通して得た情報を自分のものにできない子,自分の感動や発見をうまく文にまとめられない子,まとめの表現物作りができない子など,一部に問題を抱えた子もありました。できるだけ友だちやグループの力で支援していくことを基本としましたが,やはり教師が手を出したり,口を出したりしたこともありました。総合嫌いを出さないこと,これは絶対的な条件です。自分なりの見通しを持って進めていける子はほおっておいてもだいじょうぶです。どうしていいか分からないでいる子には,教師が口も手も出し,「これをやってみたら」「こういう方法もあるよ」などと,教師といっしょに追究していくという姿勢が必要であるということです。
 第2点目は評価についてです。どうしても「できた」「できない」に目が向き,次に,できたことのレベルに目が向いてしまいました。どうも教科の学習と同一の視点から見る習慣が抜け切れませんでした。情報掲示板からの読みとりは,計画と結果が中心となります。この計画と結果の過程については十分に把握できたとは言えませんでした。新指導要録では各学校ごとに評価の観点を設定することになっています。今後は,これらのことも考慮し,情報掲示板に加えて,途中経過を短いサイクルで評価していく方法を考えていきたいと思っています。

 以上で私の実践報告を終わります。