「え?」
キレイな銀色の悪魔サンは、驚いたようにわたしの顔を見た。
「わたしの好きなひとは、数学の神崎先生なの」
なぜか──彼はちょっぴり哀しそうな貌をしたような気がした。
Scene 3
不思議な恋は悪魔の姿をして
「オッケー、悠乃サンの学校の神崎先生、だね」
彼はやさしく微笑って、すうっと消えた。
その夜は、キレイな悪魔サンの貌が頭のなかをぐるぐる回って、なかなか寝つけなかった。
神崎貴史(たかし)先生は、まだ若くて二十五歳。背が高くて格好いい、女子生徒に人気の先生だ。わたしの好みは、大人っぽくてキレイで格好いいひと。背が高くて、ちょっぴり男っぽくないとダメなのだ。かわいいタイプは、脳細胞を素通りするらしい。
今日の一限めは数学、神崎先生の授業だ。
「誰か数学のプリントやってねぇ?」
朝っぱらから、北条くんが叫んでいる。
ちょっと雰囲気が格好いいけど、子どもっぽいのよね、彼は。
「山本ならやってきてんじゃね?」
メガネでちょっとオタク入った三田村くんの声。
「山本ォー、山本クーン」
山本くん……ってどんなひとだっけ?
「……うっせぇよ、三田村。すぐ近くでひとの名前を連呼してんじゃねぇ」
やだ、気づいてもらえなかったんだ、このひと。
「うわっ、山本。おまえ、いつのまに来てたんだ?」
北条くん、それは失礼よ。
「影うすっ! 存在の耐えられない軽さだな、山本!」
そんなタイトルがするっと出てくるなんて、さすがオタクだわ、三田村くん。
数学の授業がはじまる。
やっぱり、神崎先生の声はよく響く低音で心地よい。
先生らしく渋めに抑えたスーツ姿が細身の長身に品よくキマっていて。
最近、読んでいる恋愛ファンタジー小説の騎士が、わたしのなかで神崎先生の顔や声をしているというのは、かなり恥ずかしい秘密だ。マンガみたいな挿し絵がついてるけど、あれじゃなんだか物足りない。
数学はあまり好きじゃなかったけど、神崎先生の授業はわかりやすくて、中学のころより成績がちょっと上がった。格好いいだけじゃない、立派な先生なのだ。
でも──こんな大人で格好いい先生が、わたしの彼氏になってくれるなんて、ホントなのかな?
"キミの恋をかなえてあげる"
神崎先生より甘い声が頭に響いた。
「やっぱ、あたし、北条くんにチョコあげる」
昼休み、お弁当を食べながら、仲のいい田中絵里が小声で言う。
「ねぇ、悠乃は? やっぱ、神崎先生?」
「どうかなァ」
わたしはちょっととぼけて微笑った。
背が高くて大人顔のせいか、わたしは周りから落ち着いた女のコと思われているらしい。それに気づいたら、同い年のほかの女のコたちみたいに、ひとまえではしゃげなくなってしまった。
「いいなァ、悠乃はいつもクールだよね」
「絵里みたいなほうがかわいくていいよ。わたしもあと5センチ小さかったらな」
「ええーっ、小さい悠乃なんて想像できない。男子もモデルみたいにキレイな水梨さんって言ってるよ」
そのせいか、実はあんまり男子が話しかけてこないんだよね。
自分から話しかければいいとは思うんだけど、なんだかうまくいかなくて。
だから──。
"……オレはキミの恋をかなえるために来たんだ"
キレイでやさしい微笑み。
"おい、そんなに笑うなよ"
不機嫌そうな声。
「悠乃?」
あのひとは、ホントにわたしの願いをかなえてくれるんだろうか?
かなえちゃうんだろうな……彼は"悪魔"だから。
「ねぇ、悠乃さ、マジで好きなひとができたんじゃない?」
「えっ?」
わたしはハッとして絵里の顔を見る。
「今日、なんかヘンだよ。すぐ、ぼーっとして」
「あ、ありえない。ありえないよ。だって……」
"彼"は人間じゃないもの。