有川 浩 06 | ||
レインツリーの国 |
文庫版で本文220pほどの本作を、なめてかかると痛い目に遭うだろう。
図書館戦争シリーズのファンならご存知の通り、『レインツリーの国』とは、『図書館内乱』の作中で小牧が鞠江に薦めた本のタイトルである。その作中作を、実際に刊行したのだった。しかも同時期に、違う出版社から。すんなり実現したのは有川浩さんの人徳だ。
あるライトノベルのファンだった伸行は、感想を検索していて1つの個人サイトに行き着いた。管理人の女性「ひとみ」とメールを交わしながら、ついに実際に会う約束を取りつけた。ところが、楽しみにしていた初デートはさっぱり盛り上がらない。
苛立ちを爆発させた伸行は、別れ際にようやく真相を知ったのだった。ここに至り、僕も不明を恥じた。聴覚に障害がある鞠江に『レインツリーの国』を薦めたために、小牧は良化特務機関に連行された。それを思えば、容易に察しがついたのではないか?
僕を含めたいわゆる健常者が、いかに聴覚障害に対して無知であるのか。「ひとみ」の辛い経験を通じて読者に突きつけられる実態。普段は意識しない「聞く」と「聴く」の違い。本作が指摘する通り、中途失聴も難聴も聾・聾唖も、「聴覚障害」と十把一絡げにされがちだ。さらに、難聴にも伝音性と感音性がある。「ひとみ」は感音性難聴だ。
自らの言動を恥じる一方、どうして最初から教えてくれなかったのかという疑問も拭えない伸行。僕が伸行の立場なら、もっと酷い仕打ちをしたかもしれない。それでも伸行が偉いと思うのは、「ひとみ」に寄り添うだけではなく、自分の主張も正面からぶつけたから。彼もまた辛い経験をしていた。とにかく労わればいいのなら簡単だ。
読むのがしんどい描写が多い本作だが、聴覚障害者の境遇を訴えるために書かれたのではない。聴覚障害について勉強したければ、専門書を当たればよい。あとがきの通り、本作はあくまで等身大のラブストーリーである。有川さんの主張は至ってシンプル。
ラブストーリーのヒロインが聴覚障害で、何がいけない?