文庫で入手できるシャーロック・ホームズ・シリーズ

　シャーロック・ホームズ・シリーズの邦訳は、多くの出版社によって刊行されてきました。現在入手可能な文庫版のリストと特徴を、出版社別にまとめてみました。各社により邦題に違いがあり、必ずしも原題の直訳とは限りません。また、どこが特に優れているということもありません。これから読んでみようという方の参考になればと思います。

創元推理文庫　――　訳者　阿部知二；深町眞理子

• 古くから文庫版を刊行している老舗。『シャーロック・ホームズの事件簿』だけは著作権の関係で長らく刊行できなかったが、ドイルの没後60年に当たる1990年に著作権が切れ、翌1991年にようやくシリーズ全編が刊行された。当初の訳者である阿部知二氏（1973年没）に代わり、『事件簿』は深町眞理子氏が訳者を務めている。
  
  
• 時代がかった雰囲気のある訳文がやはり魅力。刊行時期が新しい『事件簿』を除くと字が小さいのが難点だが、2006年4月に『緋色の研究』の新版が刊行された。他の作品についても新版の刊行が望まれる。
  
  
• 『事件簿』のみ、「ストランド・マガジン」掲載時の挿絵を完全収録。
  
  
• 『回想』に収録の「ライゲットの謎（The Reigate Squires）」において、手紙の挿絵を日本語にしてしまっているのは非常に残念である。
  
  
• 深町眞理子氏による新訳版が順次刊行。

新潮文庫　――　訳者　延原謙（改版　延原展）

• 東京創元社より早くから文庫版を刊行。全編邦訳を最初に実現する。最も入手しやすく、訳文も雰囲気を残しながら読みやすい。暗号文など必須のもの以外の挿絵はなし。なぜか、通し番号順だと『思い出』と『帰還』が逆である。
  
  
• 訳者の延原謙氏（1977年没）の嗣子である延原展氏によって、表現・表記の改訂が行われた。現在入手可能なものは、この改訂版である。
  
  
• 初版刊行当時のページ数の制約から、『冒険』『思い出』『帰還』『事件簿』からそれぞれ1〜3編が割愛された。これを補うため、割愛された計8編を『シャーロック・ホームズの叡智』として刊行した。これは原書には存在しないタイトルである。分厚い文庫が珍しくない現在でも、この枠組みはそのままとなっている。
  
  
• 「ライゲートの大地主（The Reigate Squires）」の手紙の挿絵は英語になっているが、「ストランド・マガジン」掲載時の挿絵と違い、"at"と"to"の間の"quarter"が窮屈になっているという特徴がわかりにくい。　※既読の方のみ反転してください

ハヤカワ・ミステリ文庫　――　訳者　大久保康雄

• 創元推理文庫版同様に原書に従った構成。縦長の装丁で知られるハヤカワ・ポケット・ミステリとして刊行されていたものの文庫化である。
  
  
• 短編集の各編扉ページ裏にのみ、「ストランド・マガジン」掲載時の挿絵を収録。
  
  
• 大型書店に行かないと見つけるのは難しく、早川書房のサイトでもほぼ品切れ状態。
  
  
• 「ライゲートの大地主（The Reigate Squires）」の手紙の挿絵は、新潮文庫版と同じだが、こちらの方が鮮明で特徴が出ている。

光文社文庫　――　訳者　日暮雅通

• 2006年に刊行が始まった新訳。
  
  
• 「ストランド・マガジン」掲載時の挿絵を一部収録。
  
  
• 原書では『最後の挨拶』に収録の「ボール箱（The Cardboard Box）」を、『回想』に収録している。元々『回想』の時期に書かれたものだが、内容が扇情的に過ぎるとの理由から、ドイルの意向で『回想』から外された。この際、冒頭のホームズがワトスンに読心術を披露するシーンが、「入院患者（The Resident Patient）」に移される。「ボール箱」は後に『最後の挨拶』に収録された。
  
  
• 1928年にジョン・マリー社から短編全集（1巻本）が刊行される際に、「入院患者」から再度読心術のシーンが削除されたが、「ストランド・マガジン」掲載時とは冒頭の一部に違いが生じた。邦訳文庫版の多くはジョン・マリー社版に基づいているが、光文社文庫版『回想』に収録の「入院患者」は、「ストランド・マガジン」掲載時のものとなっている。
  
  
• 「ライゲートの大地主（The Reigate Squires）」の手紙の挿絵は、新潮文庫版、ハヤカワ文庫版と同じ。ジョン・マリー社版の挿絵なのだろうか?

角川文庫　――　訳者　石田文子；駒月雅子

• 全巻刊行されるかは不明。訳者は1人ではない。
• 光文社文庫版と同様に、「ボール箱（The Cardboard Box）」は『回想』に収録。

ちくま文庫　――　解説と注　William S. Baring-Gould／監訳　小池滋

• シャーロッキアンであるベアリング・グールドの研究に基づき、必ずしも年代が明記されていない各編を事件発生順に全10巻に編成したという画期的全集。
  
  
• 『詳注版シャーロック・ホームズ全集』と銘打たれるだけに、膨大な解説と注を収録。第1巻に至っては、ホームズの学生時代に発生した「グロリア・スコット号」「マスグレーヴ家の儀式」の2編以外は論文で占められる。研究書という色合いが極めて濃い。
  
  
• 別巻は全10巻の固有名詞の索引になっている。参考までに、以下のような収録順である（【冒険-1】とは、原書の収録順を示す）。
  
  
• 全巻セットでのみ販売が継続されていたが、現在は品切れ。

講談社青い鳥文庫
　　　――　訳者　日暮雅通／絵　若菜等+Ki（旧版）；青山浩行（新装版）

• 長編4作品、短編56作品を全16巻に再編。児童書のため、1冊当たりの収録短編数は4〜6編となっている。
  
  
• 訳者名の表記は、「日暮まさみち」となっている。
  
  
• 2010年11月より新装版の刊行開始。これに伴い、新たな番号が付与されている。全16巻を毎月刊行予定。
  
  
• 邦題が大きく異なるものが一部ある。創元推理文庫版の邦題では、「変身」は「唇のねじれた男」、「囚人船の秘密」は「グロリア・スコット号」、「真夜中の納骨堂」は「ショスコム・オールド・プレース」に当たる。新装版では一部邦題、収録順の変更がある。
  
  
• 旧版の絵は劇画調だったが、新装版の絵はアニメ調に変わった。