綾辻行人 11


黒猫館の殺人


2006/02/06

 文庫版あとがきによると、四月刊行に何が何でも間に合わせよ、という編集部の強硬な要請に応えて、綾辻さんとしては破格のスピードで書かれたという。まさか次作『暗黒館の殺人』の刊行まで12年かかるとは、ご本人も読者も思っていなかっただろう。

 自分が何者なのか調べてほしい。宿泊先のホテルで火災に遭い、記憶を失った老人は推理作家の鹿谷門実に訴えた。手がかりとして渡された「手記」によれば、彼は中村青司の手になる別荘で管理人をしていたという。彼はそこで、奇怪な殺人事件に遭遇していた…。

 初版の著者のことばで、長年温存してきた「消える魔球」を投げようと試みた、と綾辻さんが述べている通り、「館」シリーズの中でも変化球的な本作。しかし、問題の手記だが、随分と都合よく伏線が散りばめられていたものだなあ、と苦笑してしまう。

 …というのは再読だから言えることだと白状しておこう。最初に読んだときはそんなのありかよと思いつつ、あまりのスケールの大きさに愉快な気分になったものだ。実は手記は老人作の小説で、鹿谷門実の推理は空想の産物だった…というオチならもっと愉快だったかもしれない。だって、簡単には確かめられないし。

 老人の正体はこんな形で隠れていた。すっかり忘れていたけど、大好きだなこういうの。鹿谷門実だから解けた…と言ってしまうのはネタばれかな。現代の目から見て、館にまつわるあるエピソードは気になった。こんな話は小説の中だけであってほしいものだ。

 本作はどうしても変化球であることがメインであり、密室トリック自体は小粒な印象を受けるだろう。しかし、小さい頃夢中になった推理パズルのようなシンプルさが、僕は好きだな。この方法のおかげで、ミットに収まるときにはちゃんとストライクになっているのだ。

 待望の「館」の第8作は、間もなくミステリーランドから刊行の運びとなっている。2月3日付けの講談社のメールマガジンによると、あと1週間ほどでタイトルと発売日を新聞紙上で発表するという。くそう、もったいぶりおって。



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