目のまえには憧れの神崎先生……そっくりの彼。
ドラマのヒロインの真似をして、彼にスプーンを差し出した。
彼は……一瞬スプーンを凝視してから、飛びのくように後ずさった。
真っ赤になってうろたえた彼は、神崎先生の顔なのに、全然先生に見えない。
三百年以上生きてる悪魔が、こんなに可愛いってあるのかな?
Scene 7
オレじゃ、ダメか?
ああ、ドキドキする。
悪魔サンに気づかれないように、パフェに夢中なフリをした。
彼のほうは真っ赤になった顔を隠すように、うつむき加減で頬杖をついて外を眺めるポーズ。これじゃ、初デートのカップルみたい。恥ずかしながら、わたしは、はじめてのデートなんだけど。でもね、悪魔サンも絶対デート慣れしてないと思う。あんなに格好良くてキレイな顔をした"悪魔"のクセに。でも、なんだかうれしい。
「悪魔サン?」
「……え?」
火照った顔のまま、彼ははすに構えてちらりとこちらを向く。
「もうひとくち食べる?」
わたしはまたスプーンを差し出した。
「……も、もういい。悠乃サン、あと食べて」
あ……呼び方が悠乃サンに戻った。今日は神崎先生役だから、わざと水梨さんって呼んでくれてたんだと思うけど、やっぱり悠乃サンって呼ばれるほうが好きかも。
「でもこれ、わたしだけじゃ全部食べきれないし」
「あ、ああ、そうだな」
彼は軽く咳払いしてネクタイをゆるめ、パフェをつつきはじめた。みかんを食べるのと同じで、几帳面に手前からアイスを四角く崩してゆく。お弁当もちゃんと端からキレイに食べるひとなんだろうな。
「このサクサクしたとこ、うまいね」
彼が焼いたメレンゲを食べながらぼそりと言う。
「そこはアイスと一緒に食べなきゃ」
「ああ、なるほど。食感が違うってやつか」 妙にふつうに感心する彼。今は神崎先生の姿だから、なおさら悪魔と思えない。
「ね、悪魔サン。プリクラ撮らない?」
お店を出てすぐ誘ってみた。カレシとプリクラ、してみたかったんだ。
「……どこに貼るんだ?」
「ケータイ、とか?」
「神崎先生とツーショじゃ、まずいんじゃない?」
「……そっか。まずいよね」
たしかに、誰かに見られたらまずい──けど。
「あのさ……」
悪魔サンがなにか言いかけて、やめた。不思議に思って見あげると、彼がなにかを見てかたまっている。その視線の先に──。
南先生と歩く神崎先生がいた。
目を逸らしたいのに、なぜかわたしは、楽しげなふたりをじっと見つめている。このまま歩けば、確実にすれ違う。
ふいに、肩にぬくもりを感じた。"彼"がわたしの肩を引き寄せたとわかるのに、少し間があった。
見あげると、彼はもう神崎先生そっくりじゃなく、いつもの悪魔サンの顔に戻っていた。ただ、角も翼もなくて、銀色の髪と瞳はやわらかいブラウンに変わっている。
「悪魔サン……」
「大丈夫、悠乃サン。オレがついてるから」
よく響く甘い声でささやいて、彼はキレイに微笑った。
神崎先生の笑い声が近づいてくる。わたしはまた、先生のほうを見てしまう。その時、先生と目が合った。神崎先生が「あっ」と声をあげると、南先生もわたしに気づいて照れくさそうな貌になる。わたしは思わず学校でするように、ぺこりと頭を下げた。神崎先生は悪戯っぽく笑って──そうして、わたしたちはすれ違った。
先生たちとすれ違ってから、わたしはうつむいたまままっすぐ歩き続けた。彼はわたしの肩を抱いたまま、なにも言わずにゆっくりと歩いてくれる。
「……はい」
彼がわたしの目のまえになにか白い物を差し出した。
──ハンカチ?
わたしは、いつのまにか泣いていたらしい。
彼は歩道の端にわたしを引き寄せて「……ごめん」とつぶやくように言った。
その言葉に、なぜかまた涙がぽろぽろ溢れてきた。失恋よりも、あのふたりを魔法で引き裂こうと思った自分がとても厭だった。このひとが止めてくれて、本当によかった。わたしはいつのまにか彼の広い胸に顔をうずめていた。
どれくらい、そうしていたんだろう。たぶん、たいした時間じゃないけど、顔をあげるのが恥ずかしい。
気がつくと、彼の腕がいつのまにかわたしの背中を抱いている。
そして、ふいによく響く甘く低い声が耳元でささやいた。
「オレじゃ、ダメか?」