悪魔はシャイに I Love You 志咲摩衣 |
「……神崎先生」 「オッケー、悠乃サンの学校の神崎先生、だね」 彼はやさしく微笑って、すうっと消えた。 その夜は、キレイな悪魔サンの貌が頭のなかをぐるぐる回って、なかなか寝つけなかった。 神崎貴史(たかし)先生は、まだ若くて二十五歳。背が高くて格好いい、女子生徒に人気の先生だ。わたしの好みは、大人っぽくてキレイで格好いいひと。背が高くて、ちょっぴり男っぽくないとダメなのだ。かわいいタイプは、脳細胞を素通りするらしい。 今日の一限めは数学、神崎先生の授業だ。 「誰か数学のプリントやってねぇ?」 朝っぱらから、北条くんが叫んでいる。 ちょっと雰囲気が格好いいけど、子どもっぽいのよね、彼は。 「山本ならやってきてんじゃね?」 メガネでちょっとオタク入った三田村くんの声。 「山本ォー、山本クーン」 山本くん……ってどんなひとだっけ? 「……うっせぇよ、三田村。すぐ近くでひとの名前を連呼してんじゃねぇ」 やだ、気づいてもらえなかったんだ、このひと。 「うわっ、山本。おまえ、いつのまに来てたんだ?」 北条くん、それは失礼よ。 「影うすっ! 存在の耐えられない軽さだな、山本!」 そんなタイトルがするっと出てくるなんて、さすがオタクだわ、三田村くん。 数学の授業がはじまる。 やっぱり、神崎先生の声はよく響く低音で心地よい。 先生らしく渋めに抑えたスーツ姿が細身の長身に品よくキマっていて。 最近、読んでいる恋愛ファンタジィ小説の騎士が、わたしのなかで神崎先生の顔や声をしているというのは、かなり恥ずかしい秘密だ。マンガみたいな挿し絵がついてるけど、あれじゃ物足りないのよね。 数学はあまり好きじゃなかったけど、神崎先生の授業はわかりやすくて、中学のころより成績がちょっと上がった。格好いいだけじゃない、立派な先生なのだ。 でも──こんな大人で格好いい先生が、わたしの彼氏になってくれるなんて、ホントなのかな? "キミの恋をかなえてあげる" 神崎先生より甘い声が頭に響いた。 「やっぱ、あたし、北条くんにチョコあげる」 昼休み、お弁当を食べながら、仲のいい田中絵里が小声で言う。 「ねぇ、悠乃は? やっぱ、神崎先生?」 「どうかなァ」 わたしはちょっととぼけて微笑った。 背が高くて大人顔のせいか、わたしは周りから落ち着いた女のコと思われているらしい。それに気づいたら、同い年のほかの女のコたちみたいに、ひとまえではしゃげなくなってしまった。 「いいなァ、悠乃はいつもクールだよね」 「絵里みたいなほうがかわいくていいよ。わたしもあと5センチ小さかったらな」 「ええーっ、小さい悠乃なんて想像できない。男子もモデルみたいにキレイな水梨さんって言ってるよ」 そのせいか、実はあんまり男子が話しかけてこないんだよね。 自分から話しかければいいとは思うんだけど、なんだかうまくいかなくて。 だから──。 "……オレはキミの恋をかなえるために来たんだ" キレイでやさしい微笑み。 "おい、そんなに笑うなよ" 不機嫌そうな声。 「悠乃?」 あのひとは、ホントにわたしの願いをかなえてくれるんだろうか? かなえちゃうんだろうな……彼は"悪魔"だから。 「ねぇ、悠乃さ、マジで好きなひとができたんじゃない?」 「えっ?」 わたしはハッとして絵里の顔を見る。 「今日、なんかヘンだよ。すぐ、ぼーっとして」 「あ、ありえない。ありえないよ。だって……」 "彼"は人間じゃないもの。
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