言葉の海 第1巻






オー ブレネリ


私は子どものころブレネリという少女は気が狂っていると思っていた
自分の家を訊ねられて「スイッツランドよ!」と答えるのはいいとしても(本当は良くない。家を訊ねられて国名を答える人はいないと思う)、その後「ヤッホー、ホットラララ♪♪」と繰り返しながら野山を踊り歩く様は、どう考えても正常じゃない
私はいつもなんだかとても変な気持ちでこの歌を歌っていた。

その上、この歌を口にするといつも必ず頭に浮かんでくるのは映画『サウンド オブ ミュージック』に出てきた「ひとりぼっちの羊飼い」の歌である。

「ひぃとりぼっちの ひぃつじかぁい♪♪」

このあとのヨーデルがいつまでも覚えられなくて、私はこう歌っていた。
「ハレホレ ハレホレ ハッレッホ!」

しいヨーロッパアルプスを背景に、ブレネリと羊飼いが、一方は「ホットラララ♪」、他方は「ハレホレ ハレホレ♪と歌い、踊り、歩いていく。ほとんどおぞましいとしか言いようのない風景である。





雨女・雨男

この言葉を覚えたのは多分小学校の4年生くらいの頃だった。
なんとなくロマンチックなイメージもあって、「雨女って呼ばれるのもいいな」と思ったりもしたが、大人になって分かったことは、ひとの計画をことごとくつぶす迷惑なヤツだということだけだった。

それにしても雨女がいる以上、冬この人が参加すると必ず雪、ということだってありそうなものだ。しかしその人を「雪女」と呼ぶことはない。意味が変わってしまう。
「ねぇねぇ、あの人ね、雪女なんだって……」と呟けば、それはほとんど民話か怪談の世界である。
そしてそれが男性で、けっこう毛深い人だったら必ず怒りだす。

「ねぇねぇ、アンタ雪男なんだって?」





名前1

もうずいぶん前のことになるが娘が生まれたとき、夫は十日近くも命名ができず悩んだ。実はずっと以前から考えていた名前があったのだが、いざ生まれて姓名判断を頼んだら、とんでもなく恐ろしい名前だったとかで、日ごろは信心のかけらもない人がこのときばかりは思案に暮れたらしい。

けれど実際に困っているのは、むしろ24時間一緒に過ごしている私たちの方だった。話しかけようにも名前がないのだ。そのころ私は実家にいたのだが、困った私の母は、ついに「ナナ」(名なしのゴン子のナナ)と呼び始めた。
日曜日に訊ねてきた夫は、これを聞いて愕然としたらしい。以後、相談の電話がひっきりなしにかかるようになった。

名前が果たしてどこまで重要なものか、私にはよくわからないところがある。
昔、テレビに「なめかた・しれず」という名前の人が出てきたことがある。漢字で書くと「行方不明」という本名。ここまで来ると確かに問題はある。

けれど名前は必ずしも体を表さないという事実を私は知っているのだ。
自慢ではないけれど(といいながら、実はかなり自慢なのだけれど)、私は小柄でやさしく、物静かなひとりの老人を知っている。
その人の名は、「獅虎象(しこぞう)」という。





名前2

自分が結婚してどんな姓を名乗ることになるかということは、ほとんど考えたことはなかった。そもそも自分の結婚ということすら考えていなかったのかもしれない。
そのくせお節介なことに、友だちのことはあれこれと心配に余念がなかったからイヤな子どもだった。

真紀ちゃんは原さんのことを好きになったらどうするんだろう。伊達さんもだめだし輿(こし)さんなんて人に結婚を申し込まれたらたいへんだ。

マリアなんていう名前の人がいて(めったにいるはずもないが)安部さん家に嫁ぐことになったらステキだろうな。でもそれがお坊さんだったら困りはしない?

金井さんの奥さんは「金井の家内です」なんて自己紹介するのかしら。
若い日はヒマな日でもあった。





名前3

夫は高校3年生になるまで「アリストテレス」を「『アリス」と『テレス』」だと信じていた。





情事

これも夫の話。
まだ彼が小学生の頃、町の映画館に『昼下がりの情事』という映画がかかった。母親に手を引かれてその絵看板の前を通りかかった夫は、ルビのふられた漢字を読み、母親に訊ねたという。

「ジョウジってなんだ?」

義母も困ったと思うが、このときは冴えていた。
「それは出来事のことよ」と教えたのである。
「真昼の出来事」……悪くない。

覚えればすぐに使ってみたがるのがその年頃の男の子。彼は翌日学校に行くと得々として叫んだ。

「オレさァ、きのうウチでスッゲェ情事見ちゃってよォ〜
………





??

時々思うのだが、この字はなんと読むのだろう。今でも読めない。
「々」





味噌

ある食品が存在するかどうか
で夫婦喧嘩になりそうになったことがある。

夫は茨城出身の友だちから聞いたから間違いないと言い、

私は冷ややかに常識に照らし合わせるとそんなものあるはずがない、と主張した。

社会科の教師である夫はペダンティックに知識をひけらかし、野田や銚子は醤油で有名だとか、ナントカ台地は国産大豆の有数の産地だとか、さらについでに「茨城」は「イバラ」が正しく「イバラ」じゃないなどとひとくさりウンチクを垂れ、水戸と言えばご老公だとか、今にも印籠を出しかねない勢いでまくしたてた。

私は一言、どう考えても常識に反する、と言っただけであった。

その食品とは味噌である。
しかしただの味噌ではない。
信じがたいことだが、夫は茨城に「黄門味噌」という名の名物味噌があると主張するのだ。
漢字で書けばナンのことはないが、コウモン」「ミソと聞いて食欲をそそられる人がいるだろうか?
100歩譲って「味噌黄門」(水戸黄門のダジャレ)なら認めてやってもいい。けれど「黄門味噌」ではイメージに圧倒されてしまうじゃないか。

コウモンミソなんて、あってたまるか!!