蒼井上鷹 02 | ||
出られない五人 |
デビュー短編集『九杯目には早すぎる』に続いて刊行された本作は、ある意味で最も蒼井上鷹さんらしさが出ている作品である。しかし、これから蒼井作品を読もうとしているなら、忠告しておきたい。本作を最初に読んではいけない。
東京郊外のビルの地下にあるバー〈ざばずば〉は、急逝した酩酊作家アール柱野が通い詰めた店だった。改築工事を控えた夜、とっくに閉店した〈ざばずば〉に5人の男女が密かに集まった。アール柱野を偲んで一晩語り明かそうという趣向なのだった。ところが、突如地震が発生し、崩れた箱から身元不明の死体が転がり出てきた…。
一言で述べればシチュエーション・コメディだろうか。シャッターは翌朝まで施錠され出ようにも出られない。密室状態の中、死体を目の前にして疑心暗鬼に陥る5人。高まる緊張感…というのが本格の定番だが、読んでいてちっとも緊張感は高まらない。
シャッターくらいぶち破ろうと思えばぶち破れるだろう。このタイトルは、物理的に出られないという意味ではない。それぞれに、出るに出られない理由があった。ううむ……趣向としては面白いのだが、その「理由」というのがあまりにも弱い。
「理由」を裏付けるように、各人物が抱える事情を一生懸命に書いているのが涙ぐましい。その労力は認めてあげたいが、哀しいかな、書けば書くほど逆に人物が弱くなっている。架空の作家アール柱野がこれまた弱く、作品を読んでみたいと思えない。
さらに終盤のドタバタも弱い。何から何まで「弱い」尽し。ひいき目に見てもミステリーとして成功しているとは言い難い。しかし、持ち味は随所に感じさせるんだよなあ。
滲み出る人物の「小市民」ぶりを始め、ガシャポンなどの小道具、店名の由来、(恐らく)渾身の英語のダジャレと、小ネタがてんこ盛り。言うなれば、本作は隠し味が満載のごった煮なのだ。惜しむらくは、だしを忘れてメインの味がわからないこと…。
舞台化すればそれなりに面白いかもしれない。繰り返すが、本作を読むならなるべく後回しにして、広い心で蒼井上鷹の持ち味を堪能しよう。